第15話 古代より続くもの

 酒場の店主マスターに案内されたドアの先――。

 そこは、石と土色レンガによって造られた、小さな中庭らしき場所だった。


 庭の中央には肉を解体するための大きな台が置かれ、壁際には食材用の洗い場も確認できる。


 「ここだ……」


 地面に設置されたふたじょうの扉前に五人を案内し、店主マスターは壁に設置されたレバーを引く。すると、滑車に吊られた鎖が耳障りな音と共に巻き上がり、地下へと続く階段が出現した。


 「おッ、スゲェな! この先って何なんだ?」

 「こんなかぁ、涼しくってな。浅いとこぁ貯蔵庫として使ってんのさ……」


 「じゃあ、深いところは?」

 「街ん中の、いたるとこん通じてる……。商人ギルドにも、な。だが、古ぃ洞窟だ。中にゃ、しょうも溜まってやがるぜ……?」


 アリサの質問に、店主マスターが答える。

 若干聞き取りづらい口調だが、これが彼の本来の話し方なのかもしれない。


 「魔物が出るッてことか……。でも、なんだッてまちなかにこんなモンが?」

 「なんでも、〝地下墓地〟ってヤツの跡らしい。そうせいん頃にゃ、死んだ連中を大地に埋めてたんだとよ……」


 「うげッ……そうなのか。まッ、とにかくを抜けりゃいいッてことだな!」

 「ふっふー! いよいよミーの正義が爆発する時なのだー!」


 「エルス――。すまないが、オレはドミナの所へ向かう。さっきの話で、少々気になることがあってな」


 「おッ?――ッていうか、潜入といえばニセルの出番なんだけどなぁ」

 「なぁに。戦い方でもそうだが、お前さんは仲間や敵の動きを上手く取り入れている。潜入でも問題ないさ」


 「そうか? んー、自分じゃよくわからねェや……」

 「ふっ、自信を持て――。そうだ、念のためを渡しておこう」


 ニセルは不思議な形をした鍵を取り出し、エルスに手渡す。

 それを見たクレオールは、思わず驚きの声を上げた。


 「それは〝盗賊の鍵〟では……!? やはり、貴方あなたは……」

 「まっ、そういうことさ。エルスなら、間違っても悪用はしないだろう?」

 「ああッ! ありがたく使わせてもらうぜ!」


 エルスは鍵を冒険バッグの中へい、小さく右手を挙げる。

 ニセルも軽く手を挙げ、彼は店内へと戻っていった――。



 「クレオールさん。ここは彼らに任せて、貴女アンタも戻った方がいいですぜ……?」

 「いえ……。お邪魔かもしれませんが、わたくしも共に行かせて頂きます!――可能ならば、自分の眼でも確かめておきたいのです」


 「えッ、いいのか?」

 「はい! それになんだか、冒険者になったみたいでワクワクしますものっ!」


 そう言うとクレオールは帽子とマントを脱ぎ、軽く頭を振る。

 マントの下からは白いドレスが――帽子の下からは尖った耳と、縦に巻かれた長く美しい金髪が現れた。どうやら彼女は、ハーフエルフ族だったようだ。


 「へへッ、そうか! わかった、それじゃ一緒に行こうぜッ!」

 「よろしくね、クレオールさんっ!」


 エルスはクレオールに、右手を差し出す。

 彼女は少し戸惑いながらも、彼の右手を固く握り締めた。


 四人が互いに挨拶を交わしていると――店側のドアが開き、きゅう姿の女性が現れた。彼女は優しげな笑みを浮かべ、エルスに包みを差し出す。


 「はい、どうぞ。さきほどは、召し上がる時間が無かったでしょう?」

 「おッ、さっきの朝飯メシか!? 助かるぜッ!」

 「そいつぁ俺のカミさんだ……。いい女だろ?」


 「おうッ! ありがとな、マスター! それにネェさんも!」

 ――エルスは受け取った包みを、マントの下にぶら下げる。


 様々な物を収納できる冒険バッグだが、命を宿したものや、それに由来する物品を仕舞うことはできない。革製品などは加工の際に薬品や魔法による処理を行うが、を口に入れる食品類に行うことは不可能なのだ。


 「マスター。あのような失礼な頼みにも応じて頂き、本当に――」

 「――おっと、礼なら成功したあとに――。アンタらぁ、お嬢さんのこと、頼んだぜ……?」


 「ああッ、任せてくれ!――よし、みんなッ! それじゃ行こうぜッ!」



 店主マスター夫妻に別れを告げ、四人は地下へ続く階段を静かに下りてゆく――。


 階段の途中には横穴があり、突き当たりには積まれた木箱やたるが見える。それらを横目に奥へ進むと、金属の枠で補強された木製の扉が現れた。


 「この先だな……。鍵は掛かってないみてェだし、開けるぜ?」

 「ふふー、準備は万端なのだ!」


 エルスはゆっくりと、扉を押し開ける。

 分厚い扉の先には、さらに下る階段が続いていた。


 「暗ェな……。アリサ、頼むぜ!」

 「任せてっ。ソルクス――っ!」


 アリサの照明魔法ソルクスが発動し、彼女のてのひらから光の球が生まれ出る!

 光球は四人の間を不規則に飛びまわり、やがて空中で静かに停止した!


 「サンキュー! それじゃ、コイツを剣に――あッ、そうだ」


 剣に手をかけたエルスだったが、思いついたように右手に短杖ワンドを出現させる。

 杖を光に近づけると綺麗に吸い込まれ、先端の魔水晶クリスタルに光を宿した、即席のりょくとうが完成した。


 「よしよし、思った通りだッ!」

 「おー! それじゃ張り切って行くのだー!」


 足元に注意を払いつつ、いっこうは階段を下りる。

 人工的だった階段は次第に崩壊が目立ち始め、岩をむき出した自然の洞窟へと変化してゆく。やがて下り坂も終わり、目の前には広々とした闇の空間が現れた――。



 「なんだか空気が変わったねぇ。魔物が出るかも」

 「ああッ、これはしょうだな。ここは、もう〝街の外フィールド〟と変わらねェってことか」

 「しかし――。こう長く下りてきては、ギルドの方向もわかりませんわね……」


 「ふっふー、任せるのだ! あの大きな建物なら、こっちなのだ!」

 ――ミーファは自信満々に言い、いっこうが進むべき方向を指さす。


 「ドワーフの国は洞窟の中にるのだ! ミーにかかれば余裕なのだー!」

 「お、なるほどなッ! よし、そっちに進んでみようぜ!」

 「うんっ。ありがとね、ミーファちゃん!」


 エルスたちは暗闇を照らしながら、慎重に奥へと進む――。


 足元には石のかたまりのほか、霧の及ばない地下ゆえか、崩れた人工物なども見受けられる。魔物が飛び出してくる様子はないが、延々とまとわりつく不気味な気配は消えないままだ。



 「なぁ、クレオールさん。そういえば、〝冒険者ギルド〟なんてのもあるのか?」


 「クレオールで結構ですわ。そうですね、冒険者のかたが作った従者級サヴァントギルドはありますけど、すべての冒険者を束ねるようなギルドを作るのは――おそらく不可能ですわね……」


 「そうなのか。まッ、冒険者といえば〝自由〟が一番だもんなッ!」

 「ふふっ――。私も、そこが冒険者の魅力だと思っていますわ。だからこそ、皆様に来て頂けたのですから。本当に、ありがとう……!」


 クレオールは喜びに満ちた表情を浮かべながら、エルスに優しく微笑み掛ける。

 初めて見かけた時とは違い、今の彼女には高圧的な態度はじんも感じられない。彼女の笑顔を見たエルスは思わず、照れたように頭をいた。


 「まッ……まぁ! 何にせよ、早く辿り着かねェとな!」

 「うん。それにしても広いねぇ――。上の街もっきかったけど、同じくらいあるのかも?」


 アリサがそう言った瞬間――。

 足元から少しずつ、にぶい振動が迫りくるのを感じる。

 同時に頭上からは、コウモリのものと思わしき金切り声が聞こえはじめた――!


 「おッ、ついに来やがったな! みんな、戦闘開始だ――ッ!」

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