第18話 勇者の風格

 魔物の群れをくぐきょてん近くまで戻ることができたいっこう


「エルス殿! ご無事でしたか!」


 エルスらの姿を見るなり、自警団長カダンが大声で出迎える。

 彼にも軽い流血はあるが、どうやら元気のようだ。



「団長ッ! ふぅ、やっと戻れたぜ」

「団長さん、この人たちを安全な所に」

「おお、ありがたい! 負傷者を救助してくれたのですな! おや、そちらの方は……」


 先ほどからカルミドは、カダンと目を合わせることを避けるかのように顔を伏せている。どうやら意図的に、彼との会話を避けているようだ。



「彼の……手当てを……」

「ご協力、感謝いたします……」


 手短に少年の救護を頼むカルミドに対し、カダンは神妙な顔つきで頭を下げる。

 そんな二人の様子を見て、エルスは興味深げに身を乗り出してみせた。



「おッ? なんだ、二人は知り合いなのか? それにしては気まず……」

「――エルスっ! しーっ!」

「ハッハッハ……、お気遣いなくアリサ殿! ともかく、拠点へ戻りましょうか」



 カダンに連れられ、エルスらが歩きだそうとした、まさにその時――。

 周囲の冒険者たちから、にわどよめきや歓声が起こりはじめた。



「なんてことだ! まさかアンタは!」

「ロイマンか? 本物なのかッ!?」

「うおおおッ! 助かった! 勇者が来てくれたぞぉぉ!」

「――なッ、なんだって!? ロイマンは、どこだ!?」


 ロイマン。

 勇者。


 耳に飛び込んできた単語に反応し、思わずエルスは声の方向へ目をらす。そこには魔法の明かりに照らされ、ふうどうどうたたずむ、二人の姿があった。


 それはまぎれもなく、魔剣ヴェルブレイズを肩にかついだ勇者ロイマンと、新たに勇者の仲間となったラァテルだ。



 そして全員の注目が集まる中、不意にラァテルの姿が視界から消える――!



ッ! ショウ――ッ!」


 目にも留まらぬ速度で戦場を駆け回り、ラァテルは素手による連撃で魔物たちを次々と粉砕する!


 対して、ロイマンは魔剣を床に突き立て、右手を天へとかかげた!



「マフォルスッ――!」


 炎の精霊魔法・マフォルスが発動し、ロイマンのてのひらに赤い魔法陣が出現する。

 魔法陣からは巨大な火球が撃ち出され――天井付近で炸裂すると同時に、周囲に炎の雨を降らせた!



 着弾地点には激しい火柱が巻き起こり、炎に呑まれた魔物どもが、あちらこちらで黒い霧と化してゆく。


 派手な魔法に、冒険者らの注目がロイマンに集まる中、彼は魔剣を抜き放ち、たけだけしくかちどきをあげた!



「聞けッ! 冒険者たちよッ!――ここから先は我々が引き受けた! 諸君らには、全員で負傷者の救助を願いたいッ!」


 ロイマンの言葉に歓声が上がると共に、血気盛んな冒険者らからは不満げな声もれてくる。それを感じ取ったロイマンは、再び高らかに声をげる。


「ファスティアの冒険者よ! 諸君らは勇敢に戦い、良く耐えたッ! 一人の仲間も失わぬためには、皆の協力が必要である! 我ら冒険者は、同志! 仲間! 決して仲間を見捨ててはならないのだッ!」



 勇者の真っ直ぐな想いが伝わったのか――。

 今度こそ、冒険者たちからは大歓声が上がった!



「なッ……!? あれが、あのロイマンなのか……?」


 ロイマンが示した、真の勇者としての風格。

 酒場でグラスを傾けていた彼との変わりように、エルスは戸惑いすらみせる。


 しかし、すぐに思い出した。

 あれこそが幼いエルス出会い・憧れ・目標とした、勇者ロイマンの姿だったのだと。



「すごいねぇ。みんな言うこと聞いちゃった。わたしたちはどうしよっか?」

「むろん、ご指示通り救助をお願いします! さあカルミド殿はこちらへ!」

「う……うむ……」


 カダンはカルミドを連れ、一足先に拠点へと戻ってゆく。


 エルスたちが取り残されようにその場で突っ立っていると、二人の前に、生き残った魔物が飛び出してきた!



ハァッ……! センッ!」


 エルスは応戦すべく剣を抜く――が! 間髪いれずに現れたラァテルが、魔物を付近の群れごと、一瞬で消し飛ばしてしまった!



「時間を無駄にするな」

「ラァテルッ! わかってるッての!」


 エルスが言い終えるよりも早く、ラァテルの姿は目の前から消え――次の瞬間には、遠く離れた魔物をくうへとかえしていた。



「チッ! アイツに言われると、無性に腹立つぜ!」

「あの人に魔物は任せて、わたしたちも救助頑張ろっか」



 エルスは無言でうなずき、アリサと手分けしながら救助へと取り掛かる。


 魔法の灯りの浮かぶ周囲を見回すと、すぐに付近で倒れている男に気づいた。

 エルスは彼に肩を貸しながら、拠点を目指すことにする。



「……イテテ……。悪ぃなニイちゃん。足をやられちまってな……」

「大丈夫さ! 魔物はアイツが片づけてくれるし、ゆっくり行こうぜ!」

「あのエルフの冒険者、ありゃこうじゅつの使い手だな」


 男はラァテルの方向をあごで示し、分析するような口調で言う。


 彼いわく、魔力素マナを消費する魔法とは違い、気功術は自身の〝命〟を削って繰り出される技だそうだ。


 呪文の詠唱を必要とせず、非常に強力である反面――。

 当然ながら、使用には〝死〟というリスクが付きまとう。


「命を削るッて……。なんだッて、そんな危ねェモンを……?」

「さぁーな。長生きなエルフ様の特権ってヤツだろうさ。まっ、俺らみてぇなフツーの人間が使えば、速攻で霧になっちまうわな!」



 冒険者の男と話しながら、無事に拠点へと帰還したエルス。

 思った以上に負傷者の数は多いようで、この大広間も治療を待つ者たちであふれていた。



「ありがとよ、ニイちゃん。アンタの戦いぶりも見てたが、なかなか見事だったぜ」

「そ……、そうか? ありがとなッ!」

「良いことも悪いことも、誰かが見てるモンさ。お互い頑張っていこうや」


 エルスは男と別れ、次の救助へ向かう。

 途中でアリサと何度かすれ違ったが――彼女は両肩に、屈強な男たちを軽々とかついでいた。





 何度目かの救助を終え、アリサやカダンと合流したエルス。

 すると、にぶい音と共に遺跡全体に小さな振動が走り、崩れた天井からは小さな破片がパラパラと降り注ぐ。


「今度のれはデケェな。ロイマンたちが、何か見つけたのか?」

「フム。自分が見てまいります! お二方もしばしの休息を!」


 カダンは数人の団員らを呼びつけ、彼らを率いてあわただしげに扉から出ていってしまった。エルスは彼らを見送り、冷たい石の床に腰を下ろす。



「団長、元気だよなぁ。まッ、お言葉に甘えて、ちょっと休ませてもらおうぜ!」

「そうだね。――あっ、お姉ちゃん!?」


 一息ついたのも束の間。

 救護室の方へ目をったアリサが突然に声を上げ、そちらへと走り去ってしまった。


「おいッ、アリサ! 〝お姉ちゃん〟って、まさか……」


 彼女が発した言葉に対し、背筋に冷たい悪寒を感じたエルス。

 仕方なく彼もアリサを追い、隣の部屋へ向かうことにした。

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