第12話 古代人の弟子
小さな工房の、ある日の一幕。
ひとりの女性と、ひとりの少女。二人は会話を交わしていた。
『ふーむふむ。これって、やっぱしアレだよねぇ』
『ししょー? 何見てるんれすか? 真っ白で何も見えないでしゅ』
『ほら、よく見ると虫みたいだなって! 虫の大群がさ、ぶわぁーっと!』
『ええっ!? やっ、やめてくださいっ! 気持ち悪くなりましゅ』
『あはは、ごめんごめん! ドミナちゃんに解りやすくしようとしたんだけどさ』
『もうっ、虫は嫌いでしゅ……』
『なーるほどねぇ。つまり、これが魔法の原理……。なんとか応用できれば……』
『……ししょー?』
『おおっと、ごめんごめん! さっ、休憩したら続き始めよっか!』
これは、遠い、過去の記憶。
忘れ去られし、彼女の記憶――。
「――うっ……。今のは……?」
錬金術士ドミナは頭を押さえる。
そして我に返り、来客であるエルスたちの顔を見上げた。
「……あぁ、ごめんよ。それで、あたしに何の用だい?」
ドワーフ族の彼女は青みを帯びた黒髪を短いポニーテールに束ね、革製のツナギを身につけている。彼女の様子に気づいたニセルが、まずは気遣いの言葉をかける。
「なに、少し
「ははっ、座りっぱなしでね。ただの立ちくらみさ――。おおっと、その前に」
ドミナはミーファの前へ進み出て、彼女に丁寧なお辞儀をする。
「ご機嫌麗しゅうございます、ミーファ様。旅は順調のようですね?」
「おー! もらった秘密アイテムのおかげなのだ! ドミナ、こんな所に住んでたのだ?」
「はい。以前お会いした
「おおッ、すげェ! ミーファって本当に姫様なんだなッ!」
「……それでさニセル君、この子たちは?」
ドミナは警戒と興味が入り混じった表情で、エルスを見上げる。
問われたニセルは互いの紹介と、工房を訪れた用件を伝える。
どうやら二人は、幼少時からの知り合いであるらしい。
「なーるほどねぇ。商人ギルドの調査がてら、その〝
「まっ、成り行きってやつさ。ここで〝彼女〟に遭遇したのも、何かの縁だろう」
「お嬢か――。まぁ確かに、この街で目に光が宿ってるヤツなんて、あの
ドミナは小さな丸窓から外を
いつの間にか霧が出ていたらしく、ランベルトスの街並みは白に包まれていた。
「虫……っか」
「えっ?」
「いや、何でもないよ――。商人ギルドの
「何だッけ。たしか前に『半分、人間やめてる』とか言われてた気が……」
「そう。
「うー? つまり、ニセルをたくさん造るつもりなのだ?」
「
「そりゃ、ニセルは人間だしな!――ほら、
エルスはミーファの頭を軽く
そんな様子を見て、ドミナは「ふっ」と息を漏らした。
「――そうさね。それもあるけど、ニセル君のは〝特別製〟なんだよ」
ドミナは作業机に置かれた写真立てを手に取る。小さな額縁の中には
「ニセル君に処置をしたのは、あたしの師匠。彼女は、
「エインシャント? 何だそりゃ?」
「知ってるのだ! 古代の〝
「確か、古い世界と一緒に消えちゃったんだよね?」
「へぇ、そんな奴らが居たのか。二人ともよく知ってるなぁ」
「エルスが昔、小さい頃に読んでくれた本で覚えたんだよ?」
「そうだっけ? 本なんてもう、十年以上読んでねェからさ……」
魔王の襲撃に
幼少時の彼は現在とは異なり、学問や魔法に対して興味を示していた。
話が
台の上には、ザグドが用意したお茶のカップが五つ置かれていた。すでに彼は、店へと戻ってしまったようだ。
「あッ、でもさ――ニセルの
「そうだ。
「じゃあ、その師匠さんなら?」
「彼女は、もう居ない。消えた――いや、消されたのさ。文字通りにね」
そう言って彼女は、手にしていた写真立てをこちらへ向ける。
写真の中では幼いドミナが不自然に右側に寄り、何かを
「これって、ドミナさん?」
「そうさ。それと師匠。
――低い声色で言い、ドミナは写真の左側をさす。
「うー? 誰もいないのだ?」
「本当に
「ああ、〝記憶〟も〝記録〟も。この世界や、あたしの頭の中から……ね……」
ドミナは額に手を当てる。
その表情は悲しみよりも、諦めの方が強い。
「
お手上げのジェスチャをしながら、ドミナは早口で続ける。
「――そして、恐ろしいことに、あたし自身もそんな気がしてんのさ! 原理なんて、ちゃんと
「ううー。巨大な悪の陰謀を感じるのだ……」
「わけがわからねェな……。寒気がしてきたぜ……」
「ねぇ、ニセル君――。師匠の名前、覚えてるかい?」
「ああ。この
「……あたしは、もう思い出せないよ……。聞いても正解かどうかさえ、わからない」
ドミナは立ち上がり、写真立てを元に戻す。
エルスは作業場に漂う重苦しい空気を
「あッ、そういえばさ! ここにジェイドって奴、来なかったか?」
「あぁ――来た来た! 来るなり『俺様はニセルのダチだ!』だの、『魔法は使えるようにしろ!』だの、うるさいのなんの」
「やっぱり、二人とも仲いいんだねぇ」
「魔法? そういえばニセルが魔法が使えないのって」
「
ニセルは答え、ドミナの方を見る。彼女は台の上にあった、作りかけの義手を持ち上げてみせた。それは
「でもニセル君は、全身のほぼ左半分が
「
「魔物を狩っていればそれなりに補える――が、足りない時は
「なるほどなぁ。色々と納得がいったぜ」
エルスの言葉が終わると同時に――
入口にザグドが現れ、そこで一礼をする。
「お話中失礼しますのぜ。イシシッ!……そろそろお時間ですぜ」
「あぁ、わかった。それじゃ、準備を頼むよ」
「シシッ! かしこまりました」
「よいしょっ、と――。すまないけど、もうじき客が来る時間さ。義体の
「長居しちゃってすみません、ドミナさん」
アリサは立ち上がり、丁寧にお辞儀をする。
いつの間にかミーファは寝てしまったようで、エルスが彼女を抱きかかえた。
「構わないさ。大して役に立てなかったけどね――。あぁ、そうだ」
ドミナはツナギの上に白衣を
「
「えッ!? それって、あのデカイ斧を出してた〝秘密アイテム〟のことか?」
「まだ一種類ずつしか入んないけどね。試作中さ」
「おおッ! じゃあ、一つずつ貰ってこうぜ!」
「出来れば、全部持ってってくれると助かるよ。ここに置いといても、悪用されちまうからね」
もう準備が済んだのか――彼女は山積みの
「ミーファ様のこと、よろしく頼んだよ? あたしらドワーフにとって、大事な御人なんだ」
「ああッ! 俺たちにとっても、大事な仲間だからなッ!」
「ははっ。またおいで」
エルスの腰をポンと叩き、ドミナは作業場から工房へ戻る。
一同も続いて退出し、店舗へのドアを開いた――。
「お帰りですかな?」
――店の中に居たザグドは、大きな瞳をこちらへ向ける。
「はいっ。ザグドさん、お茶おいしかったです」
「いえいえ、
ザグドに礼を言い、エルスたちは霧に包まれている街へ出た――。
「色々と話は聞けたけどよ。依頼と関係ありそうなのは〝
「うーん。なんだか、師匠さんのお話の方が頭に残っちゃったかも」
「だなぁ……。何とも言えない、気持ち悪さを感じるぜ……」
ミーファを抱いたまま、エルスは身震いをする。ファスティアよりも気温が高いランベルトスなのだが、今は寒気すらも感じる。
「ふっ。その話はまた、
「そっか。ニセルさんにも関係あるもんね」
「まあな。いったん酒場へ戻ろう。霧も出ている、二人とも
ニセルの言葉にアリサは頷き、エルスはミーファの頭を強めに
「ダメだな――。ミーファの奴、完全に寝てやがる……。仕方ねェ、このまま帰るか……」
「難しい話だったもんね――。エルス、落としちゃだめだよ……?」
アリサはいつも通りの
「いや、落とさねェッて……。それじゃ、帰ろうぜ」
ニセルを先頭に、
本日の霧は
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