第2章 ランベルトスの陰謀

第1話 街道での日常

 広々とした街道をく、三人の冒険者――。

 先頭を歩く銀髪の若者が欠伸あくびをしながら空を見上げる。彼は革製の軽鎧に革の手袋とブーツを身に着け、腰には安物の剣を差している。


 「ふわァ……、久しぶりに晴れ晴れした気分だぜ! ついに冒険のはじまりって感じだよなッ!」


 若者の名は、エルス――。

 長らく足止めをされていた街からのを果たしたばかりの、まだ駆け出しの冒険者だ。


 「そうだねぇ。エルス、今度はムダづかいには気をつけてね?」


 エルスの隣を歩く少女が、彼の顔を覗きこむ。

 少女の名は、アリサ――。エルスの幼馴染であり、旅の相棒でもある。


 彼女は茶色のポニーテールに赤いリボンを着け、細身の剣を腰に差している。一見して小柄で幼さの残る体型でありながらも、エルス以上に身体能力は高い。


 「ヘッ、わかってるッて! 今度はニセルもいるし、もう同じ失敗はしねェよ」

 「ふっ――。目的の町ツリアンは次の道を右だ。林の方へ向かおうか」


 ニセルと呼ばれた男が前方を指さす――。

 彼は深い青色の髪を逆立て、全身を黒いマントやマフラーでおおっている。

 物々しい見た目に反し、落ち着いた穏やかな口調と眼差しは、どことなく優しさを感じさせる。



 「よしッ! じゃあ、ここからは林のものでも退治しながら、進むとすッか!」

 「そうだねぇ。今日は、まだ一匹も倒してないし」


 この世界に生きる人類に対し、無差別に攻撃を仕掛けてくる〝もの〟という存在。それらを積極的にとうばつすることも、冒険者の役割のひとつだ。


 こういった街道にはあまり現れないが、少し道を外れた林や荒地には危険な魔物が多くはいかいしている。


 だが――街道には魔物の代わりに現れる、別のきょうがあった。ニセルは自身の左耳に手をやり、「ふっ」と息を吐く。


 「二人とも――その前に、やっかいごとに巻き込まれるかもしれんぞ?」


 いっこうの進む先――ツリアンへ続くさびれた街道の前方に、盗賊らしき二人組に襲われている女性の姿が見えた!



 「おい、ネェちゃんよ! コッチもワケありでな。ここは仲良く助け合おうじゃねぇか!」

 「やめてください! 貧しいツリアンにとっては、これでも貴重なんです!」


 「ケチくせぇこと言うなって! じゃあ代わりに、ネェちゃんが俺たちに尽くしてくれてもいいんだぜぇ?」


 男らはニヤニヤとわらいを浮かべ、盗賊のお手本のような台詞せりふと共に、若い女性に詰め寄っている。


 「あっ、冒険者さん! どうかお助けを!」

 ――女性はエルスたちに気づき、助けを求めるように手を伸ばす!


 「んあぁ? 冒険者だぁ? そんな手に――」


 男が振り返ると――

 目の前には、哀れむような顔で二人を見つめる、エルスが立っていた。


 「なんだテメェらは! 俺たちの仕事の邪魔すんじゃねぇ!」


 「いやぁ、さっきから〝ザ・盗賊!〟って感じのことばっか言ってるなぁッて。――あッ、そこのねえさん! 今のうちに逃げてくれよなッ!」


 「はっ、はい! ありがとうございます!」


 地面にへたり込んでいた女性は大きなカゴを抱え、いちもくさんに街道を駆けていった――!


 「っ――テメェ! よくも俺たちの獲物を! こうなったらテメェらからブンってやるぜ!」


 そう言ったヒゲづらの盗賊はエルスを睨みつけ、スラリと腰の剣を抜いた!


 「実は俺らはなぁ、あのシュ……? シュッシュ――ジェイド盗賊団の一員なんだぜぇ!? 殺されたくねぇなら、出すモン出しなぁ!」


 奥に居た盗賊はおどし文句と共に、大振りのナイフを取り出す!

 こちらの男は、かんだかい声のようだ。


 「んんッ? それッて〝疾風の盗賊団シュトルメンドリッパーデン〟のことか?」

 「なっ!? なんで、その恥ずかしい名前を知ってんだぁ!?」


 「何でッて言われてもなぁ。ジェイドならランベルトスに行ッちまったぜ? もうこのヘンには居ねェよ」

 「けっ! 盗賊が簡単にだまされるかよ! 覚悟しな!」


 「仕方ねェな! じゃあ、ひゅぅ――」

 エルスは下手な口笛を吹きながら男に手をかざし、ボソボソと呪文を唱える!


 「――はぁッ! ヴィスト――ッ!」


 風の精霊魔法・ヴィストが発動し、エルスのてのひらから風のかたまりが撃ち出される!

 突風は目の前の男に衝突し、彼のからだを大きく吹き飛ばした!


 「ふごぉ――!」


 飛ばされた男は空中で一回転し、「べっ!」と顔面から地面に落下した――!


 「おっ、オイ! こん野郎にゃろう、何しやがる!」


 甲高い声の盗賊はナイフを構え、エルスに飛び掛かろうとする!――が、背後に回りこんでいたニセルが寸前で、彼の喉元に刃を当てた!


 「おっと、そこまでだ。そっちの奴は死んでいない。お前さんはどうする?」

 「ぐっ、クソっ!――テメェ、このものはボスと同じ……!?」


 「ふっ。そういうことだ」


 ニセルの言葉で相手の実力を悟ったのか、甲高い声の盗賊はポロリとナイフを落とした。後ろに吹き飛んでいた男も立ち上がり、すでに両手を挙げている――。



 「テメェら、本当にボスと知り合いのようだな。実は俺ら、カルビヨンの街道を狙ってたんだが、最近はオッカネェ奴が張りこんでてよ」


 「仕方ねぇんで、このショボくれた街道でコソコソやろうとしてたワケさ。まっ、オメェらのせいで失敗しちまったがなっ!」


 盗賊たちはショボくれた顔で、お互いを見合わせる。

 自信を無くしたのか、もう悪人の表情は消え去っているようだ。


 「これじゃ、ランベルトスにゃ帰れねぇな。いっそ、冒険者の街ファスティアでイチからやり直すかぁ……?」

 「けどよ、あの自警団の連中がなぁ……」


 「大丈夫だッて! 団長なら、真面目にやり直すつもりの奴を捕まえたりしねェからさ!」

 「盗賊おれらだけじゃなく、連中とも顔見知りかぁ? オメェ、なにモンなんだよ……」


 「俺はエルス! あんたらと同じ、ただの冒険者さ!」


 自信満々なエルスの言葉を聞き――

 盗賊たちはノソノソと、ファスティアの方角へと去っていった。


 冒険者とは自由をおうする者の総称。

 彼ら盗賊も、冒険者としての側面。その一端なのだ――。



 「あの人たち、逃がしちゃったけど――。よかったのかなぁ?」

 「心配ねェだろうさ。ニセルも止めてくれたし! もちろん、必要なら倒してたけどな!」


 「まっ、今のお前さんなら――オレが出る必要は、なかったかも知れんがな」


 昨日まではにんげんを相手に、ブルブルと震えていたエルス。

 彼の成長ぶりを見て、ニセルはニヤリと口元を上げてみせた。


 「それにしても……。似てなかったねぇ、さっきのモノマネ」

 「ふっ、確かにな」


 「そッ……そこは別にいいだろッ! ほらッ、早くツリアンに行こうぜ!」


 エルスは意気揚々と、街道を歩き出す。

 天上の太陽ソルは、まだ昼の陽光ひかりを放っていた――。

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