第2話 ツリアンの憂鬱

 盗賊を撃退したエルスたちは荒れた街道を進み、ツリアンの町に辿り着いた。林に沿うようにつくられたツリアンは細長い形状をしており、町の中央には外から続いた街道が、そのまま街路として通っている。


「ふぅ、やっと着いたぜッ! 久々の新しい町だなぁ!」


「お疲れさまっ、エルス。……でも、なんていうか。暗いね? この町」


 樹々に囲まれているという理由もあるだろうが、アリサの言う通りツリアンには、なんとも言えぬ〝暗さ〟が漂っている。


 街道沿いの商店は閉じられており、林の付近の住居にも人が住んでいる気配が感じられない。さらにその内の数軒は、すでにボロボロに朽ち果てていた。


「ふっ。この町は元々、カルビヨンの港を創るための拠点だったのさ。港が完成したあとは、王都との中継地点にするつもりだったようだが――」


「ファスティアのざましい発展で、ごらんありさま! と、いうわけですな!」


 ニセルの言葉をさえぎるように、いっこうに近づいてきた初老の人間族の男性が、エルスらの話に割り込んできた。



「ああ失礼、冒険者の方々。この町に旅人が訪れるのはまれなもので、ついつい……。私はオリバ。ツリアンの町長をやっております」


「私はニセル・マークスターと申します。長いので〝ニセル〟とお呼びください」


「俺はエルス! こっちは相棒のアリサだ! なぁ、町長さん。あそこの家とかブッ壊れてるけど……。もしかして〝魔王〟にやられちまッたのか?」


 エルスは挨拶もそこそこに、気になった質問をオリバにする。〝霧〟によって建物が修復されるこの世界ミストリアスにおいて、破壊された建造物というものは特別な意味をもっているのだ。


「あれは壊れたのではなく、完成しなかったのですよ。建築途中で放棄されまして」


 オリバはさびれた町並みを眺め、ちょう気味に笑ってみせる。思えば、この町へ続く街道も〝荒れた〟というよりも、〝造りかけ〟といった感じだった。



「ごめんなさい、町長さん。エルスが失礼なことばかり言って……」


「うッ、悪ィ……。どうしても、壊れた家とかを見ると気になっちまうんだよなぁ。俺の家となんじゃないかッて」


 エルスの自宅は幼い頃に、魔王によって破壊され――同時に彼の父親と、アリサの両親も命を落とした。そのような事情を知るはずもないオリバは小さく手を振りながら、二人に向かって気さくに笑う。


「ハッハッ、お気になさらず! せっかくお越し頂いたので、ここらで観光案内といきたい所ですが。あいにく店も、ご覧の通り。もしよろしければ、ウチの宿でおくつろぎください。酒場もやっておりますので」


「じゃ、せっかくだし寄らせてもらうかッ! なぁ二人とも、いいか?」


 町長オリバの提案に応じ、エルスは仲間らにも意見を求める。するとアリサは即座に同意を示し、ニセルもゆっくりとうなずいた。



             *



 オリバに案内された一行いっこうは、巨大な宿の中へと入る。この建物も〝宿屋〟の様式にのっとっており、一階が酒場・二階以降が宿泊施設になっていた。小さな町には似合わぬほどに酒場は広く、宿泊部分も三階部分まで建てられているようだ。


「父さん、おかえりなさい。――あらっ? あなた方は!?」


「さっきのねえさん! 無事に着けたみたいだなッ!」


「危ないところを助けていただき、ありがとうございました! まさか、ツリアンにいらしてくれるなんて」


 さきほど街道でおそわれていた女性は、なんとオリバの娘だった。

 彼女は自身の父に対し、さきほどのいきさつを説明した。


「まさか恩人の方々だったとは! 娘のロマニーが、大変お世話になりました」


「へへッ! 困ってる人を助けるのは、冒険者としての務めだからなッ!」


「お礼と言ってはなんですが、何かお作りしますね! ぜひ食べてってください!」


 ロマニーは小さくをし、広々とした調理場へと入ってゆく。そしてエルスたちは彼女の言葉に甘え、大きな円形のテーブルに着いた。



「この小さな町にはつりいでしょう? 本来は多くの観光客で賑わうはずだったのですが。ハッハ……」


 店内を観察しているエルスの視線に気づき、なにやらオリバは話し始める。もちろんエルスたちの他に、客らしき姿はない。冒険者用の掲示板クエストボードにも何も貼られておらず、ピンやのりの跡だけがむなしく残っている状態だ。


「この町には、お二人だけで? 他の住人などは?」


「もちろんります。町の奥でニワトリを飼っておりましてね。男連中は穴掘りを」


「えっ、穴掘り?」


 オリバの台詞せりふに首をかしげ、アリサは思わず聞き返す。


「あっ、いえ! ハッハ、つい口がすべってしまいました。まだ秘密ということで」


「ふぅん? 町長さんも、色々と苦労してんだなぁ」


 エルスの同情的な言葉に、オリバはパタパタと右手を振る。


「貧しいとはいっても王国から支援金も出ておりますし、しん殿でんの方々も駐留されております。まだ恵まれている方ですよ」


「アルティリア王国としても、この町を見捨てるわけにはいかない。かといって、表立って発展させるわけにもいかない。――そういうワケですね?」


 ニセルは言い、じっとオリバの顔を見る。

 するとオリバは彼に向かって、ゆっくりと頷いてみせた。



「ん? どういうことだ?」


「今やアルティリア王国の拠点は、王都、ファスティア、そしてツリアンの三つのみ。この町を失えば、アルティリアはさらに領土を縮小することになるのさ」


 ニセルは「ふっ」と息を吐き、左手の指をガシャガシャと鳴らす。黒いグローブをはめた右手と違い、左手には銅製の小手を装着しているようだ。


「なるほどなぁ。じゃ、発展させちゃいけねェってのは?」


「他国――。主にランベルトスを、不用意に刺激しないためでしょうな」


 エルスから疑問に答え、今度はオリバが説明を続ける。


「現在、かの国はカルビヨンやトロントリアへの影響力を強めようと、そちらへ積極的に干渉しております。アルティリアが下手にツリアンへ人員や兵力などを集めようものなら、絶好の大義名分となるでしょう」


「うーん? 大義名分、ですか?」


 アリサは口元に指を当てながら、オリバの方へ視線を向ける。


「ええ。アルティリアへ戦争を仕掛けるための、ね……」


「せッ、戦争ッ――!?」


 エルスは思わずぜっする。町長のなにないボヤキから、戦争という言葉まで飛び出すとは。ツリアンが置かれている状況は、かなり複雑となっているようだ。


             *


「さあ、お待たせしました! お口に合うといいんですけど」


 少々重くなりかけた空気を、ロマニーの運んで来た料理が打ち破った。


 銀色をしたおおなワゴンには、アルティリアカブのスープやパン、卵を使ったサラダやとりのカラアゲなどが載っている。


 ロマニーはそれらの皿をぎわよく、エルスらのテーブルへと移動させた。


「おおッ、すげェ! いただきまーッス!」


 エルスはカラアゲにフォークを刺し、それを自身の口へと運ぶ。


「うおッ、ェ! こりゃ、ツリアンの名物料理になりそうだぞ!?」


「うんっ! ほらエルス、このサラダも美味しいよ?」


「ハッハ。肉も卵も、この町で採れた物です。喜んで頂けて光栄ですなぁ」


 ニセルに酒を注ぎながら、オリバがに笑う。


 数々の不運やおもわくほんろうされながらも、ツリアンの拠点としての価値そのものは、決して低いわけではない。



 エルスたちが料理にしたつづみを打っていると――。

 不意に出入り口の扉が開き、一人の少女が入ってきた。


「はぁぁ……。今日もダメだったぁ……。ただいまぁ……」

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