第10話 勇者のパーティ

 エルスたちがランベルトスへ入った頃――。

 勇者ロイマンの一行パーティは、アルティリア北部の岩山地帯を攻略していた。


 「ヒュー、ずいぶん高いトコまで来たもんだナ。『神とナントカは高いトコに住みたがる』っていうガ、俺っちも神になった気分ダゼ!」


 「あはは! どっちかって言うと〝ナントカ〟の方じゃないの? ゲルセイル!――ほら、さっさと歩く歩く! ボスと姉さんに置いてかれちゃうよ!」


 岩に足を載せ、気取ったポーズを決める青年に対し、少女がちゃすように言う。二人とも武器や防具で身を固めた冒険者のようだが、ゲルセイルなる青年は半裸に近い軽装で、赤い髪の中からは二本の短いツノが伸びている。


 「んだとォ? アイエルよォ、俺っちはわざわざ、ひ弱なテメェに合わせてやってんダヨ。感激してれちまってもいいんダゼ?」

 「へぇー。本当ホントへこんでるんだ――。あっ、ゲルっち? 何か言った?」


 風になびく黒髪をかき分け、アイエルと呼ばれた少女がとぼけた顔で彼を見る。太陽ソルの光にかざして見ると――彼女の髪と大きな瞳は、やや紫色をしているようだ。



 「チッ、るせェ! 景色なんか眺めてねぇで歩けヨナ!――オイ、新入りダークエルフ! テメェもバテちまったんじゃねぇだろうナ?」


 じゃれ合う二人の後ろで、黒い外套クロークを着た若い青年が、ゆっくりと顔を上げる。整った顔立ちに表情は浮かんでいないものの、彼は射るような視線をゲルセイルへ向けた。


 「オイオイ、そうにらむナヨ! 同類なかまじゃねぇカ。ナッ?」

 「ゲルっちが先輩ぶって名前で呼んだげないからじゃ?――ねっ、ラァテル!」


 「ふん。心配は無用だ。たわむれが済んだなら行くぞ。時間を無駄にするな」


 そう言うなり、ラァテルの姿は二人の目の前から消え――

 次の瞬間には、前方を行く〝ボス〟の付近へと出現した!


 「ふぇぇ……。何あれ、すごっ! ワープ? 瞬間移動? あっ、もしかしてしゅくってヤツ!?」

 「知らネ。こうじゅつの技ダロ。寿命の短けぇダークエルフの分際でアレを使うトカ、かなりイカレてやがるよナ!」


 「ひゃー、カッコイイね! ラァテルってなんか、クールでロックな感じ! チャラいゲルっちにも見習って欲しいね!」

 「俺っちはアイエルの言葉が意味不明ダヨ。そっちをナントカして欲しいナ!」


 「あははー、ごめんねぇ。ほら、文化の違いってヤツ? それより急ご! こんな所で霧に捕まったら、落とされちゃうし!」

 「おうヨ。ボスも休憩キャンプの準備してるぽいしナ。手伝おうゼ」


 二人の視線の先では、勇者ロイマンがかついでいた大きな革袋を降ろし、野営の準備をしていた。よわい五十を越えた人間族の彼だが、きんこつたくましい肉体を見ても、一切の衰えを感じさせない。


 ロイマンのかたわらでは、長い前髪で顔の半分を隠した女性が剣を振り、まきを作っていた。ハーフエルフである彼女は外見こそ二十代であるが、実年齢はロイマンと大差ない、熟練の冒険者だ。


 「あら、ラァテル。どう? 彼らとも仲良くできそ?」

 「ああ。問題ない」


 「そう、良かった。そろそろ〝霧〟が出るわ。食事にしましょうか」


 彼女――ハツネは、天上の太陽ソルを見上げる。

 まだ陽光ひかりは昼を示しているが、その光はやや弱い――。



 「ウッス、ボス。あねサン。遅くなって、スンマセン」

 「ボス、遅くなってごめんねぇ。ゲルっちがモタモタしてるからさ!」


 「揃ったか。向こうに岩ジカが居る、何匹かって来てくれ。しかし――お前ら、その『ボス』って呼び方は、どうにかならんのか?」


 「んアッ?――ほら、ラァテルのヤツが呼んでやがるシ、『ダンナ』よりっぽいかなってナ!」

 「うんうん! なんか『リーダー』ってよりボスって感じだもん!」

 「そうね。これからもよろしくね? 私たちのボス?」


 「フッ、解った解った――。好きにしろ」


 ロイマンは大きな革袋の中から金属製のビンを取り出し、中の液体をのどに流し込む。どうやら、袋の中身はすべて酒ビンのようだ。


 そして仲間たちもそれぞれに、キャンプの準備に取り掛かりはじめた――。



 「ドリャアァ! ウリェイィ!」


 背中に背負っていた大型剣を抜き、ゲルセイルは手近な岩をやすやすと斬り裂いてゆく! 彼のものは剣と呼ぶにかっこうな形状をしているが、強度と斬れ味は充分なようだ。


 「――ほいよット。テーブルとイスはこんなモンでいいカ。やっぱ、力仕事といえば俺っちだヨナ!」


 ゲルセイルは切り出した岩に足を載せ、アイエルの方をる。

 彼女は岩壁の付近で、獲物の岩ジカを狙っていた。


 「いたいた! いいなぁ、こういうの! ザ・サバイバルって感じ!」


 アイエルは嬉しそうに言い、冒険バッグから小型の弓を取り出す。

 腰に剣を差してはいるが、狩猟にはこちらが有利と判断したようだ。


 「悪いけどお肉になってね!――それっ!」


 狙いを定め、矢を放つ!――だが、放たれた矢は岩ジカの全身を覆う岩の鱗によって、あっさりと弾かれてしまった!


 「あっ、あれっ? うー、これじゃ駄目かぁ……」


 警戒心が無いのか、自らの防御に自信があるのか。

 攻撃を受けた獲物は、何事も無かったかのように草をんでいる。


 「もうっ! こうなったら本気でやっちゃうから――!」

 ――アイエルは弓に手をかざし、小さく呪文を唱える!


 「レイヴィスト――!」


 風の精霊魔法レイヴィストの魔力を帯びた弓で、再び狙いをつけ――矢を放つ!

 旋風をまとった矢は今度こそ、岩ジカの胴体に大きな風穴を開けた――!


 「どうだっ! 必殺・トルネードアロー!……なんてねっ!」

 「オイ、アイエル! 相手は魔物じゃねぇんダ、食えるまで吹き飛ばすんじゃねぇゾ!」


 「あっ、ごめーん!――っていうか、見てるんなら手伝ってよね!」

 「チッ、しゃあねぇナ! そんなに俺っちが必要なら手伝ってやるヨ!」


 「うんっ、必要必要! その馬鹿力、ねっ!」


 二人が狩りにいそしんでいる間、ラァテルとハツネは薬味に使えそうな薬草を採取していた。岩肌の目立つ高山だが、まだよくなアルティリア王都近辺であるためか、動植物の資源は豊富のようだ。


 その時――彼らを頭上を突如として、黒く巨大な影が覆った――!


 「むっ、コイツは……! 二人とも、すぐに下がれ!」


 異変を察知し、ロイマンが素早く二人の元へと駆けつける!

 彼の手には魔王の剣・魔剣ヴェルブレイズが握られている!


 「承知した」


 ボスの指示に従い、二人はロイマンの後方へ回る。

 頭上では、鱗と巨大な翼を持った大型の生物が、三人をかくするかのように大口を開けていた!


 「これは……。ワイバーンかしら?」

 「いや、飛びトカゲだ。魔物じゃねぇが、下手な連中より手強いぞ?」


 「問題ない」

 ――ラァテルは上空に手をかざし、気を放つ!


 「ハァァ……! ショウ――!」


 ラァテルのてのひらから放たれた波動にさらされ、飛びトカゲが動きを止めた!――羽ばたきを奪われた哀れな獲物は、なす術もなく落下し始める!


 「フン!――ヴェルブレイズよ!」


 主の声に応え、魔剣にあかい炎が宿る! ロイマンはほむらの剣と共にちょうやくし、落下する獲物の首に燃え盛る一撃を振り下ろした!


 「エンザン――ッ!」


 魔剣の一撃によって頭を斬り飛ばされ――

 空からの襲撃者は断末魔を上げることも無く、巨大な食料と化した!



 「ボス! 大丈夫ですかイ?」

 「うわっ!――何これ? ドラゴン!?」


 「いや、ただのトカゲだ。フッ、ぇぞ?」

 ――ロイマンは言いながら、よだれぬぐう仕草をする。


 「げっ!? これ食べちゃうの……?」


 「オゥ、スゲェそうダナ!――よしラァテル、さばくの手伝えヨ!」

 「ああ、いいだろう」


 盛り上がる男連中に対し、アイエルだけはまゆひそめている。

 そんな彼女の肩に、ハツネはそっと手を置いた。


 「大丈夫よ。こう見えて美味しいんだから。宮廷でのばんさんにも出されるくらい」

 「えっ、本当に!? じゃあ食べる食べる!――ちょっと二人とも! あたしに一番美味しいとこ頂戴よね!」


 アイエルも加わり、あいあいと獲物を解体する三人の若者たち。

 そんな彼らを見つめるハツネの元へ、ロイマンが近寄ってゆく――。


 「お前、初めて獲物アレを見たんじゃねぇのか? よく嘘が言えたモンだ」

 「ふふっ、そうよ。でも、私たちが巻き込まれた〝嘘〟に比べれば――多少は、ね?」


 「フッ、まあな」


 ロイマンは鼻を鳴らし、ニヤリと口元を上げる。

 やがて彼らの周囲に、白い霧が漂いはじめた。霧の中、勇者のパーティは仲良く炎を囲み、豪華な食事にしたつづみを打つのだった――。

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