第13話 静かに忍び寄るもの

 霧に包まれた街の中、ドミナの錬金術工房から酒場へ戻ったエルスたち。

 酒場に着いた頃には霧は晴れ、太陽ソルは夕刻の陽光ひかりを放っていた。


 「なるほどな……。工房あそこの連中は変わりもんらしくてな。まともに話をけただけ大したもんさ……」


 いっこうは酒場の店主マスターに大まかな経過を報告し終え、今夜の夕食を注文する。

 どうやらランベルトスの料理は米や豆などの穀類や、肉を中心とした物が主のようだ。


 壁に接した四角いテーブルにはエルスとアリサが隣同士に着き、目を覚ましたミーファが向かいに、ニセルは空いた一角に着いた。


 四人は食事がてらに、現在までに得た情報を整理する――。

 

 「とりあえず〝錬金術〟を狙ってるぽいッてのはわかったけど、他は全然わからねェな」

 「うーん。〝どうたい〟を使って、兵士さんを強くするとか?」

 「おー! 改造人類の製造とは、まさに悪の所業なのだー!」


 「それって、自分の腕とか足を切り落とすんだろ? さすがにやるとは思えねェけどなぁ……」

 「ああ。それにランベルトスには、兵士や騎士といった軍隊は無い。形式上は国家を名乗っているが、領土は商業都市ここのみだからな」


 かつていにしえそうせいにおいて、ランベルトスはアルティリア王国のいちだった。

 しかし、当時から街を牛耳っていた〝商人ギルド〟によって、国王から領土ごと街を買い取られる形で独立を果たした。


 のちにさらなる国難を招くとも知らず――腐敗しきっていた当時のアルティリアは国土と引き換えに、わずかばかりの小銭を手にした――。

 このことは〝失政の典型例〟として多くの歴史書に記され、さいせいとなった現代となってもなお、アルティリアの〝恥〟として語り継がれている。



 「んー。こうの杖のこともあるし、あとはクレオールだっけ?――依頼人からの情報次第ッてとこか」

 「ドミナさん、杖のことは知らないみたいだったねぇ」


 エルスは木製のわんに入った豆のスープを一気にすすり、黒いマントのふちで口をぬぐう。汚れるのを避けるためか、アリサは純白のマントをすでに、冒険バッグの中へっていた。


 「あッ、そういえば――ドミナさんから、腕輪これもらったのを忘れてたぜ!」

 「ミーファちゃんと同じ腕輪だっけ? 武器が入るっていう」

 「そうなのだ! ミーの正義の斧も、おかげで持ち運びやすくなったのだ!」


 「せっかくだし、両手に着けとこうぜ! なんか大量にくれたしさ!」

 「――ああ、オレは持っている。左手はこの通りだし、な」


 そう言ってニセルは、銅製の左手首をクルクルと回転させてみせる。どうたいとなっている彼の左腕には、他にも仕掛けが隠されているのかもしれない。


 「でも、肝心の武器が無いねぇ。おうちに置いてきた剣、今度取りにいこっかな」

 「あの馬鹿デカイヤツだろ? アリサのジイちゃんが造った――。おッ、すげェ! 簡単に出し入れできるぜッ!」


 エルスは話しながら――別れ際にジニアから貰った、ウサギの飾りの付いた短杖ワンドを右手に出現させてみせる。そして今度は、それを瞬時に収納してみせた。


 「わぁ、どうやってるの? わたしにも出来るかなぁ?」

 「なんかわからねェけど、出そうと思ったら出てくる感じ?――ほらッ!」


 「ふっ、腕輪そいつにはどうたいの技術を応用しているらしい。要は、自分の手足を動かすのと同じことさ」


 「不思議だねぇ、錬金術。わたしたちのバッグも、こんな小さいのに色々入っちゃうし」

 「そんなモン、〝冒険バッグ〟だからに決まってるだろ?――どんッ!」


 疑問を口にするアリサをよそに――

 エルスは新しい玩具を手に入れた子供のように、腕輪バングルを使って遊んでいる。


 「うーん。じゃ、このお財布は? 魔物を倒すと、少しずつお金が増えてるし」

 「そりゃ、〝財布〟だからだろ?――ほいッ!」


 「もー。わたしの目の前で遊ばないでっ!――そのウサちゃんは可愛いけど」


 バッグや財布は、古来より世界中の人々に愛用されている生活必需品なのだが、製作している当の錬金術士たちも、その詳しいメカニズム自体は知らない。


 「そういった仕組みを解明しようとした連中も居たんだがな。ある日を境に、しまったのさ」

 「まさか、それが古代人エインシャントって奴か?」

 「――おそらくな。まっ、今回は関係ないだろうさ」


 「んー。俺としちゃ、そっちの方が気になるけどよ。確かに、今は依頼の方に集中すッか」

 「なんだか色々と繋がってるねぇ」

 「まさに悪の陰謀なのだ! 邪悪な芋が、づるづるしてるのだー!」



 ――やがて夕食を終えた彼らは翌日に備え、早めのとこに就くことにした。


 エルスとアリサはいつも通りに、二人用の部屋へと入る。

 新たな街へ来たこともあってか、ベッドを目にするなり眠気がエルスを襲う。


 「ふわぁ……。今日もたっぷり頑張ったぜ。ねみィ……」

 「ツリアンからずっと、動きっぱなしだったもんねぇ。お疲れさま」


 エルスは眠気を訴えるや、すぐさまベッドへと飛び込む。宿場町を自称するツリアンの宿には劣るものの、こちらのベッドもなかなかの寝心地だ。


 アリサはエルスが床に放り投げたマントや軽鎧ライトメイルを拾い、衣装棚へと丁寧に並べはじめた。


 「あー。なんか勢いでけちまったけど、頭ばっか使って疲れたぜ……」

 「今回は、剣で戦う感じじゃなさそうだね」


 整頓を終えたアリサも剣や防具を外し、えつけの鏡の前で髪を解く。そして手早く就寝の準備を整え、彼女も自分のベッドに入る。


 「まッ、いいさ! 店番でも盗賊退治でも、何だってやってやるぜ!」

 「うん。そろそろお金も稼がないと。けっこう減っちゃったし」

 「そうなんだよなァ……。ニセルの真似して、ちょっと大盤振る舞いしすぎたかもしれねェ……」


 ファスティアでの依頼を終え、充分なぎんは稼いだはずの二人だったが、すでに多くをツリアンで消費してしまっていた。


 「ニセルさん、この街に詳しいみたいだね。長く居たのかな?」

 「そうかもしれねェな。まッ、何にせよ――ニセルは頼りになるぜ!」

 「うん。それじゃ、そろそろ寝よっか。わたしも眠くなったかも」


 「だな――。おやすみ、アリサ」

 「おやすみ、エルス」


 いつも通りの挨拶を交わし――エルスは大きな欠伸あくびと共に目を閉じ、ゆっくりと眠りの世界に入ってゆく――。


 そのエルスは、いつも通りの〝夢〟を見た。


 それは、焼け焦げた魔法衣ローブを着た銀髪の少年が現れ――邪悪な笑みを浮かべながら、こちらへ向かって手を伸ばす――。


 そんな、不吉な〝夢〟だった――。

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