第14話 それぞれの理由

 ランベルトスで迎えた、新たなる朝――。

 エルスはいつも通り、床で逆さまになった状態で目を覚ました。


 「……ぐげっ!」


 当たり前のように彼のベッドで寝息を立てているアリサをりつつ、エルスは慣れた様子で首の関節を元に戻す。


 「んっ……。おはよぉ、エルス。よく眠れた?」

 「んあッ? 起きたのか。まッ、いつも通りさ!」


 「ごめんね。わたし、また突き落としちゃったみたい。治癒魔法セフィドする?」

 「いや、もう治ったし大丈夫だ! それに、なんか嫌な夢とか見た気がするけど――おかげで忘れられたしな! 助かったぜ」


 「そっか。それじゃ今日は依頼人さんが来るみたいだし、早めに準備しよっか」


 二人はたくを整え、装備やマントを身につける。彼らが普段使っている剣は武器収納の腕輪バングルには入れず、普段と変わらず腰に差しておくことにした。



 一階の酒場では、昨日と同じテーブルにニセルが着いていた。

 ほかに客の姿は無いようだ。彼はエルスら二人に気づき、軽く手を挙げる。


 「ニセル、いつも早ェな!――ミーファは?」

 「まだ見ていないな。依頼人の方も、な」

 「そッか。じゃ、何か食うモンでも頼んでおくか!」


 エルスは近くに居たきゅう姿の女性を呼びとめ、朝の軽食を注文する。

 ほどなくするとミーファが元気よく、階段から駆け下りてきた。


 「待たせたのだ! ふふー、これで動きやすくなったのだ!」


 「おはよ、ミーファちゃん。あっ、そのマント――短くしたの?」

 「ほう、錬金術か?」

 「へぇ、俺のとは別物みてェになったな! スゲェじゃねェか!」


 昨日、ミーファが身につけていたマントはドワーフ族のサイズに仕立て直されており、所々に彼女のメイド服と同じ、しゅうや装飾が施されている。


 「その通り! ミーもドワーフの王族として、簡単な錬金術は学んでいるのだ!」

 「おッ、本当ほんとかッ!? 今度見せてくれよ!」


 「それは駄目なのだ! ご主人様にも見せてはいけない、正義のおきてがあるのだ!」

 「えー、なんだよッ!――まッ、仕方ねェか」

 「ウチのおじいちゃんも、仕事部屋には絶対に入れてくれなかったもんねぇ」


 錬金術の技は機密性が高く、むやみに他者に公開してはいけない決まりとなっている。これもいにしえより続く、〝神の定めし法と秩序〟にのっとったものだ。


 四人が談笑していると、やがて彼らのテーブルに料理が運ばれてきた。

 それは炊いた米を三角形に握り固めた〝おにぎり〟と呼ばれる軽食のひとつだ。


 エルスがに手を伸ばした時――

 酒場の入口のドアが、勢いよく開いた!



 大きな音と共に酒場に入ってきたのは案の定――地味な帽子とマントに身を包んだ若い女性・クレオールだった。


 クレオールはエルスたちのテーブルを素通りし、早足でカウンターへと向かう。

 彼女のつり上がった眼は真っ直ぐに、店主マスターのみを捉えている。


 「おはようございます、クレオールさん……。本日は――」

 「――マスター! 依頼は! 冒険者は用意できているのでしょうね!?」

 「ええ、もちろん……」


 「もう時間がないのです! そんなゆうちょうな――って、何ですって?」

 「ほら、そちらに。彼らがそうです……」


 店主マスターは静かに言い、テーブルの方を手で示す。

 こちらを振り返ったクレオールとエルスの目が合ったことで、四人も立ち上がってカウンターの方へと向かう。


 「本当に? 本当に用意して下さいましたのね……?」

 「なかなかのやり手ですぜ。まぁ、あとは直接いてやってくだせえ……」


 紳士的に一礼し、店主マスターはテーブル席の方へと離れてゆく。

 入れ替わりにやってきたエルスが、爽やかな笑顔と共に小さく手を挙げた。



 「ええっと、冒険者のエルスといいまッス! よろしくなッ!」

 「はじめましてっ。冒険者のアリサですっ」


 「あっ、ええ……。初めまして。クレオールと申します。依頼をけてくださり、感謝いたしますわ。早速ですが、これから――」


 「――ちょっと待った。時間が惜しいのは理解しているが、こちらも詳しい事情までは聞かされていない。行動の前に、まずは情報の共有といかないか?」


 急かすような様子のクレオールを落ち着かせるように、ニセルは現状を把握すべきとの提案をする。


 「確かにそうですわね――。失礼しました。あなたは、まさか……?」

 「ふっ、オレはニセル・マークスター。ただの冒険者さ」

 「正義の賞金稼ぎ・ミーファなのだ! 悪人の討伐は任せるのだー!」


 「ニセル……って、……? それにミーファ……さま?――いえっ! 今は、それどころではありませんわね……」


 エルスたちはまず、昨日ドミナの工房で聞いた〝どうたい〟の話や、ファスティアでの〝こうの杖〟に絡む商人ギルドの疑惑についての情報を、クレオールに提供した。



 「なるほど、どうたい――。そんな物があっただなんて……」

 「あれッ? あンまし有名じゃなかったのか?」


 「簡単な〝義手〟を着けておられる方はお見かけしたことがあるのですけど、それほどまでに高性能なものは……」

 「まっ、あそこは表向きはさびれたどう屋に過ぎないからな。ザグドが滅多に奥へは通さんのさ」


 あのゴブリン族のザグドは言葉遣いこそ独特だが、有能な窓口役ではあるようだ。ニセルは彼とも、長い付き合いがあるらしい。


 「ええ。それに、あの工房も〝ギルド〟の一つ。契約により、わたくしたちでは深入り出来ませんから」

 「ひとつ? ギルドって、たくさんあるんですか?」


 「この街には〝支配者級ルーラーギルド〟と呼ばれる大きなギルドが三つ。それ以外にも〝従者級サヴァントギルド〟と呼ばれる小さなギルドが、いくつもありますわ」

 「じゃ、商人ギルドは、その支配者級ルーラー?……ッてことか」


 「そうです。そして例え支配者級ルーラーであっても、相手が契約に従っている以上は従者級サヴァントの自由と権利を保障しなければならない。そう定められているのです」

 「それじゃ、もしかしてクレオールさんって?」


 これまでの話から推測はできていたものの――

 事実を明らかにしておくためにも、アリサはえてたずねる。


 「……はい。私は商人ギルドの者ですわ。そして、めて頂きたいのは私の父――。商人ギルドの大盟主プレジデント・シュセンドです」


 クレオールの正体は、ランベルトスの支配者たる存在・大盟主プレジデントの娘だった。

 今度は彼女が、依頼を出した経緯について話しはじめた。


 ――父の不穏なたくらみに気づき、問い詰めたが取り合ってもらえなかったこと。

 周囲の者や街の者の大半は深入りを避けているか、契約により手出しが出来ないこと。

 何度か冒険者にも頼ったが、途中で投げ出されるか失敗に終わり、ついには誰にも相手にしてもらえなくなったこと――。


 彼女は悔しげにくちびるみながら、それらの事情を淡々と説明した――。


 「そういうことか……。それなら、なおさら俺たちが頑張らねェとな!」

 「――だねぇ。でも、その企みって何なんだろ?」


 「おそらくですが……。父は――いえ、シュセンドは、戦争を始めようとしています」

 「なッ、戦争だッて!?」


 「さきほどうかがった〝杖〟の話で確信いたしましたわ。確かにギルドうちで一時期、そのようなデザインの杖を扱っておりました。それに――」


 クレオールは一旦言葉を切り、一呼吸を置いて続ける――。


 「その、ゼニファーという魔術士。父の〝お気に入り〟の一人なので……」


 「つまり、ファスティアで降魔の杖を起動させたのは〝商人ギルド〟で間違いないわけか――。だとすると、他国への立派な敵対行為になるな」


 ニセルはひょうひょうと言い、最後に「ふっ」と息を吐いた。


 「本当に――っ! あの男は、なんということを……っ!」

 「まッ……まだ決まったワケじゃねェんだしさ! それを調べてェんだろ?」

 「そうなのだ! ミーやご主人様たちに、どーんと任せておくのだ!」


 「そう……ですわね。ありがとうございます、皆様……」


 まともに話を聞いてもらえた安心感からか――

 クレオールは四人に向き直り、深々と頭を下げた。



 「うーん。でも、あとはどこを調べればいいんだろ?」

 「やっぱ直接、きに行くしかねェんじゃないか?」

 「ふっふっふ! まずはけつに飛び込むのだ!」


 「ええ……。しかし、これまでも冒険者のかたを招き入れようとしたのですが、ことごとく失敗してしまって。完全に目をつけられてしまっているのです」


 「正面からは無理ッてことか……」

 エルスは腕組みをし、名案がないかと頭をひねる。


 丁度そんな時――。いつの間にか近づいていた店主マスターが助け舟を出すべく、カウンター裏のドアを親指で示した。


 「それなら、良いルートがあるぜ? ついて来な……」

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