第3話 迷子の魔法学生

 辿たどいたツリアンの酒場にて、食事と休憩を取っていたエルスたち。


 その時、酒場の入口扉が開き、眼鏡を掛けた少女が店内に入ってきた。彼女は見慣れない装飾の付けられた、黒い魔法衣ローブを身に着けている。種族は人間族だと思われるが、おおよその年齢はアリサと同じ程度に見える。


 少女はエルスらのテーブルを素通りし、真っ直ぐにロマニーの元へと向かう。


「あら、おかえりジニアちゃん。駄目ってことは、今日もの?」


「うん……。ほんに最悪。これじゃ帰れなくなっちゃうよぉ……」


「んぐぅ? にゃんか困りオゴかァ?」


 エルスは口いっぱいに料理を詰め込みながら、ジニアという少女へ顔を向ける。彼女は薄紫色の長い髪と、紫色の瞳をしているようだ。



「ロマニーさん……。何なんですか? この人……」


「彼は冒険者のエルスさん。盗賊に襲われてた私を助けてくれた人よ」


 げんな表情のジニアへ向けて、ロマニーがたがいの紹介と事情の説明をする。


 どうやらジニアは遠く離れた国の、魔法学校の生徒のようだ。しかし、現在〝港町カルビヨン〟へと続く街道を〝何者か〟によって封鎖されたことにより、彼女は船に乗ることが出来なくなってしまったらしい。


「ジニアちゃんは早く船に乗らないと〝ナントカの街〟がしちゃうらしいのよ」


「ナントカじゃなくて〝リーゼルタ〟です、ロマニーさん。……もうっ、あのヘンな人がいつまでも邪魔するせいでっ!」


 ジニアは焦りと怒りをにじませながら、拳を握りしめてたんそくする。すると聞き覚えのある地名に反応したのか、エルスが話に食いついてきた。



「へぇ、リーゼルタか! そういや昔に聞いたことあったなぁ。たしか、スゲェほうおうこくなんだよなッ!?」


「空に浮いてるんだっけ。いいなぁ。わたしも行ってみたいかも」


 目を輝かせながら羨むエルスとアリサに対し、ジニアは少し照れた様子をみせながら、自身の髪を払うような仕草をする。


「まっ、まぁ……。あなたたちが学校に入るのは厳しいでしょうけどっ。街の観光くらいなら、行ってみてもいいんじゃないかしらっ……?」


「それで『ヘンな人』というのは、いったいどんな奴なんだい?」


 ニセルはグラスをらしながら、ジニアに向かって問いかける。

 相手が学生であるがゆえか、彼の口調はいつも以上に優しげだ。



「えっ……? あっ、はいっ……。なんだかヘンな斧を持った、ヘンな人で……」


 ジニアはズレた眼鏡を戻し、なぜか目を伏せながら話を続ける。


「私を見て、いきなり『悪い奴だ!』って言いながら襲いかかってきて……。もう話も聞いてくれなくて……」


「ふっ。なるほどな。その言い分からして、そいつは賞金稼ぎだろう」


 ニセルはテーブルにグラスを置き、「ふっ」と短く息を吐く。いでエルスが彼の言葉を受けて、推理をするかのように自身のあごに指を当てた。



「賞金稼ぎってアレだろ? 盗賊とか、おたずものをブッ倒すのが専門の冒険者! でもジニアって、そんな悪い奴には見えねェけどなぁ」


「あっ、当たり前よっ! 私、悪いことなんてしないもん! だってその……。私は優等生だし……」


「悪い奴だけが狙われるとは限らんさ。時には〝暗殺依頼〟なんて場合もある」


「あッ……、暗殺ッて……」


 冒険者としての長い生活の中で、うらぎょうにも足を踏み入れた経験のあるニセル。彼からの思いもよらぬ発言に、エルスは思わず口ごもる。


「だが、おそらくは。そいつの勘違いってとこだろう。しかし聞く耳も持たんのならば、一度おとなしくさせるしかないが――。どうする?」


 さすがに学生に対し、暗殺依頼が出されているとは考えにくい。言葉を言い終えたニセルは、エルスとジニアを交互にる。


 思いもよらぬ提案を受けたことで、またしてもジニアの眼鏡がズリ落ちた。



「もしかして一緒に来てくれるんですか? でも私、冒険者に〝依頼〟できるようなお小遣いも残ってないし……」


ほうしゅうは気にすンな! 困ってる人を助けるのは、冒険者の役目だからなッ!」


 エルスがアリサへ目をると、彼女も同意を表すように、大きく頷いてみせた。


「じゃ……、じゃあ……。お言葉に甘えて……。よろしくお願いします」


「よし、では決まりだな。オレは少し一服してくる。先に外で待っているぞ」


 ニセルはグラスの中身を飲み干すと、二枚の金貨をテーブルに置き、エルスたちよりひとあしさきに酒場の外へと出ていった。


             *


「ほわぁ……。イイなぁ、ニセル・マークスターさん……」


「んぁ? ニセルって呼んでやるといいぜ。名前長ェの気にしてるみてェだしな!」


 こうこつとした表情を浮かべているジニアに対し、エルスは料理を食べつつ話す。ジニアはエルスの言葉で我に返り、そんな彼に眉をひそめた。


「へぇ、そうなんだ……。まぁ、あなたはいいわよね。たった三文字だし」


「なッ……!? おまえだって三文字じゃねェかよッ!」


「あっ、わたしも三文字だよ? みんな一緒だねぇ」


 ムキになって声を荒げるエルスと、嬉しそうに笑うアリサ。

 二人を交互に眺めながら、ジニアは小さく溜息をついた。


「仲良さそうでうらやましいわ……」


「おうッ! なんたッて俺たちは、一緒に育ったようなモンだからなッ!」


「なーるほど。近すぎてなかなか進展しないパターンね……。かわいそうに」


 エルスはジニアの言葉に対し、不思議そうに首をかしげている。

 ジニアはそんなエルスを無視し、アリサの肩をポンと叩いた。


「まっ、頑張ってね。アリサちゃん!」


「え? うん、ありがとう。ジニアちゃん」


 二人の女子が話している間、エルスは残っていた料理を急いで平らげ、テーブルの上にジャラジャラと銀貨を積み上げた。どうやら彼も、ニセルの真似をしたらしい。


 それを見たジニアは首を左右に振り、おもむろに〝お手上げ〟のジェスチャをする。


「そういうのは、さり気なくやるもんなのよ? こう、金貨をポン!――って!」


「んんッ? おまえ、金貨なんか持ってたのか?」


「いっ……、今は無いわよっ! いいじゃない別に!」


 首をかしげるエルスに対し、ジニアは口を〝への字〟に曲げる。そんな若者らの元へ、オリバとロマニーが近づいてきた。


「すみません、皆さん。お礼のつもりだったのに、お代までいただいて……」


「大丈夫さ! かったぜ、ねぇさん! ごちそうさんッ!」


「どうか道中お気をつけて。またいつでもお越しくだされ」


 エルスたち三人は町長親子に別れを告げ、酒場の出入り口から外へ出た。



             *



 酒場の外にはニセルがり、巻き煙草たばこを吹かしていた。彼はエルスらに気づき、ふところから出した小箱にすいがらをねじ込んだ。


「来たか。そろそろ向かうかい?」


「ああッ、お待たせ! 行こうぜッ!」



 エルスたちはツリアンの町を突き抜ける街道を、今度は港町方面へと向かって歩いてゆく。まだ日中の時間帯ではあるのものの、林の中ということもあって太陽ソルの姿も見えず、周囲の景色は薄暗い。


「しかし、どんな奴が相手なんだろうな?」


 一行パーティの先頭を行きながら、エルスはジニアの方を振り返る。最後尾にはニセルが就き、ジニアは彼の前を歩いている。


「すっごい凶暴な人よ! いきなり斧で斬りかかってくるし、全っ然話も聞いてくれないんだからっ!」


「まッ、こっちは四人だしな! まずはブッ倒しておとなしくしてもらおうぜ!」


「わっ、私は戦えないわよっ!? 冒険者じゃないし、まだ学生だし……」


 ジニアはパタパタと両手を振り、それらを交差させて〝バツ〟の印を作る。あくまでもジニアは依頼人。エルスたちとしても、彼女に無理はさせられない。


「んー、残念だなぁ。すっげェ魔法とか、見たかったンだけどなぁ」


「だねぇ。――ジニアちゃん、やっぱり魔法とか得意なの?」


「えっ……? もっ、もちろんよっ! だって私、優等生だしっ……!」


 ズリ落ちた眼鏡をあわてて戻し、ジニアは得意げに胸を張ってみせた。



「おおッ、さすがだなッ! 俺も魔法は使えるけど、なんていうか自己流だしなぁ。いつか魔法学校にも行ってみてェよな!」


「わたしも。ブリガンドでも大丈夫かなぁ? もっと皆の役に立ちたいし」


 人間族と魔法が苦手なドワーフ族との間に生まれた〝ブリガンド族〟であるアリサは、いくつかの光魔法を扱えこそはするものの、決して得意とまでは言えない。


 しかしエルスたちの中で、の魔法を使えるのは彼女のみ。

 いわばアリサは、パーティにおける大事な生命線なのだ。


「うーん、そうね……。ドワーフやブリガンドの子も居るし、きっと努力すれば大丈夫だと思うわよっ!」


 アリサの言葉に共感を覚えたのか、ジニアははげますように言う。そして彼女が背後のニセルにチラリと視線をってみると、彼の優しげな表情が目に入った。



「この先の林を抜ければ港町カルビヨンまでの距離を短縮できる。魔物どもには何体か出くわすだろうが。さて、どうする?」


「んー。船に乗るなら、やっぱり早く着いた方がいいんじゃないかなぁ?」


「そうだな! まッ、依頼人はジニアだ。どっちでも任せるぜ!」


 エルスから決定権をゆだねられ、ジニアは慌てて我に返る。そしてしばし悩んだあと、彼女はつぶやくように口を開いた。


「じゃあ……。せっかくだし、近道でお願いしようかしら……」


「よし、わかった! それじゃみんな、戦闘開始の準備だ――ッ!」

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