第5話 正義の賞金稼ぎミーファ

 ミーファと名乗った、メイド姿の賞金稼ぎ。彼女はツインテールの金髪をパサリと払い、エルスに対して不敵な笑みを浮かべてみせる。


「うーん……。やっぱ気が引けるよなぁ……」


 エルスは剣を構えながら、仲間たちの様子を確認する。


 アリサとニセルはジニアをかばうように、すでにかいどうわきへの退避を終えている。そんな彼らも武器を構えてはいるが、やはり攻撃するのは躊躇ためらっているようだ。


 エルスからの視線に気づき、ニセルが小さくうなずいてみせる。おそらくは、「こっちは任せろ」いう意味なのだろう。


「よそ見してると危ないのだ! それっ、どーんっ!」


 先に動いたのはミーファ。彼女は高くちょうやくし、空中で斧を振り下ろす。――しかし、まだエルスとは距離があり、斧の間合いには遠すぎる。


「エルス! けてっ!」


 危機を察したアリサがさけぶ――と、同時に〝斧の先端部分〟が外れ、巨大な刃がエルスへ向けて飛来した。彼はとっに右へと退き、間一髪でてっかいを回避する。


「うおおッ!? あッ、危ねェー!」


「油断しちゃ駄目だってば! 本気で〝真っ二つ〟にされるわよ!」


 飛んできた斧頭刃アクスヘッドからは細い鎖が伸びており、ミーファが手にしたを引くと、元の〝斧〟の形態へと戻ってゆく。


 さきほどの一撃で街道のしきいしは砕けてえぐれ、地面があらわになっている。


「ふっふっふー! 悪人にしては、いい動きなのだ!」


「すげェ怪力だな……ッ! アリサ以上かもしれねェぞ……」


「もー。わたし怪力じゃないもんっ」


 冷静に突っ込むアリサだが、視線はミーファから外していない。彼女がたいれない武器を使う以上、一瞬の油断も許されない。



「あんな攻撃、ずっとけきる自信はねェぞ……。ここは攻めるしかッ!」


 エルスは覚悟を決め、ミーファへ向かってはしる。対する彼女は斧を構えたまま、どうだにもしてしない。そのまま剣の間合いに入り、エルスが刃を振り下ろす。


 しかし、ミーファは斧をくるりと回転させるのみで、難なく攻撃を受け流した。


「ふふー! そんな弱い力など、ミーには通用しないのだ!」


「へッ! それなら、でどうだッ!」


 エルスは左の拳を突き上げ、唱えていた魔法を解き放つ。


「ヴィスト――ッ!」


 風の精霊魔法・ヴィストが発動し、ミーファの足元から小型の竜巻がのぼる。せんぷうはミーファのからだを、巨大な斧ごと空中へと吹き上げた。


「わわっ! 急に魔法はきょうなのだー!」


「お互い様だッ! おまえこそヘンテコな武器を使いやがって!」


 ミーファの落下点へと素早く移動し、エルスが迎撃の構えをとる。


「前にべ! エルス!」


「お……? おうッ!」


 突然のニセルの指示に従い、エルスは受身を取りつつ前方へとダイブする。直後、大きな破砕音と共に、彼のいた地点がすなけむりに包まれた。


 だいに茶色い煙は薄まり、やがて街道に深々と突き立った斧と、その〝〟の上で腕組みをしている、ミーファの姿が現れる。


「なんてヤツだ……。あの体勢から攻撃してきやがったのかよッ……」


「ふっふっふー! 正義の賞金稼ぎは、悪人には負けぬのだー!」


 ミーファは斧から飛び降りるやを引き抜き、エルスに対して構えをとる。〝一対一〟が彼女の流儀なのか、アリサたちに攻撃を仕掛けるつもりはないらしい。



「ヘタな攻撃じゃダメだ……。どうにか動きを止めねェと……」


「無駄なのだ! ミーの正義は、誰にもめられないのだー!」


「よしッ。……を試すかッ!」


 戦況をくつがえす策へと思い至ったのか、エルスが静かに左手を握る。


「もう卑怯な手は通用しないのだ! とりゃーっ!」


 ミーファは斧を水平に構え、自らの身体をグルグルと回転させはじめた。その遠心力を利用しながらエルスへ向けて突進し、高速で襲いかかる。


「うわッと! フレイト――ッ!」


 風の精霊魔法・フレイトが発動し、エルスの周囲を風の結界が包み込んだ。さらに彼は結界の反動を利用し、真上へと高く跳び上がる。


けても無駄なのだ! ミーの攻撃は止まらんのだー!」


「へッ! 追いつかれてたまるかよッ!」


 さらなるミーファからの追撃を、エルスは高速移動で難なくかわす。長距離移動のための〝移動魔法フレイト〟を、エルスは過去の経験から、戦闘に応用したようだ。


「ジェイドには感謝しねェとなッ! おおっと!」


「このー! 逃げてばっかりで卑怯なのだ! 正々堂々戦うのだー!」


 ミーファの言うとおり、このまま逃げ続けていてもらちがあかない。どうにか状況を打開すべく、エルスは次の呪文を唱える。


 対するミーファも回転を止め、再び斧を構えなおす。相変わらず不敵な笑みを浮かべてはいるものの、彼女の額にもうっすらと汗がにじんでいる。



「ふふー! そろそろこうさんするのだ……!」


「んッ? 降参すりゃ、俺らの話を聞いてくれンのか?」


 エルスは剣を構えながら、わずかに首をかしげてみせる。


「駄目なのだ! 悪人は、正義の斧でせいばいなのだ!」


「それじゃあ〝負け〟と一緒じゃねェか! フラミト――ッ!」


 水の精霊魔法・フラミトが発動し、ミーファの足元に粘性の水溜まりが出現した。水溜りからは複数の水色の触手が伸び、彼女の全身をからめとる――。


「うひゃっ!? うっ、動きにくいのだ……!」


「ヘッ、どうだッ! 今度はこっちからいくぜッ!」


 エルスは一気に間合いをめ、ミーファに剣を振り下ろす。彼女は斧で攻撃をはじくも、どんそくの魔法によって、明らかに動きがにぶっている。


「さぁ、どうするッ!? 降参するなら、今のうちだぜッ!」


「あっ……! 悪人には……! 絶対にくっしないのだー!」


「クソッ! もう……、やるしかねェ!」


 この戦闘は不本意ではあるが、ミーファは手加減しながら勝てる相手ではない。


 エルスは歯を食いしばり、水平に剣を振る。――しかし、刃がミーファの胴をぐ寸前、彼女が魔力を解放する。


「カレクトぉ――!」


 土の精霊魔法・カレクトが発動し、ミーファのからだこんじきの結界が包み込む。その〝守護の結界〟にはばまれ、エルスの一撃は、硬質な音と共に弾かれた。


 同時に、ミーファに絡みついていた〝水の触手〟も、あとかたもなく消滅する。


「ぐッ……! まさか〝土〟で消しやがったのかッ!?」


 精霊魔法には〝そうかんかんけい〟が存在する。

 水の魔法には土が、そして土には風の魔法が有効だ。


「ふっふっふー! ミーを見くびらない方がいいのだ!」


 水のいましめから解放されたミーファは軽やかにステップし、再び大技を繰り出すべく、エルスから大きく間合いをとった。



「さー! 正義の裁きを受けるのだ! レイゴラぁム――!」


 土の精霊魔法・レイゴラムが発動し、ミーファの手にした巨大な斧が、黄金こがねいろの輝きを放ちはじめた。


「げッ!? こいつ〝魔法剣〟まで使いやがるのかよォッ!」


「エルス! 使ってっ――!」


 危機を悟ったアリサが、持っていた剣をエルスのそばへととうてきする。それは魔法剣に特化した細身の剣、〝エレムシュヴェルト〟だ。


 エルスは自身のものを納め、地面から細身の銘剣エレムシュヴェルトを抜き放つ。


「サンキュー、アリサ! よしッ、これが最後の勝負だッ!」


「ふっふー、いいきょうなのだ! よぉーい……、ずっどーんっ――!」


 ミーファは斧を構えて跳躍し、空中で回転しながらエルスへとせまってくる。


 対するエルスは剣に手をかざし、迎撃のための呪文を唱える。それに呼応するかのように、彼の銀髪と瞳が、かすかに緑色の光を帯びはじめた。


「魔法剣ッ! レイヴィスト――ッ!」


 風の精霊魔法・レイヴィストが発動し、エルスの剣に〝風〟の魔力が宿る。


「とりゃー! 正義は勝つのだー!」


「へッ! 負けてたまるかよ――ッ!」


 襲来する金色の旋風を、エルスは風の刃と、左手に集中させた移動魔法フレイトの結界で受け止める。身体能力では不利だが、魔力に関しては、エルスの方が圧倒的に高い。


 りょっこうと黄金のぶつかり合い。風が少しずつ土を削り取ってゆくように、ミーファの斧に掛けられていた魔法も、徐々に消滅しはじめる。


「うおぉぉおー! 戦闘終了ォ――!」


 エルスは気合いと共に攻撃を押し返し、くるりと一回転しながら剣を振り抜いた。ミーファは斧で斬撃を防いだものの、魔法剣による衝撃によって吹き飛ばされ、激しく地面に叩きつけられてしまう――。


「ぎゃうぅー! ううっ、負けたの……、だっ……」


 ミーファはあおけに倒れたまま、街道で目を回している。彼女が負けを認めたためか、右手の斧も、跡形もなく消失した。


 勝利を確認したエルスも魔法をき、その場で大きく深呼吸をする。


「ふぅ……。かなり危なかったけどよ、どうにか勝てたぜッ……!」

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