第15話 はじまりの異変

 強敵・オークを撃破したものの、すぐさま別の魔物の群れに囲まれてしまったエルス。彼はぼうせんいっぽうになりながらも、どうにか群れをとどめる。


「キリがねェな! 一旦戻って、アリサたちと合流を……」


 次々と暗闇から現れる魔物たち。

 それらをはらいつつ、エルスは炎の魔法剣を松明たいまつ代わりにし、周囲の状況を探る。



「んッ? あれは……」


 エルスと魔物の群れをはさんだ向こう側――。

 ちょうどさいだんかげとなる場所に、倒れている少年の姿が確認できた。


 そして今まさに、そちらへと近づいてゆくオークの姿も――!



「おいッ、起きろッ! そこのあんたッ! 危ねェぞッ!」


 急いで助けに向かおうにも、交戦中のまま向かっては、少年の近くに敵を誘導するようなもの。エルスは魔物に応戦しつつ、大声で少年に呼びかける!



「……うっ……」


 エルスの何度目かの呼びかけで、少年の体がピクリと動いた。

 幸い、彼は生きていたようだ。


「あんたッ! 無事かッ!? とにかく、そこから逃げろ――ッ!」

「うぅん……? うわわぁっ――!?」


 目覚めた少年はゆっくりと上半身を起こし、自らに迫っているきょうに気づく。

 同時に、彼の眼前に迫ったオークはニヤリと笑うかのように口元をゆがめ、手にした棍棒を大きく振りかぶった――!



「逃げろッ! けるんだ――ッ!」

「わあぁぁぁぁ――ッ!」


 少年は叫び声をあげ、恐怖をはらけるかのように両手を突き出す!――すると彼のてのひらに、光の円盤が出現した!


 しかし、それが放たれるよりも早く――すくい上げるように振り抜かれたオークの棍棒が、少年の身体に直撃した――!



「ぅあぁ――ッ! ガハッ……!」


 強烈な一撃によって弾き飛ばされたからだは、大きく宙を舞い――そして無防備な体勢のまま、硬い石床に叩きつけられてしまった。


 オークは倒れたまま動かない少年をしばらくながめていたが、やがて満足したかのように、暗闇の中へと走り去ってゆく。



 牙による噛みつきや、捕食による攻撃を行なうことはあっても、魔物は基本的に食物のせっしゅを必要としない。人類のを止めることだけが、魔物かれらの存在理由なのだ。



「ああ――ッ! チッ、チクショウ――ッ!」


 目の前で起きたさんげきに、エルスは悔しさのあまり声をげる。倒された少年の状態も気になるが、彼自身の状況もあまりかんばしくはない。


 さらに、しょうもうの激しい魔法剣を使っているせいか、急激な魔力低下による激しい目眩めまいが、エルスをおそっていた。



「これ以上は……たねェな……ッ!」


 エルスはかくはんされそうになる意識を気力で繋ぎ留め、群がる魔物をなんとか片づける。そして剣に宿していた炎を消したことで、周囲の暗闇の濃度も増す。


 視界がグラグラとらぐ中、見たくもない現実をおおかくしてくれる暗闇に、エルスは安心感すら覚えた。



 だが暗闇の中からはようしゃなく、現実の脅威がおそかってくる。


 背後に現れたオークがエルスに対し、おもむろに棍棒を振り上げた!



「エルス――っ! 後ろっ!」


 聞き慣れた声に後ろを振り返り、一撃を剣の腹と左腕で受け止める! 直接的な打撃こそ防いだが、エルスの全身に凄まじい衝撃が伝わってゆく!


「――ぐおッ!? なんてッ、重さだッ……!」


 踏んばったじくあししびれたことで、エルスは大きく体勢をくずされる!


 さらに、彼が迎撃の構えをとる前に、再びオークが棍棒を振り上げた――!



「クソッ、足が痺れてやがるッ! 動けェ――!」

「――エンギルっ!」


 エルスに棍棒が振り下ろされる瞬間――アリサの光魔法・エンギルによって生じた光輪が、オークの腕を輪切りにした!


「ブフォ――ッ!」


 突然に片腕を失い、もんさけびを上げるオーク!

 その闇色の断面からは、絶え間なく〝黒〟があふしている!



「うおおォォ――ッ!」


 相棒が作ってくれたチャンスを逃すことなく。

 エルスは剣を両手で支え、全身で突き上げるようにオークののどもとを貫いた――!


 急所を貫かれたオークは、その動きをピタリと止める。

 やがて、すべてが黒い霧となってくうへと溶け消えていった。



「エルス、大丈夫?」

「ありがとよ、アリサッ!――でも、なるべく魔法は残しておいてくれ! あっちににんが居るんだッ!」

「わかったっ!」


 まだ生きている可能性はある。エルスは恐る恐る、あの少年が倒れた方向へ目を向けるが、暗さのためか姿は見当たらない。


「あれッ? 確かあのへんに……」


 痺れていた足の具合を確かめながら、エルスは不思議そうに首をかしげる。彼のそばまでやってきたアリサは左手を出し、小さく呪文を唱えた。



「ソルクス――っ!」


 光魔法・ソルクスが発動し、アリサのてのひらに、こうこうと輝く光球が出現する。


 光の球はゆっくりと浮上し――崩れた天井付近で停止すると、周囲の空間を明るく照らしはじめた!



 ソルクスは日常生活でも便利な照明魔法で、冒険者に限らず使用者は多い。


 実際に、これと同じものがりょくとうにもともされており、付近で戦っている冒険者たちの頭上にも多く浮かんでいる。



「これでよしっ。まだ余裕はあるから、大丈夫だよ?」

「便利だなぁ、光魔法。なんとか俺も使えりゃなぁ……」

「きっとエルスなら大丈夫だよ。それより、ケガした人はどこだろ?」

「ああ……。確か、あっちに――」


 エルスは明るくなった床へ視線を戻すが、やはり少年の姿は無い。


 だが、ちょうその時――。

 あの祭壇の付近から響きはじめた激しいけんげきが、二人の耳にも入ってきた!

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