第19話 予期せぬ再会

 長い地下洞窟を抜け、ようやく辿り着いた商人ギルド。


 ――その地下牢。松明たいまつの炎に照らされた独房内。

 そこでは太った男が冷たい石床の上に、うなれた様子で座っていた。


「あんた、あの商人だろ? 俺の店で〝杖〟を買ってッてくれた……」


 エルスは〝盗賊の鍵〟で牢の扉を開き、静かに彼に近づく。

 男は声に気づくと、腫れあがったまぶたを上げた。


「ああ……ファスティアの……? 顔はほとんど見えねぇが、その銀髪と声は覚えてるぜ……」

「ひでェ怪我だ……。すぐに仲間が回復魔法を……」

「いや……。教会で坊主の魔法でももらわにゃ、もう助からん……。余計に苦しむだけ――グホッ!」


 そこまで言い、男はけったんを混じらせながら激しくむ。

 やがて落ち着いたのか。彼は肩を上下させつつ、言葉を続けた。


「ランベルトス行きの途中、盗賊に襲われてよ。荷物を置いて逃げたは良いんだが――今度は別の連中に捕まって、結局このザマだ……。ハハ……」

「俺が……あんな杖を売ったばっかりに……。申し訳ねェ……!」

「はっ、馬鹿を言うな。買ったのは俺だ。商人としての責任と誇りにかけて、な……」


 商人は震える手を持ち上げ、気丈に親指を立ててみせる。

 彼からの心遣いに報いることはできないのか。エルスは悔しさを滲ませる。


「……なぁ。何か、俺に出来ることはねェのか?」

「ああ、そうだな。メシが食いてぇな……。このボテっ腹だ、もう腹ペコでっちまいそうでよ」

「飯だなッ。よし」


 エルスはマントの下にぶら下げていた〝包み〟を取り出す。

 それは今朝、酒場でつつんでもらった〝おにぎり〟だった。彼はくるまれた魔法紙を一つ破り、商人の手に握らせた。


「こいつぁ……? ハハ、さいばんさんが故郷の味とは、イキじゃあねぇか……!」

「へへッ、そうか……!」

「……ああ、ぇ……。なぁ、カネは全部取られちまったが――アンタにゃ、コイツを……」


 おにぎりを口にした商人は、ボロボロになったバッグから巻物を取り出す。


「これでも家宝ってやつでな。〝霧の中〟まで持ってくつもりだったが、アンタにやるよ……」


 エルスが受け取ったのを確認すると、商人は満足げに笑い――そして、ゆっくりと目を閉じた。彼の目からは、血に混じって涙がこぼれている。


「ありがとよ。欲にまみれた人生だったが、ニィちゃんみてぇな商人なかまに会えて、悔いはねぇぜ……」


 その言葉を最期に、男のからだは力を失くし――

 やがて白い霧となって、くうへと消えてしまった。



 商人を見送り、その場で立ち尽くす一同。

 沈黙の中、松明の燃える音だけが辺りに響いている。


 エルスは何気なしに、さきほど受け取った巻物を開く。


「あっ、ウサギだねぇ」

「ウサギ……だな……」

「カエルも居るのだー」


 受け取った巻物には、二本足で立つ奇妙なウサギとカエルの絵が描かれていた。

 クレオールはを眺めながら、自身のあごに指を当てる。


「それはかけじく……と呼ばれる美術品ですね。おそらく、ノインディアのものかと……」

「ノインディア? 確か、海の向こうにるっていう……」


 ニセルと出会った日、そのように教えてもらったことを思い出す。

 エルスは商人が座っていた場所へひざまずき、残りのおにぎりを供える。

 そして、静かに眼をじた――。


「これは〝はか〟か……。それじゃいつか、掛軸コイツ故郷ノインディアへ連れてってやるからな――ッ!」



 予期せぬ再会に心を痛めることになったが、本来の目的はこれからだ。

 エルスたちは念のため地下道へ隠れ、改めて情報を整理する。


「とりあえず、あの〝博士はかせ〟ッて呼ばれてたオッサンだよな。ありゃ誰なんだ?」

わたくしも詳しくは……。確か、盟主プレジデントが先代の祖父から父へ代わったあたりから、よく見かけるようになったかと。ほんの数ヶ月前でしょうか……」

「そういや、あの『こうの杖を押しつけられた』ッてのもそれくらいだッけ」


 エルスはファスティアで店番をしていた時に聞いた、店主の言葉を思い出す。

 まさか〝店番の依頼〟が、このような事態を招くことになるとは。

 あの時には、思いもしなかったことだ。


「ううー! 悪人なのだ! ミーの正義が『悪を倒せ!』と叫んでいるのだー!」

「――ッていうか、アイツ何処どっかで見た気がすンだよなぁ……」

「うーん。なんかわたしも、そんな気がするかも?」

「……ええいッ! ここで時間を使っても仕方ねェ。思い切って大盟主ボスン所を攻めようぜ!」


 エルスは頭をきむしり、拳を握って気合いを入れる。

 彼の提案にクレオールもしゅこうし、賛成の意を示す。


「お父様はいつも、えっけんしつに居るはずです。わたくしが ご案内致しますね」

「よし決まりだ! それじゃ念のため、作戦を決めとくか……」


 ひと通りの作戦会議を終えたエルスたちは再び地下牢へ戻り、一階へ通じる階段を上がる。幸い、地下を訪れる者はいなかったようだ。



 商人ギルドの一階は地下とは打って変わり、非常にきらびやかな空間だった。


 白く光沢のある石壁には彫刻がほどこされ、な装飾のりょくとうが室内をこうこうと照らしている。床には赤いじゅうたんが敷かれており、さしずめ〝宮殿〟と呼ぶに相応しい豪華さだ。


「うひゃー! まぶしすぎて、ブッ倒れちまいそうだ……」

「ずっと真っ暗なとこに居たもんねぇ」

「うぇぇ……。クラクラするのだー」


 ギルド内ではいたる所で立ち話――もとい、商談が行われており、白い制服を着込んだ職員や使用人メイドが、あたりをせわしなくおうらいしている。意外なことに、誰もエルスたちには見向きしているような様子もない。


「なんかひょうけだなぁ。入るなり〝戦い〟になる覚悟もしてたんだけどよ」

「お客様がたは〝外の厳重な警備〟を信用しきっていますからね。中は いつも、このような感じですわ」


 クレオールは上品に姿勢を正し、上客を案内するかのようにエルスたちを先導する。この場所がしょうに合っているのか、彼女の立ち居振る舞いも よりお嬢様らしく感じる。エルスたちが光のほんりゅうの中を抜けると、やがて豪華な扉の前へ辿り着いた。



「ムッ、お嬢様?――そちらは……?」

わたくしの客人です。通して頂けます?」


 扉の前に居たえいへいらしき男がクレオールにたずね、エルスたち三人をいぶかしげに眺める。


「申し訳ありませんが、許可アポイントが無ければお通しできません。そういうご命令ですので」

「あら? わたくしが父に会うにも、許可が必要だと言うの?」

ようです。それに、その者ら……どう見ても客人には……」

「まぁ、なんて失礼な! こちらのエルス様は〝とある王国〟の王族ですのよ? 彼の美しい銀髪をご覧なさいな!」


 自身の背後へ怪しむような視線を向ける衛兵に対し、クレオールは怒りをあらわにしてみせる。これが事前に示し合わせていた、エルスたちの〝作戦〟だった。


「はっ……はぁ……。確かに銀色の髪など、初めて目にしましたが……」

「こうして従者の方をともなわれ、はるばるお越し下さったのに! 貴方の判断で『帰れ』とおっしゃるの!?」


 クレオールの気迫にされ――衛兵は戸惑いながら、改めてエルスたちへ目をる。確かに、目の前の男は上等なメイドと女剣士を連れている。


――ちなみに、エルスは予め軽鎧ライトメイルを冒険バッグにい、冒険者の服をマントでおおっておいたようだ。


「ヌウッ……。でしたら、せめてご用件を……」

「あー、うぉッほん! 実は、ここの親父さんに頼まれてた美術品がようやく手に入ってさ! ほら、こうして持ってきたッてワケさッ!」


 エルスは先ほど受け取った掛軸を取り出し、ゆっくりと広げてみせる。

 衛兵はに顔を近づけ、まじまじと眺める。


「ウーム。自分にはサッパリわからんが、確かにプレジデントは好まれそうだ……。かしこまりました!」


 かつての名残なのか。衛兵はアルティリア式の敬礼を決め、謁見室へ続く巨大な扉を開いた。


「失礼をお詫び致します。どうぞ、お通りください」

「ええ。ご苦労様。――さぁ、お待たせ致しました。参りましょう」



 開かれた扉をくぐると広々とした通路があり、左右にはいくつものドアが存在している。通路の突き当たりにはさらに豪華で悪趣味なドアがあるが、もう門番らしき姿はない。エルスたちはドアを開く前に、一呼吸を置くことにする。


「申し訳ありません、ミーファ様。王女様を従者扱いにしてしまって……」

「構わないのだ! ミーがご主人様のれいなのは本当なのだー!」

「ちょ……。それは良いからッ!――それより、いよいよだ。行くぜ?」

「うん。長かったね、行こっ」


 長き暗闇を抜け、ついに目的地へ辿り着いた。

 仲間たちが同意したのを確認し、エルスは決戦の扉を開くのだった――。

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