第3話 迷子の魔法学生

 酒場に入ってきた少女は肩を落としたあと、すぐにビシッと姿勢を正す。

 彼女は見慣れない装飾のついた黒い魔法衣ローブを着ており、背格好はアリサと同じくらいに見える。


 「あら、おかえりジニアちゃん――。駄目ってことは、今日もの?」

 「うん……。本当ほんとに最悪。これじゃ帰れなくなっちゃうよぉ……」


 「んぐぅ? にゃんか困りオゴかァ?」


 エルスは口いっぱいに料理を詰め込みながら、ジニアという少女へ顔を向ける。

 人間族の彼女は薄紫の長い髪に紫の瞳をしており、眼鏡をかけている。


 「……ロマニーさん。何なんですか? この人……」

 「彼は、冒険者のエルスさん。盗賊に襲われてた私を、助けてくれたのよ」


 げんそうな表情を浮かべるジニアに、ロマニーはたがいの紹介をする。


 ジニアは遠く離れた魔法学校の生徒らしいが――

 現在、港への街道を何者かがふさいでしまっているらしい。



 「ジニアちゃんは早く船に乗らないと、魔法のナントカって街がしちゃうらしいのよ」

 「リーゼルタです、ロマニーさん。あのヘンな人のせいで、もう散々っ……!」


 「へぇ、リーゼルタか! そういえば昔、聞いたことあったなぁ。確か、すげェ魔法王国なんだよなッ!」

 「いいなぁ、魔法の学校かぁ。わたしも、いつか行ってみたいかも」


 「まっ、まぁ……。あなたたちに入学は厳しいでしょうけどっ。見学くらいなら、行ってみてもいいんじゃないかしらっ……?」


 「それで、『ヘンな人』というのは――どんな奴なんだい?」


 ニセルはグラスをらしながら、ジニアにく。

 学生相手ゆえか、彼の口調はいつも以上に優しげだ。



 「えっ?――あ、はいっ。なんか、ヘンな斧を持ったヘンな人で……」

 ――彼女はズレた眼鏡を戻し、ニセルから目を伏せつつ続ける。


 「いきなり私を見て『悪い奴だ!』って襲いかかってきて……。話も聞いてくれなくて……」

 「ふっ。なるほどな。その言い分からして、そいつは賞金稼ぎだろう」


 「賞金稼ぎってアレだろ? 盗賊とか、おたずものをブッ倒すのが専門の冒険者。ジニアは悪い奴には見えねェけどなぁ」


 「あっ、当たり前よっ! 私、悪いことなんてしないもん! だってその……優等生だし……」


 「悪い奴だけが狙われるとは限らんさ。時には、暗殺依頼なんて場合もある」

 「あッ……暗殺ッて……」


 「――だが、おそらくは勘違いってとこだろう。聞く耳も持たんのなら、一度おとなしくさせるしかないな――。どうする?」


 ニセルは言い、エルスとジニアを交互に見る。

 思いもよらぬ提案に、またしてもジニアの顔の眼鏡がズレる。


 「えっ? もしかして、一緒に来てくれるんですか? でも私、依頼できるようなお小遣いも残ってないし……」


 「ああッ、報酬は気にすンな! 困ってる人を助けるのは、冒険者の役目だからなッ!」


 エルスがアリサへ目をると、彼女も同意を示すように大きく頷いた。



 「よし、決まりだな――。オレは少し、一服してくる。外で会おう」


 ニセルはグラスを飲み干すとテーブルに金貨を置き――

 ひとあしさきに、酒場から出て行った。



 「ほわぁ……。イイなぁ、ニセル・マークスターさん……」

 「ん……? 〝ニセル〟って呼んでやるといいぜ。名前長ェの、気にしてるみてェだしな!」


 「へぇ、そうなんだ……。まぁ、あなたはいいわよね。たった三文字だし」

 「なッ……!? おまえだって三文字じゃねェかよッ!」

 「あ、わたしも三文字だよ? みんな一緒だねっ」


 声を荒げるエルスに、嬉しそうに言うアリサ。

 二人を交互に眺めながら、ジニアは溜息をついた。


 「はぁ……。仲良さそうでうらやましいわ……」

 「おうッ! 俺たちは一緒に育ったようなモンだからな!」

 「なーるほど。近すぎてなかなか進展しないパターンね……。かわいそうに」


 ジニアの言葉にエルスは首をかしげる。

 彼女はアリサの肩を、ポンと叩いた。


 「まっ、頑張ってね。アリサちゃん!」

 「え? うん、ありがとう。ジニアちゃん」


 エルスは残った料理を平らげるとジャラジャラと銀貨を積み、席を立つ。

 どうやら彼も、ニセルの真似をしたようだ。


 それを見たジニアは大きく息を吐き――

 〝お手上げ〟のジェスチャをしてみせた。


 「そういうのは、さり気なくやるもんなのよ? 去りぎわにこう、金貨をポン!――って!」


 「んんッ? おまえ金貨なんか持ってたのか?」

 「いっ……今は無いわよっ! いいじゃない別に!」


 「すみません、皆さん。お礼のつもりだったのに、お代まで頂いて……」

 「大丈夫さ! かったぜ、ねぇさん! ごちそうさんッ!」


 三人は町長親子に別れを告げ、酒場の外へ出る――。


 外では、ニセルが巻き煙草たばこを吹かしていた。

 彼はエルスらに気づき、ふところから出した小箱にすいがらをねじ込む――。



 「来たか。そろそろ向かうかい?」

 「ああッ、お待たせ! 行こうぜッ!」


 エルスたちはツリアンを突き抜ける街道を、今度は港町方面へ向かって歩く――。


 「しかし、どんな奴が相手なんだろうな?」

 「すっごい凶暴な人よ! いきなり斧で斬りかかってくるし、全っ然話も聞いてくれないんだからっ!」


 「まッ、こっちは四人だしな! とりあえずブッ倒しておとなしくしてもらおうぜ!」

 「私は戦えないわよっ!? 冒険者じゃないし、まだ学生だし……」


 「んー、それじゃ無理できねェか。すっげェ魔法とか、見たかったなぁ」

 「だねぇ――。ジニアちゃん、やっぱり魔法とか得意なの?」

 「えっ……? もっ、もちろんよっ! だって私、優等生だしっ!」


 「おおッ、さすがだな! 俺も魔法は使えるけど、なんていうか自己流だしなぁ。いつか魔法王国にも行ってみてェよな!」

 「わたしも。ブリガンドでも大丈夫かなぁ? もっと皆の役に立ちたいし」


 人間族と、魔法が苦手なドワーフ族との間に生まれた〝ブリガンド族〟であるアリサは、いくつかの光魔法を扱えるものの決して得意とは言えない。


 しかし、エルスたちの中で治癒魔法を使えるのは彼女のみ。

 いわば、アリサはパーティの生命線なのだ。


 「うーん、そうね……。ドワーフやブリガンドの子も居るし、努力すれば大丈夫だと思うわよっ!」


 アリサの言葉に共感を覚えたのか、ジニアははげますように言う。

 彼女が後ろを歩くニセルにチラリと目をると、彼は優しげに口元を上げた。


 「この先の林を抜けると、港町カルビヨンまでの距離を短縮できる。魔物どもには何体か出くわすだろうが――どうする?」


 「んー。船に乗るなら、やっぱり早く着いた方がいいんじゃないかなぁ?」

 「そうだな! まッ、依頼人はジニアだ。どっちでも任せるぜ!」


 「えっ? じゃあ……せっかくだし、近道でお願いしようかしら……」

 「よし、わかった!――それじゃみんな、戦闘開始の準備だッ!」

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