第4話 近道の遭遇戦

 港町カルビヨンへの近道のため、街道から外れた林を通り抜けることにしたエルスたち。そんな四人が林へ立ち入るなり、周囲には早くも魔物の気配が漂いはじめた。


「ここの魔物は強くはないが、しゅうには気をつけろ。ジニアはオレたちのかげへ」


「はっ、はいっ! ありがとうです……! ニセルさん……」


「もし途中で〝霧〟が出たら、魔法には気をつけてなッ! 魔力素マナが濃くなるんで、炎の魔法とかを使ッちまうと大火事になるぜ!」


 ニセルに続き、得意げに注意をうながすエルス。そんな彼に対し、ジニアは声をあらげながら〝突っ込み〟を入れる。


「そんな馬鹿やる人いないわよっ! 誰でも知ってる〝常識〟だし!」


「まッ……、まぁ……。だよなッ……!」


 ジニアの言葉に苦笑いを浮かべ、エルスが後頭部をく。そんな彼をりながら、アリサはウェーブが掛かったままの、自身のポニーテールをでた。



 林道というほどではないものの、ここを通った者たちのおかげで、しっかりと地面は踏みならされている。道を進んだいっこうは、やがてひらけた場所へと差しかかる。


 その雰囲気から〝魔物〟の襲撃を警戒し、エルスが剣に手をかける。彼がアリサの方を見ると、彼女も小さくうなずきながら、腰にげた剣を抜いた。


「グルルルゥ……!」


「へッ! やっぱり出てきやがったなッ!」


 異形の獣が放つ声――。獲物の気配を察知したのか、木々の間からは続々と、〝イヌ〟の頭をした人型の魔物が飛び出してきた。それらの手には、エルスが所持している物と同じタイプの、抜き身の長剣ロングソードにぎられている。


「ふっ、ハイコボルドだな。――エルス、気をつけろ。まだひそんでいるぞ」


 ニセルは自身の左耳を指でさす。彼の耳は〝特別製〟だ。


 そして彼の言葉の直後、今度はハイコボルドの足元をうように、巨大なクモ型の魔物がゾロゾロとい出してきた。



「あっ、この前の。かわいいよねぇ」


「ええっ……!? アリサちゃん、もイケるの……?」


「よしッ、あの〝クモ〟は俺が魔法でッ! アリサとニセルは〝イヌ〟を頼む! ジニアは俺たちの後ろにいてくれよな!」


 魔物の姿を確認し、エルスが手早く仲間たちに指示を出す。


「わかったっ!」


「ああ、任せておけ」


「そんじゃ行くぜッ! 戦闘開始ィ――!」


             *


 まずはアリサが、ハイコボルドの群れへと飛び込んでゆく。対する魔物たちは連続で武器を振り下ろすも、彼女は細身の銘剣エレムシュヴェルトで難なく受け止め、力任せに斬り払う。


「はぁっ! てやぁ――っ!」


 手にした剣ごとからだを裂かれ、魔物は全身から〝黒い霧〟を噴き出しながら、次々とくうへ溶け消える。


 そしてニセルは魔物の攻撃を軽々とかわしながら、刀身の長い短剣ダガーで、の急所を貫いてゆく。遠くに現れた敵に対しては、マントの下から取り出したクロスボウを放ち、確実に獲物を仕留めにかかる。


「はぁぁ……。すごいわね、二人とも……」


 冒険者たちの戦いぶりに、ジニアが思わず声をらす。そんな彼女はズリ落ちた眼鏡を正し、今度はエルスの方へと目をった。



「コイツら、前は〝火〟で倒したッけ? まあいいや、ここは〝風〟でッ!」


 エルスはクモ型の魔物〝ヒュージスパイダー〟に対し、呪文を唱えて解き放つ。


「ヴィスト――ッ!」


 風の精霊魔法・ヴィストが発動し、エルスのてのひらから鋭利な風の刃が撃ち出される。しかし、刃は魔物のからに触れるや、乾いた音と共にかき消えてしまった。


「うおッ!? ダメかッ」


 エルスが驚きの声を上げると同時に、魔物スパイダーが粘液のかたまりを吐き出した。


「エルス、けろ! 装備をやられるぞ!」


 ニセルの声に反応し、エルスがとっに身をかわす。粘液弾はジニアの近くに着弾し、不快な音と共に、周囲に緑色の液体をらす。


「ちょっと! 当たったらどうすんのよっ!?」


わりィ! 当たらないように注意してくれ!」


 エルスは謝罪を述べながら、ジニアから離れた位置へと移動する。風の魔法が効かない以上、他の手を打たなければならないが、林の中での〝炎〟はリスクが高い。


「なら、凍らせてやるぜッ! ミュゼル――ッ!」


 水の精霊魔法・ミュゼルが発動し、エルスの頭上に複数のすいほうが出現する。水泡は標的へ向かってしょうし、着弾と同時に魔物の全身を凍りつかせた。


 やがて氷漬けの魔物は砕け散り、そのひょうへんも黒い霧――〝しょう〟となって、虚空へと溶け去ってゆく。


 そして、エルスが今の魔物を片づけたと同時に、魔物の気配も消失した。


             *


「ふぅ、なんとかなったぜッ! みんな、無事か?」


「うんっ。エルスは大丈夫?」


 アリサの問いに対し、エルスが親指を立ててみせる。


「はぁ……。こっちはのせいで危なかったけどね! それにしても、あなた〝ハーフエルフ〟だったのね。ぜんっぜん、そんなふうには見えなかったけど」


「へッ……? ああ、俺も〝母さん〟のことはよくわからねェんだ! ガキの頃に、父さんは〝魔王〟に殺されちまったしな!」


「え、魔王ですって……? ふぅん……。あなたも結構、苦労してるのね。少し見くびってたわ。ごめんなさい」


 風と水。二つの属性エレメントを扱えるのは、エルフ族の血を引く者のみ。そのためジニアは、エルスを〝ハーフエルフ族〟だと認識したようだ。


 ジニアは小さく頭を下げ、エルスに謝罪の意思を示す。


「そんなこと気にしねェでくれよ! それより、早くここを抜けちまおうぜッ!」


「ああ。ここをぐに進めば〝街道〟へ出られるだろう」


 ニセルが木々のすきを指で示す。その部分の地面だけが、特に踏み固められているようだ。エルスたちは頷き合い、魔物に注意を払いつつ、再びを進めはじめた。


             *


「あっ。抜けたね。――それに、なんか空気が違う感じ」


 林を抜けた四人の目の前に、再び〝街道〟が現れる。しかし、ツリアンのがわと違い、こちら側の街道には、れいに石が敷かれているようだ。


「海のにおいよ。すぐそこに〝カルビヨン〟の港があるからね! はぁぁ……、あの〝ヘンなの〟さえいなければ到着なのに……」


 街道の上を進みつつ、ジニアが右手で頭を抱える。彼女は〝魔法王国リーゼルタ〟への船に乗るために、ここまで来ては、何度も追い返されているらしい。


「よし、いよいよ本番だなッ! なんとか説得できりゃいいんだけどなぁ」


「無駄よ! とにかくだまされないで。油断すると〝真っ二つ〟よ!」


「ん? 見た目?」


 エルスは首をかしげながら、ジニアの方を振り返る。

 すると彼女は真っ直ぐに、前方を人差し指でさしてみせた――。



 幅広い街道の中央に、小さな少女が立っている。

 どうやら彼女は〝ドワーフ族〟であるようだ。


 彼女は金色の長い髪を白いリボンでツインテールにい、使用人メイドが着用するようなエプロン付きの黒い服と、純白の頭飾りカチューシャを身に着けている。


「えっ? あの子がヘンな人?」


 アリサは口元に指を当てる。見たところ、彼女は〝斧〟どころか、武器らしき物を所持しているようには見えない。少女もこちらに気づいたらしく、彼女は冒険バッグから〝紙束〟を取り出し、熱心に何かを見比べているようだ。


「来たなー! いつもの悪いヤツ! 仲間が増えても無駄なのだー!」


「だからっ! 私は何もしてないってば! いいかげんに理解してよっ!」


「悪い奴の話は、信じないのだ!」


 まさに〝取り付く島もない〟といった状態か。

 そんな敵意をむき出しの少女に対し、エルスが対話を試みる。


「なあ……。俺たち、そこの〝港町〟に入りてェだけなんだ。通してくれねェか?」


「悪いヤツの言葉など、まったく信用ならぬのだ! さっそくやっつけるのだー!」


 少女は後ろへ軽くステップし、そこで大きく右手を振る。すると彼女の手に、な装飾のほどこされた〝巨大な斧〟が出現した。



「んげッ!? どこから出したんだよッ!? やっぱ、やるしかねェのか……?」


「だから言ったでしょ! この人、何を言ってもこんな調子なんだもの!」


むをんな。――エルス、アリサ。油断するなよ?」


 相手が先に武器を抜いた以上、もはや応戦せざるを得ない。

 エルスたちも剣を抜き、少女に対して身構える。


「ふっふー! 悪人どもがたばになったところで、ミーにはかなわないのだー!」


 少女は身の丈以上もある〝巨大な斧〟を軽々と振り回し、戦闘の構えをとった。


「正義の賞金稼ぎ・ミーファ! いざ、悪人どもをせいばいするのだー!」

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