第18話 悪意の在処
エルスたちが暗闇の地下通路を進んでいる頃――。
彼らと別行動をとったニセルは、錬金術士ドミナの工房を訪れていた。
「へぇ、お嬢がそんなことをね。若い子たち、
「ふっ、そうだな」
「しかし、戦争とは
ドミナは会話に応じながら、なにやら
昨日はゴブリン族のザグド
「ああ。だが、その
「カルビヨンにトロントリアかい? あたしゃ政治にゃ詳しかないが、商売的に考えても、連中が
観光都市であるカルビヨンは戦争によるデメリットの方が大きく、トロントリアを占拠中のガルマニア残党騎士団は、悲願の帝都奪還へ向けて力を
「もしくは――兵力を、
「……生産だって?」
ドミナが手を止めて振り返るなり、ニセルがゆっくりと
すると彼女は彼の視線から逃げるように、再び作業をはじめた。
「まさか、ウチの
「あくまでも可能性として、な――。ところで、今日は
「あぁ……。このところ、職人連中が次々と来なくなっちまってね。とうとう今日はあたし一人さ! まったく」
額の汗を拭いつつ、ドミナは作業台に木箱を載せる。
木箱の中には、真新しい義手が納まっていた。
「オマケに、
そこまで言ったドミナは、再び手を止める。
考え込む彼女を見て一呼吸を置き、ニセルが口を開く。
「魔導義体を扱えるのは、今でもお前さんだけか?」
「そうさ。取り付けや整備は弟子の手を借りるが、これを造れんのはあたしだけさね……」
「この工房は〝ギルド〟として登録されている――。間違いないな?」
「あぁ、神殿騎士にゃ届け出てない違法物件だけどね。そっちの会費はキッチリ払ってるよ」
「ギルド同士は『例え上位ギルドと下位ギルドであっても、不当な要求を突きつけてはいけない』ことになっている――」
ニセルは一言ずつゆっくりと、クレオールから聞いたギルドの
「なんだい……? さっきから堅苦しいこと言って――。もう今日はいいかね?」
「この
「……間違いないよ。ザグドがそう言ってきた。あたしゃこんな性格だからね――接客は全部、アイツに任せてんだ」
ドミナは低い声で言いながら、わざとらしく作業の手を早める。
ニセルは彼女の動きを注視しつつ、最後の質問をする――。
「ザグドは?」
「まだ今日は……見てないね。ハハッ! どうせ教会の救済所で
「そうか――。さて、邪魔をしてすまなかったな」
「……ねぇ、ニセル君。……ザグドはあたしの盟友なんだ。アイツに〝腕〟を造ってやってからは、
「ああ、わかっているさ」
ニセルは優しげに言い、生身の右手で彼女の頭を
そして黒いマントを
「……お願いだよ、ニセルお兄ちゃん……。ザグドを、殺さないで……」
独りきりになった工房で、ドミナは生気が抜けたかのように
奇妙な地下墓地を
やがて四人の前に、金属で造られた
「おー! 見よ、まさしく〝悪の拠点〟な扉なのだー!」
「ええ。これは確かに、商人ギルドの紋章ですね。おそらく、この先は地下牢かと……」
「うーん。でも鍵が掛かってるみたい」
「へへッ、任せとけッて! ニセルから預かった
エルスは冒険バッグから〝盗賊の鍵〟を取り出し、慎重に鍵穴を
「ニセル・マークスター……。やはり彼は、
「有名なのか? 詳しくは知らねェけど、『ワケあり』とは言ってたッけなぁ」
「昔は何してたんだろうね? わたしたちにとっては、頼れるお兄さんって感じだけど」
「大丈夫なのだ! ニセルから悪の臭いは感じないのだー!」
「ええ、そうね――。過去は変わらずとも、人は変われるもの……」
「そうそう! クレオールも最初に見かけた時とは、かなり変わったしなッ!」
「あっ、あの時は必死で……。本当に恥ずかしい……」
「わかってるッて!――おッ、開いたぜ。
一同が頷いたのを確認し、エルスはゆっくりと重々しい
上へ上へと続く階段の両壁には
「こりゃ、普段は誰も通ってねェ感じだな……」
「うー。ホコリっぽいのは嫌なのだー」
エルスはミーファに照明を預け、さっそく鍵開けに取り掛かる。
「牢屋なんだっけ?――この先。なんだか怖いね」
「ええ。
「おうよッ――。よし、開いた。いよいよだぜ……」
二度目ということもあり、手早く作業を済ませたエルス。
ミーファから受け取った杖を
「――まったく! こんなに痛めつけてしまっては、素材としても使えないではありませんか!」
扉を開くなり響いてきた
「へぃ。すんません」
「だってよォ、
「馬鹿野郎!――コイツには厳しく言っときますんで。すんません」
どうやら『
「ううー。まさに悪人なのだー。ミーの正義が
「シーッ……。頼むから、もう少しだけ
エルスは少しだけ扉を大きく開き、博士の確認を試みる――。
だが、ここから身を乗り出したところで、松明の炎に照らされた〝紫の髪色〟が少しだけ見えたのみだった。
その瞬間――!
男の眼鏡が不気味に炎を反射し、エルスは慌てて頭を引っ込める――!
「……まぁいいでしょう。お馬鹿さんたちに言っても無駄でしょうし、早く次の作業へ向かいなさい!」
「へぃ。すんません」
博士は〝お手上げ〟のジェスチャをしたあと、取り出した金貨を二人に手渡した。
そして、神経質そうな靴音を鳴らしながら、足早に地下牢から去っていった。
「チッ、あの変人野郎!
「金払いは良いんだ。文句は
雇い主が去るや悪態を
「
「やっちまったモンは仕方ねぇし、もう助からんだろ。放っときゃ霧になる」
「消える前に
「もう目ぼしいモンは回収したってよ。ほら、急がねぇと――次は〝俺らの番〟だぜ」
二人の男はひとしきり雑談を終え、ノソノソと地上への階段へ向かう。
彼らが去ったあと――他に敵意が残っていないことを確認し、エルスたちも地下牢の中へ
「……ふぅ、なんとかバレなかったみてェだな」
「エルスっ! こっちに人が……!」
アリサの呼びかけに応じ、エルスも急いでそちらへ向かう。
そこにあった牢屋の中では、
「おい、大丈夫かッ!?――ッて、あんたは確か、ファスティアで……」
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