第9話 陰謀の商業都市

 真っ直ぐに伸びる街道を抜け、ついに四人は商業都市ランベルトスへと辿り着いた。入口のアーチ状の門には、神聖文字で〝LANBETAS〟と刻まれている。


 「おおッ! ついに来たな! この賑わい、新しい街に着いたって感じだぜッ!」

 「ふっふー! 感じるのだ、悪の気配がびんびん漂っているのだー!」

 「っきな街だねぇ。高い建物がいっぱい」


 「三人とも、少しいいか?――街に入る前に、こっちへ来てくれ」


 いつの間にか街道脇に立っていたニセルが、エルスたちに手招きをする。

 そして彼は、冒険バッグから黒いマントを二枚取り出した。


 「エルス、アリサ。これをっておけ。この街では必須だ」

 「もらっていいのか? ありがとな、ニセル!」

 「ああ。ファスティアを出る前に買った、安物だがな。なので、ミーファの分は無いが……」


 「あっ、わたし持ってるよ? 昔、お姉ちゃんに貰った、白いのだけど」

 「そうか――。では、ミーファ。ドワーフの背丈には、少々長すぎるかもしれんが」

 「ふふー! こうして結べば問題ないのだ! ありがたく頂戴するのだー!」


 街の外には多くのたいしょうの馬車が停められ、男たちがせわしなく荷運びをしている。まちなかの大通りが、それほど広くは造られていないためだろう。


 それらの光景を眺めながら身支度を整え、四人は街の中へと入る――。



 「まずは宿を確保しておく。なるべく固まって歩くようにな?」


 「ああ!……ッてかさ、さっきからなんていうか……」

 「うーん。すっごく見られてるような?」


 アリサの言うとおり――大通り沿いの露店や、そこら中の通行人から――まるで品定めをするかのような、嫌な視線を感じる。他人にはあまり関心を示さないファスティアの賑わいと比べ、明らかに異質なものだ。


 「バッグや財布には気をつけろ。この街では、他人の所持品アイテムを奪っても罪にはならないからな」


 「うッ、マジか……。マントは盗みけッてことか……」

 「ううー。まさに悪のそうくつなのだー」

 「ミーファちゃん――。わたしと手を繋ご? 迷子になっちゃうといけないし」


 いっこうはニセルに先導されながら大通りを進み、細い脇道へと入る。

 さらに奥へと踏み入ると、土色レンガで建てられた酒場に辿り着いた――。



 「ぐへェ……。なんか、魔物の群れン中を歩いてるような気分だったぜ……」

 「まっ、そのうち慣れるさ。オレは部屋を取ってくる。適当に休んでおいてくれ」


 「ありがとう、ニセルさん――。やっぱり、ここも二階が宿屋なんだねぇ」

 「だなぁ。ファスティアの酒場が、なんか懐かしくなるな!」


 エルスは冒険者の街ファスティアの、巨大な酒場に想いをせる。

 恩人との再会。ライバルへの敗北――。

 苦い思い出も多いが、酒場は彼を大きく成長させてくれた場所でもあった。


 「勇者のオジサンたち、今頃どうしてるんだろ?」

 「王都の方に行ったんだろ? あんな所――森か岩山くらいしかねェし、わからねェな」


 「そっか。でも、いろんな人と仲良くなれたねぇ。この街でもい出会いがあるといいなぁ」

 「大丈夫さ! ミーファやジニアたちとも仲良くなれたしさ! そういえば――ミーファのヤツ、どこ行ったんだ?」


 「うーん?――あっ、掲示板のとこみたい」


 アリサは壁際に設置された、冒険者用の掲示板クエストボードを指す。

 ミーファはその真下に座り込み、熱心に何かを書き写しているようだ。


 「ミーファ、なんかイイ依頼でもあったのか?――ッて、これ全部賞金首か……?」


 「そうなのだ! この〝悪人成敗リスト〟を、しっかりと更新しておくのだ!」

 「その似顔絵、おまえの手描きだったのかよ……。今度は、名前とか性別とかも書いておけよなッ!」


 「もちろんなのだ! 正義の賞金稼ぎたる者、同じてつは踏まないのだ!」

 「でも大丈夫かなぁ? この街って危なそうだし、暗殺依頼とか混じってたりするんじゃ」


 「ふっ、ここはオレの馴染みの店だ。心配ないさ――」

 ――ニセルは言いながら、掲示板の前へ足を進める。


 「部屋は確保しておいた。二人はいつも通りでいいな?」

 「うんっ。ありがとう、ニセルさん」


 「アリサ――依頼内容への警戒は、重要なことだ。良い心がけだな」

 「えへへっ。エルスは、何でも信じちゃうからね。わたしがしっかりしないと」


 アリサは、ミーファとじゃれ合っているエルスの方へ顔を向ける。


 初めてニセルと会った時もそうだったが――

 エルスには、誰とでも素早く打ち解けられる才能があるようだ。


 「おッ! ありがとな、ニセル! それじゃ、さっそく街に出て――」

 「――もうっ! この店は〝中立派〟だと見込んで頼んでますのにっ!」


 言いかけたエルスの台詞を、店内に響いたヒステリックな声がさえぎった。声の方向では小柄な人物が、店主マスターに詰め寄っているようだ。



 「お嬢――いや、クレオールさん。こりゃあ、さすがにマズイですって……」

 「みんなギルドの言いなりの、腰抜けばかりね! 誰か、マトモな冒険者は居ないんですの!?」


 荒くれだらけの酒場の中では、若い女の声はよく通る――。

 声の主は地味なマントに帽子をぶかかぶっており、その隙間からは金色の髪がのぞいているのが確認できる。


 「無理ですよ……。この街じゃ、には誰も逆らえませんって……」

 「情けないわねっ! とにかく、依頼状は貼っておいてくださいませ!」


 「わ……、わかりましたから、どうかおさえて……。おおせ通りに、貼らせて頂きますんで……」

 「もう時間がないのよっ!――明日までに、正義ある冒険者を用意しておいてくださいましっ!」


 終始強い口調で捲し立て――

 クレオールなる人物は、足早に酒場から出て行ってしまった――。



 「――ったく……。困ったお嬢様だ……」


 店主マスターは溜息と共に依頼状を投げ出し、苦々しく扉を見つめる。

 そんな彼の元へ、われさきにとエルスが駆け寄ってゆく――。


 「なぁ――。さっきの人、どうしたんだ? それ、ちょっと見せてくれよッ!」

 「ん、なんだアンタは? 若造が首を突っ込めるようなモンじゃねぇぞ……。命が惜しけりゃ……いや、命だけじゃ済まねぇことになるぜ……?」


 「ほう、商人ギルド絡みか。さっきの娘、確か〝クレオール〟と言ったか……」

 「……ニセル? こりゃあ、アンタの連れかよ……」



 二人に続き、アリサとミーファもやって来た。

 アリサはカウンターに投げ出されたままの依頼書を拾い、それを読み上げる――。


 「えーっと、『緊急依頼・商人ギルドの陰謀阻止! 正義感ある冒険者、至急求む!』だって」

 「おー! 正義なら任せるのだ! いざ、ミーたちの出番なのだ!」


 「おいおい、待て待て……。こまけぇのが次々と……。ニセル、堅気カタギになったとぁ聞いてるが、アンタ子守でも始めたのか……?」


 「ふっ、まさか。彼らの腕は、オレが保証しよう――。エルス、やってみるか?」


 「おうッ!――なぁ、マスター。俺たちに、詳しく話をかせてくれねェか?」


 エルスは一連の流れに困惑しきった表情のマスターを、真っ直ぐに見つめる。

 彼の後ろで、「心配ない」とばかりに、ニセルもゆっくりと頷いてみせた。


 それを見て、マスターは観念したかのように、大きく息を吐く――。


 「……わぁったよ。どちらにせよ、こっちも明日までに〝いけにえ〟を用意せにゃならんかったしな――。覚悟はいいのか?」


 エルスは仲間たちの顔をひとわたり見まわす。

 三人の表情にも、一切の迷いは無いようだ。


 「ああッ! この依頼、ぜひとも請けさせてもらうぜッ!」

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