第2章 ランベルトスの陰謀

第1話 街道での日常

 広々とした街道をく、三人の冒険者。


 その先頭を歩く銀髪の若者が、欠伸あくびをしながら空を見上げる。彼は革製の軽鎧ライトメイルに革の手袋とブーツを身に着け、腰には安物の剣を下げている。


「ふわァ……、久しぶりに晴れ晴れした気分だぜ! ついに冒険のはじまりって感じだよなッ!」


 この若者の名はエルス。

 長らく足止めをされていた街からのを果たした、まだ駆け出しの冒険者だ。



「そうだねぇ。エルス、今度はムダづかいに気をつけてね?」


 エルスの隣を歩く少女が、彼の顔を覗きこむ。

 少女の名はアリサ。エルスの幼馴染であり、旅の相棒でもある人物だ。


 彼女は茶色のポニーテールに赤いリボンを着け、細身の剣をたずさえている。一見して小柄で幼さの残る体型でありながらも、実はエルス以上に身体能力が高い。



「ヘッ、わかってるッて! 今度はニセルもいるし、もう同じ失敗はしねェよ」


「ふっ。目的の町ツリアンは次の道を右だ。林の方へ向かおうか」


 ニセルと呼ばれた男がそう言いながら、前方の林を指さした。


 彼は深い青色の髪を逆立てており、全身を黒いマントやマフラーでおおっている。そんな物々しい見た目に反し、彼の落ち着いた穏やかな口調と眼差しは、どことなく優しさを感じさせる。


             *


「よしッ! ここからは、林のものでも退治しながら進むとすッか!」


「そうだねぇ。今日は、まだ一匹も倒してないし」


 この世界に生きる人類に対し無差別に攻撃を仕掛けてくる、〝魔物〟と呼ばれる存在たち。それらを積極的にとうばつすることも、エルスら冒険者の役割である。


 とはいえ人通りの多い街道では、必然的に多くの冒険者らに討伐されることとなり、あまりそうぐうする機会はない。それに対し、少し道を外れた林や荒地といったエリアには、危険な魔物が多くはいかいしている。


 しかし街道には魔物の代わりに現れる、別のきょうが存在していた。ニセルは何かに気づいたように自身の左耳に手をやりながら、「ふっ」と息を吐いてみせた。



「二人とも、その前に。どうやらやっかいごとに巻き込まれることになりそうだぞ?」


 エルスいっこうの進む先――。ツリアンへと続くさびれた街道の前方に、盗賊らしき二人組に襲われている、若い女性の姿が見えた。


             *


「おい、ネェちゃんよ! コッチもワケありでな。ここは仲良く助け合おうぜ!」


「やめてください! 貧しいツリアンにとっては、これでも貴重な資材なんです!」


「ケチくせぇこと言うなって! じゃあ代わりに、ネェちゃんが俺たちに尽くしてくれてもいいんだぜぇ?」


 二人の男らはニヤニヤとしたわらいを浮かべ、まさに盗賊のお手本のような台詞せりふと共に、若い女性に詰め寄っている。


 すると女性はエルスたちに気づき、助けを求めるように手を伸ばした。


「あっ、そこの冒険者さん! どうかお助けを!」


「んあぁ? 冒険者だぁ? そんな手に……」


 しかし男が振り返ってみると――。

 そこには哀れむような顔で二人を見つめている、エルスたちの姿があった。



「なんだテメェらは! 俺たちの仕事の邪魔すんじゃねぇ!」


「いやぁ、さっきから〝ザ・盗賊!〟みてェなことばっか言ってンなッて。――あッ、そこのねえさん! 今のうちに逃げてくれよなッ!」


「はっ、はい! ありがとうございます!」


 エルスからの言葉を受けるや、地面にへたり込んでいた女性は大きなカゴを抱え、いちもくさんに街道を駆け抜けていった。



っ――! テメェ、よくも俺たちの獲物を! こうなっちまったら、テメェらからブンってやるぜ!」


 そう言ったヒゲづらの盗賊はエルスをにらみ、スラリと腰の剣を抜いた。


「実は俺らはなぁ、あのシュ……? シュッシュ? ジェイド盗賊団の一員なんだぜぇ!? 殺されたくねぇなら、出すモン出しなぁ!」


 もう一人の男はありふれたおどし文句と共に、大振りのナイフを取り出してみせた。どうやらこちらの盗賊は、かんだかい声をしているようだ。


「んんッ? それッて〝疾風の盗賊団シュトルメンドリッパーデン〟のことか?」


「なっ!? なんで、その恥ずかしい名前を知ってやがんだぁ!?」


「何で、ッて言われてもなぁ……。ああ、ジェイドなら、とっくにランベルトスに行ッちまったぜ? もうこのヘンには居ねェよ」


 涼しげな顔で言うエルスに対し、盗賊は剣の切っ先を突きつける。


「けっ! 盗賊が簡単にだまされるかよ! さぁ覚悟しな!」


「仕方ねェな! じゃあ、ひゅぅ――」


 残念ながら、盗賊かれらとの戦闘を避けるのは不可能なようだ。エルスは下手な口笛を吹きながら剣の男に手をかざし、口の中で呪文を唱えた。


「はぁッ! ヴィスト――ッ!」


 風の精霊魔法・ヴィストが発動し、エルスのてのひらから圧縮された風のかたまりが高速で撃ち出される。突風は目の前の男に衝突し、彼のからだを大きく後方へ吹き飛ばした。


「ふごぉ――!」


 飛ばされた男は空中で一回転し、「べっ!」と顔面から地面に落下した。


「おっ、オイ!? こん野郎にゃろう、何しやがるっ!」


 甲高い声の盗賊はナイフを構え、エルスに飛び掛かろうとする――が、背後に回りこんでいたニセルが寸前で、彼の喉元に刃を当てた。


「おっと、そこまでだ。そっちの奴は死んでいない。お前さんはどうする?」


「ぐっ、クソっ! テメェ!? このものは、ボスと同じ……!?」


「ふっ。そういうことだ」


 ニセルの武器で相手の実力を悟ったのか、甲高い声の盗賊はポロリとナイフを落とす。見れば後ろに吹き飛んでいた男も立ち上がり、すでに両手を挙げていた。


             *


「テメェら、本当にボスと知り合いのようだな。実は俺ら、カルビヨンの街道を狙ってたんだが、最近はオッカネェ奴が張り込んでてよ」


「仕方ねぇんで、このショボくれた街道でコソコソやろうとしてたワケさ。まっ、オメェらのせいで失敗しちまったがなっ!」


 盗賊たちはショボくれた顔で、お互いを見合わせる。

 完全に自信を無くしてしまったのか、悪人の表情は消え去っている。


「これじゃ、ランベルトスにゃ帰れねぇな。いっそ、冒険者の街ファスティアでイチからやり直すかぁ……?」


「けどよぉ、ファスティアは〝自警団〟の連中がなぁ……」


 らくたんしつつ、大きなためいきをつく盗賊たち。するとエルスが二人の前で、自信満々に自身の胸を叩いてみせた。


「大丈夫だッて! あの団長なら、真面目にやり直すつもりの奴を捕まえたりしねェからさ!」


盗賊おれらだけじゃなく、連中とも顔見知りかぁ? オメェ、なにモンなんだよ……」


「俺はエルス! あんたらと同じ、ただの冒険者さ!」


 このエルスの言葉が響いたのか――。

 盗賊たちはノソノソと、ファスティアの方角へと去っていった。


 この世界ミストリアスの冒険者とは、自由をおうする者たちの総称。

 したがって彼ら盗賊たちも、冒険者としての一側面。その一端を担う存在なのだ。


             *


「あの人たち逃がしちゃったけど。よかったのかなぁ?」


「心配ねェさ、ニセルも止めてくれたし! もちろん必要なら倒してたけどなッ!」


「まっ、今のお前さんなら――。オレが出る必要は、なかったかもしれんがな」


 昨日までは対人戦におびえ、ブルブルと震えていたエルス。彼の成長ぶりを見て、ニセルはニヤリと口元を上げてみせた。



「そういえば……。似てなかったねぇ、さっきのモノマネ」


「ふっ。確かにな」


「そッ、そこは別にいいだろッ! ほらッ、早くツリアンに行こうぜ!」


 エルスは拳を高く突き上げながら、街道を意気揚々と歩きだす。

 そんな彼らの天上で、太陽ソルは昼の陽光ひかりを放っていた。

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