第17話 暗闇に潜む思惑と想い
魔法の明かりで暗闇を照らしながら、地下から商人ギルドを目指す四人。
敵の襲撃に対応するため、エルスたちは壁際に
「もー! 邪魔っ!」
「それっ! ミーたちの正義を阻む者は成敗するのだー!」
「ヴィスト――ッ! なぁアリサ、あンまし無理するなよ? コウモリは俺らで撃ち落すからさ!」
「大丈夫だよ――。エンギルっ!」
エルスの風魔法に続き、アリサの光魔法・エンギルの光輪が飛び回るコウモリの群れを斬り裂く! もはや細切れ状態と化した残骸は地に墜ちる間もなく、黒霧となって消滅してしまった。
「エルスこそ無理しないで。ちゃんとクレオールさんを
「んんッ? あぁ、そりゃもちろん、わかってるけどよ」
「すみません、エルス。まだ戦い慣れていなくて、皆様にもご迷惑を……」
――クレオールは申し訳なさげに言い、少女たちに向かって頭を下げる。
「ふっふー! 問題ないのだー! それより、いよいよ悪の気配を感じるのだ!」
「おッ! ついに到着か!?――ッと、その前にアリサ……」
「……なに?」
エルスの呼びかけに振り返るアリサ。いつも通りの無表情ではあるが――気が立っているのか、彼女の口調はどこか
「念のため、
「わかった」
エルスが
「ごめん。わたしの魔力も残り少ないみたい。だから……」
「ん、ああそうか。遺跡ほどじゃないにしても、
「……ごめんね」
「ではエルス、代わりに
すでに呪文を唱え終えていたのか、クレオールがすかさず
そして空間に生まれ出た光球を、エルスが杖で受け止めた!
「よッと! へへッ、サンキュー!」
「いえ。少しでも役に立ててよかった」
そう言ってクレオールはにっこりと微笑む。アリサはくるりと
「だから先に行くなッて。アリサ、いつもありがとなッ!」
「えっ? うん……。ごめんね……」
小さく呟き、再び先頭をゆくアリサ。
エルスは小さな背中を見
「そのウサギさん、ミスルト様ね?」
「へえッ?」
いきなりなクレオールの言葉の意味が掴めず、エルスは思わず間抜けな声を上げる。彼女は「ふふっ」と笑みをこぼしながら、彼の持つ杖を指さした。
「ミストリア様によって生み出された
「ああ、この杖の〝先ッちょ〟のことか! へぇ、そうなのか」
――エルスは
「ええ。対して、黒いウサギが闇の女神・アリスト様。
「ほえェ……、物知りだなぁ。俺、そういうのは全然だぜ!
「こう見えて
ランベルトスの
クレオールは幼少時より裕福な環境で育ち、教育の一環として修道院へ入れられていたらしい。
「なるほどなぁ。んー、なぜか俺は光魔法がダメでさ」
「あら、そうなの? でも、別系統の――それも反属性の精霊魔法を使える方が、よほど凄いと思うけど……」
「あッ……! そうだ、やっちまってたか。んー、でも俺にも理由はよくわからねェんだ。俺がガキの頃に、父さんは魔王に殺されちまったしさ」
「そう……なのね。ごめんなさい、それなのに
エルスが父親を失っていたとは知らず、クレオールは言葉を詰まらせる。実の父を討たんとする自身を制止してくれたのも、彼のそういった事情ゆえだったのかもしれない。
「大丈夫さ! そのお陰で……ッて言うのも変だけどよ、こうして冒険者になれたしな! 魔王を倒すために……!」
「そっか。いいなぁ、冒険者。私も冒険者になれば、
「へぇ……。兄弟がいたのか」
「ええ、お父様は
修道院での
唯一の楽しみがあるとすれば、それは兄・ゲルセイルがこっそりと街へ連れ出してくれることだった――。
『――よォ、クレオっち! いつも通りツマンナそーな顔してんナ!』
『……あっ、ゲルにぃ様!』
『へへッ、今日も姫サマを迎えに来たゼ。行くダロ?』
『はいっ! もちろんですわ!』
『ヨッシャ、行くゼ! アッチで怖ェオバサンがニラんでるし、捕まンナヨ!』
『待って、にぃ様!――
クレオールは在りし日の思い出を、
エルスは彼女の横顔を覗きこみながら、嬉しそうに歯を見せた。
「へぇ、良い兄さんだったんだな。ちょっと羨ましいぜ!」
「ええ、とても――。でも、ようやく家に戻れた時、
「ん? 冒険者にでもなッちまったのか?」
「わからない。それどころか、お父様に
「なッ……。まさか、例の〝消された〟ってヤツなのか……?」
存在を〝消される〟という、得体の知れない不気味な現象――。
エルスはドミナの工房で聞いた話を思い出し、小さく身震いをする。
「兄様は魔人族――半分、魔族の血を引いていたから、お父様が追放してしまったんだろうって……。だから
「そうか……。よしッ! ゲルセイルだったッけ? どこかで会うかもしれねェし、俺も覚えとくからさ! 元気出してくれよなッ!」
クレオールを励ますように、エルスは彼女の肩を軽く叩く。
それに少し驚いたクレオールだったが、すぐに顔を
「エルス……。ふふっ、なんだか貴方と話していると、兄様を思い出すの。雰囲気とか、話し方とか――。なんとなくだけどっ!」
「んあッ? んー、よくわからねェけど、そうやって笑ってくれるなら良かったぜ!」
エルスの言葉に、再び嬉しげな笑顔を見せるクレオール。
一方で、アリサがそのやり取りを背中で感じながら強く
「おー! 明かりが見えたのだ! ご主人様、静かにするのだー!」
「一番声がデケェのは、ミーファだろッ。よし、
「わかってるもん」
アリサはいち早く飛び出し、手近な柱の
そして彼女は、そっと広間を覗き込んだ。
「えっ? なに、ここ……」
そこは、四角く整備された広間に、装飾の
だが、壁に掛けられた
「なんだ? ここが商人ギルド……には、見えねェな……」
「ええ、ギルドにこんな場所は……。でもこの装飾、教会のものと同じね」
「ッてことは、これが〝
エルスは言いながら、カプセルの一つをコンコンと叩く。
「うー。でも水以外に何も入ってないのだー」
「うん。ギルドはここじゃないみたいだし、もう行こ?――なんか、誰かに見られてるような気がして……」
「うげッ……。そうだな、進む方向はわかるか?」
「ここが教会の地下だとすると、きっとこの辺りですね――。なので、こちら側へ向かえば……」
――クレオールは自らの左手を地図に見立て、右手の指で場所を示す。
「ふっふー、りょうかい! 今度こそわかったのだ! どーん、とついて来るのだー!」
「おうッ、頼むぜ! それじゃ、薄気味悪ィとこからは即刻退散だ!」
エルスたちは早々とこの場を
そして彼らが立ち去った直後――誰も居なくなった聖堂の柱の陰から、小さな人影が姿をみせた。
「……イシシシッ!
小さな人影――ゴブリン族のザグドは壁の仕掛けを作動させて隠し通路を開き、するりと滑り込むように、闇の奥へと消えていった。
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