第8話 未来への遺志と意志

 「ふわァー……。久しぶりに、良い寝心地だったぜ」


 翌朝――。珍しく、柔らかなベッドの上で目を覚ましたエルス。

 すでにアリサは酒場へ下りたのか、部屋には彼ひとりきりだ。


 「おッ、珍しく首が痛くねェな。昨夜ゆうべは突き落とされずに済んだのか?」


 だが、よく見るとエルスのベッドには長い茶髪が落ちており――

 首元からはわずかに、魔力素マナざんを感じる。


 「いや、いつも通りか……。治癒魔法セフィドのおかげだな……」


 エルスは手早く身支度を整え、部屋を出る――。

 一階の酒場では、三人の仲間たちがテーブルに着いていた。



 「おいっす! みんな早ェな!」

 「よう、起きたか。ランベルトスには、明るいうちに到着したい。飯を食ったら出発しよう」


 四人はランベルトスへ向かうべく、しっかりと腹ごしらえを済ませる。

 目的は、先日冒険者の街ファスティアを襲った〝とある杖〟にまつわる因縁を断ち切るためだ。


 魔王の手がかりを求め、世界を冒険する――。

 エルスたちは、その第一歩として、ランベルトスを選択したのだった。


 「まっ、あの街なら厄介事にはこと欠かんさ。だがエルス、無理はするなよ?」

 「ああッ! 俺は、まだまだ駆け出しだからな。仲間みんなを頼りにしてるぜ!」

 「任せるのだ! ご主人様の敵は、ミーが粉砕してやるのだー!」


 ミーファは小さな胸を大きく張り、アリサとニセルは力強く頷く。

 四人は朝食を平らげ、ツリアンの町へと繰り出した。



 「ふぅ! 朝から飯が食えるって、やっぱいいよな!」

 「ここって料理も美味しいし、もっと賑やかになるといいのにねぇ」


 木々の隙間からは太陽ソル朝陽ひかりが射し込んではいるが、相変わらず町の中は薄暗い。


 中央の街道から外へ向かおうとした時――

 ふとエルスは一軒の家の前で足を止めた。


 その家には、渦巻く風を模したシンボルがかかげられている。


 「ん? これって風の精霊の紋章か?――あッ、そこの人! この家って何なんだ?」

 「ああ、そこはザインって名の魔術士が住んでたんだけどね。ご覧のとおり、今ははいおくだよ」


 「ザイン!? あいつ、この町の出身だったのか」

 「彼の知り合いかい? 神殿騎士からも廃屋の認定が出てるし、使える物があったら勝手に持ってくといいよ」


 「えッ、いいのか?」

 「残しておいても、どうせ朽ち果てるだけだからね。まあ、ろくな物は残ってないけど……」


 男は苦笑いを浮かべ、そそくさと奥の林へと去ってしまった。

 彼の肩には大型のスコップがかつがれていた。


 エルスはドアに近づき、静かにノブを回す。

 建てつけが悪くなったのか、戸はきしむような音と共にぎこちなく開いた。


 「うわッ、こりゃひでェな……」

 「うー。鼻がムズムズするのだー。ミーは外にいるのだ!」

 「ほう、これは確かに、霧の影響を受けていないな」


 室内にはほこりが舞い、ニセルが足を踏み出すたびに床板が悲鳴を上げる。続いて入ってきたアリサは口元を押さえながら、机の引き出しを開けて調べる。


 「うーん、本当ほんとに何も――あっ、これって日記かな?」

 「おおッ?……ッてか、暗くてよく見えねェな」


 「あ、待ってね。いま明るくするから」

 ――アリサは手早く呪文を唱え、魔法を解き放つ!


 「ソルクス――っ!」


 照明の光魔法・ソルクスが発動し、アリサのてのひらに小さな光球が生まれる! 光は天井付近まで浮遊すると空中で静止し、室内を明るく照らし始めた!


 「サンキューアリサ! どれどれ……」

 「きれいな字だねぇ。真面目な人だったみたい」


 魔術士ザイン――。

 彼は先日、ファスティアを襲った一連の事件の発端を担った男だ。


 日記の中には、貧しさからの脱却を目指すザインの苦悩が記されていた。

 ここでの仕事では生活できず、魔法の才能を生かしてランベルトスで仕事を見つけたこと。生きるために悪事にまで手を出してしまったこと――。

 それらに対する苦悩や自己嫌悪などが、彼の直筆によってせきつづられていた。


 「もしかして……。あの時、俺たちと遺跡に戻ったのって……」

 「やっぱり後悔して、〝杖〟を止めようとしてたのかも?」


 日記の最後は『ファスティアで真っ当に人生をやり直す』という決意と、未来への希望を夢見る言葉によって締めくくられている。


 だが、正義と悪のはざもがき苦しんだザインは――

 皮肉にも、でも魔物でもない存在と成り果てて消滅してしまった。


 「これは、あいつの〝はか〟だな――。今度、団長に届けてやろうぜ。ここで朽ち果てるより、その方が喜ぶだろうさ!」


 魔術士ザインとの関わりは多くはなかったが、結果として彼の行動が二人に大きな転機をもたらしたことは間違いない。

 エルスは日記を冒険バッグに仕舞い、あるじなき家から外へ出た――。


 「お待たせっ、ミーファちゃん」

 「おかえりなさいませなのだ! それじゃ出発するのだ?」

 「おうッ! せっかくだし、魔物退治も兼ねて林を通って行こうぜ!」


 「ああ。正面を抜ければ、街道にも出られるだろうさ」

 「わかった! それじゃ、次の街へ向けて出発だ――ッ!」



 魔物たちは〝偉大なる古き神々〟の定めた秩序ルールに従い、無差別に人々を襲う。


 ランベルトスへ向かう道中――

 エルスたちは林へ分け入り、目についた魔物を倒しながら進む。


 毎日これらの魔物を討伐することも、冒険者の重要な役割のひとつなのだ。


 「それっ!――どーん! 悪しき魔物め! 正義の技を受けるのだー!」


 「おいッ、ミーファ! ちょっとは手加減しねェと、そこら中が穴だらけになっちまうぞッ!」

 「すごいねぇ。あの斧、エルスに当たってたらグチャグチャになってたかも」


 彼女の巨大な斧から繰り出される一撃は、周囲の木々までも粉々に打ち砕いてしまう。残念ながら、岩や樹木といった自然物は〝霧〟の力で修復されることはない。


 「ふっ。そろそろ充分だろう。このまま突っ切るとしようか」

 「そうだな……。このままじゃ林ン中に、新しい道が出来ちまうぜ……」


 エルスはざんに切り拓かれた林を振り返り、溜息を漏らす。


 「ふっふー! これぞまさに、正義の道なのだ!」

 「あっ。それ、いいかも? わたしもやろっかな」

 「やめろアリサ! 二人とも、頼むからおとなしくしてくれェ……」


 二人の女子にほんろうされながら林を抜け――

 やがていっこうは、ランベルトスへと続く街道に出た。



 林と荒地が続く右手側とは対照的に、左手側にはランベルベリーの耕作地が広がり、甘酸っぱい香りがあたりに漂っている。緩やかにくぼんだ地平線の先には、巨大な街の姿が浮かんで見える。


 「おおッ、すげェなぁ。この匂い、なんか喉がかわいてくるぜ!」

 「ふー。ミーは少し休憩するのだ!――とうっ!」


 そう言うやいなや――

 ミーファは軽々とちょうやくし、前を歩くエルスの肩にまたがった!


 「おー! ちょうどいい高さなのだ! それじゃ、張り切って向かうのだ!」

 「おいッ、なんで乗っかるんだよッ! いつもの『ご主人様』扱いはどうした!?」


 「いいなぁ――。ほら、エルス。ミーファちゃんは、ほんとは王女様だし」

 「そういうことなのだ! みなのもの、苦しゅうないのだー!」


 「ふっ。エルスは少し肉体からだを鍛えた方がいい。ちょうど良いだろうさ」

 「うぐッ……。まぁ、それはなんとなく気づいてたけどよ……」


 痛いところを指摘され、エルスは口ごもる。

 アリサたちに比べ、彼が武器での戦闘において見劣りしているのは否めない。


 「ねぇ、ミーファちゃん。さっきの斧って、どこから出したの?」

 「うー? これなのだ?」


 ミーファが右手をかかげると同時に、その手に巨大な斧が出現する!

 その途端――エルスは顔面から盛大に、いしだたみへと突っ込んだ!


 「ぐおお……ぉおォ……重でェ……!」

 「これは腕輪バングルに収納してあるのだ! 正義の秘密道具アイテムなのだ!」


 「ふっ、なるほどな」


 ミーファの言葉に心当たりがあるのか、ニセルは静かに口元を緩める――。


 「……それより……はやぐ、退いで……ぐでェ……」

 「わ、エルス。また顔がグチャグチャに……。えいっ、セフィド――っ!」

 「――らべぶッ!」


 アリサの治癒魔法セフィドを顔面に押しつけられ――

 癒されたエルスは、どうにか街道に立ち上がる。


 「チクショウ、このままじゃ身体がたねェ……」


 「大丈夫なのだ! ミーと一緒に強くなるのだー!」

 「まっ、冒険者は体力勝負だからな。これも修行さ」

 「エルス、頑張ろうねっ!」


 仲間たちに励まされながら――

 エルスは新たな目的地・ランベルトスを目指す。


 立ち止まってなどいられない。

 長い足止めから解放され、ようやく念願の冒険が始まったばかりなのだ!


 「ああッ、望むところだよッ! みんな、行くぜェ――!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る