最終話 そして、次の冒険へ!

 カルミド夫妻の家で湯を借り、予備の服に着替えたエルスとアリサ。

 リビングの年季の入ったテーブルには、マイナの手料理の数々が用意されていた。


 「うおおォ――ッ! すげェごちそうだぜッ!」


 席に着いたエルスは目を輝かせ、隣に座ったアリサも思わず息をのむ。


 定番のスープと勇者サンドのほか、野菜を中心としたメニューが並ぶ。どれも農園で採れたばかりの、新鮮なものだ。


 「さあ、召し上がれ! ナナシがたくさん収穫してくれたから、張りきって作りすぎちゃった!」


 「もう働けるようになったのか! やるなぁナナシ!」

 「あはは。やってる内に楽しくなっちゃってね」


 「ハハッ、ナナシはスジが良い。これからもよろしく頼むぞ」

 「はい。父さん、母さん」


 ナナシは頷き――真っ直ぐな瞳で、義父母の顔を交互に見た。



 「エルス、大丈夫? 食べさせてあげよっか?」


 アリサは、まるで老いた夫に食べさせるようにスプーンを差し出す。それに対し、エルスは両手を立てながら遠慮の意思を示す。


 「大丈夫だ。さっきのやくとうのおかげで、バッチリ動けるようになったし。なんか、傷つくからやめてくれェ……」


 「ふふっ。仲が良いわね。アリサさんも、きっと良い奥さんになるわ」

 「ああ、そうだな」


 カルミドはマイナの顔を見つめる。おしゃな妻の姿を見るのは、何年ぶりだろうか。視線に気づいたマイナがにっこり微笑むと、彼はあわてて顔を伏せる。


 この家をおおっていた重苦しい空気は、もう完全に消え去ってしまったようだ――。



 楽しいだんらんはあっという間に過ぎ、エルスはアリサと共に寝室へ入る。ここは元々客間として使われていたらしく、離れた位置に二つのベッドが置かれていた。


 「ふぅ、今日はさすがに疲れちまった! 早めに寝ておこうぜ!」


 エルスは剣を外し、ベッドの脇へ立てかける。

 そして冒険バッグから、アリサのリボンを取り出した。


 「すまねェ。これ忘れてたぜ。かなり汚しちまったけどな……」

 「ううん。明日新しいの買うから大丈夫だよ。役に立ったならよかった」


 アリサは雑に折りたたまれたリボンを受け取り――

 れいにたたみ直してから、自分のバッグの中へと入れる。


 「ああ、役に立ったぜ……。それが無きゃ、戻って来れなかったかもしれねェ」


 エルスは激戦の中で見た、不気味なイメージを思い出す。

 あの銀髪の少年が発した声は、まさしくエルス自身の声だった。


 それに――あれは初めて盗賊ひとあやめた時に聞いた声と、同質のものだった。エルスの頭に、嫌なイメージが次々と浮かぶ。


 魔王メルギアスを倒す――。

 幼い頃からエルスは、そう自らに誓い続けてきた。


 「まさか……。魔王は――」

 ――自分自身の中に、居るのだろうか?



 「エルス、大丈夫?」

 ――アリサはベッドで上半身を起こし、心配そうに彼の顔を見つめている。


 「ん?――ああ、大丈夫さ! 明日はファスティアから脱出できるかもしれねェし、たっぷり休まねェとな!」


 「そっか。いよいよだねぇ」

 「おうッ! それじゃおやすみ。アリサ」


 「おやすみ、エルス」


 エルスは静かに目を閉じる。

 二度と怒りに――二度と感情に、身を任せてはいけない。


 ロイマンからも教わったように、心を鍛え――

 心を強く持つことを、新たに誓いながら。


 エルスは、深い眠りへと堕ちていった――。




 翌朝――またしてもエルスは、床に逆さまになった状態で目を覚ました。

 首の関節を戻しながら自分のベッドに目をると、アリサが静かに寝息を立てている。


 「ぐげッ……! こっち来ンのはいいけどよ、なんで毎回突き落とす……んげッ!」


 アリサの服の首元を、そっとめくる。マイナの高位魔法のおかげで、あの深い傷は綺麗に消えていた。


 自らの弱さのせいで彼女にきずあとを残してしまわなかったことに、エルスは心からあんする――。


 「ごめんな――。いつもありがとう」


 エルスはアリサの頭をで、たくを整えて部屋を出る――。



 リビングではマイナが、二人分の朝食を用意してくれていた。

 カルミドとナナシはすでに、農作業へと出かけたらしい。


 やがて――遅れてやって来たアリサと一緒に、エルスは朝食を頂く。

 彼女の瞳は、少し赤みを帯びているようだ。


 「おまえ寝れなかったのか? 大丈夫かよ?」

 「……ううん。大丈夫だよ」


 「そうか? あンまり無理しないでくれよなッ」

 「うん、エルス。……いつもありがと……」


 朝食を終えた二人は食事と宿の礼を言い、夫妻の家から外へ出る――。



 「また遊びにいらしてね? 今度は、お仲間さんも一緒に」

 「はいっ! ありがとうございます!」

 「マイナさんもお元気でッ! それじゃ失礼しまッす!」


 エルスは大きく手を振り、二人で自警団の本部へ向かう――。



 「ニセルさん、もうお別れなのかなぁ」

 ――アリサは農道を歩きながら、寂しげに呟く。


 「そういや、盗賊退治の仲間パーティだったんだよな。なんか、ずっと一緒にいたような気がするぜ」


 「そうだねぇ。ついて来てくれないかな?」

 「んー、そうだな。団長のトコに居るだろうし、いてみッか――!」



 二人が自警団本部へ辿り着くと――

 団長のカダンが、元気な大声で彼らを出迎えた。


 「おお、お待ちしておりました!」

 「団長、すまねェな。依頼は昨日、片づけたんだけどよ」

 「ハッハッハ! 問題ありません! ニセルの奴から聞いておりますゆえ!」


 「ふっ。ゆっくり休めたか?」

 ――建物の扉のかげから、ニセルが姿を見せる。


 「ああ! おかげさまでなッ!」

 「それはよかった。さっ、お前さんから――コイツを渡してやれ」


 ニセルは〝折れた降魔こうまの杖〟を差し出す。

 エルスは礼を言って受け取り、カダンへ手渡した。


 「ありがとうございます、エルス殿!」

 「まぁ、ジェイドは逃がしちまったけどな!」


 「いえいえ、これを仕掛けた黒幕も判明しましたし、あの変な名前の盗賊団もファスティアから居なくなりましたから!」


 「そういや――次は、商人ギルドでも調べるのか?」


 「いえ。かつてはランベルトスもアルティリアの街でしたが、今や立派な他国。まずは王都へご報告せねば。まだ自警団の独断で動くわけにはまいりませんな!」


 「そっか……。それじゃ、下手なコトはできねェな」

 「ま……、まぁ。何かのついでに、ならば……」


 カダンはどうやら、暗に商人ギルドに対する探りを入れて欲しいようだ。

 ニセルに指摘され、彼は誤魔化すかのように頭をいた。


 「ハハ……。おおっと、それはそうと報酬を!」


 カダンは携帯バッグから紋章入りの革袋を二つ取り出し、エルスとアリサに手渡した。


 「また貰っちまっていいのか? 自警団って、びん――」

 「――ご心配なく! それに、対価をしっかりと受け取るのも、冒険者の仕事なのですよ?」


 「そっか! ありがとなッ!」


 エルスが袋の中をのぞくと――

 なんと銀貨に混じって、多くの金貨の姿も見える。


 「すげェ! これだけありゃ、旅を再開できそうだッ!」


 「おお、ついにファスティアを離れるのですな! それでは、特別にこれも!」

 ――カダンは再びバッグを開き、古びた地図を取り出した。


 「アルティリアの地図です! 自分の汗と涙とあぶらがたっぷり染みこんでおりますゆえ、どうぞ旅にお役立て下さい!」


 差し出された地図を、エルスは指で摘むように受け取る。

 すでにアリサは、彼から半歩後ずさっていた――。



 「ふっ。それじゃ、エルス。そろそろ次に向かうとするか」

 「あッ、ニセルもついて来てくれるのかッ!?」


 「もちろんだ。オレの旅は目的があるわけじゃないしな」

 「わぁ、やったっ! ニセルさん、これからもよろしくねっ!」



 三人はアルティリア式の敬礼を決めるカダンに別れを告げ、ファスティアの大通りへと歩いてゆく。


 途中で振り返ると――いつの間にかやって来たカルミドが、カダンと何かを話していた。こちらへ気づいた二人は、揃って大きく手を振った――。


 「あの二人も、なんとか和解できそうだなッ」

 「そうだねぇ。みんな仲良くなれてよかった」


 ファスティアの大通りは相変わらずの人混みだ。それぞれ三人は必要な物を買い、街の入口に集まることにする。エルスが店番をけた場所には、早くも新しい商人が店を出していた。


 「む?――ちょうどいい。寄っていくとしよう」

 「わたし、新しいリボン買ってくるね」


 アリサは小物を売っている露店へ向かう。彼女の壊れた防具はカルミドが金具を修理してくれたおかげで、再び使えるようになっていた。


 「じゃあ俺は、新しい鎧と剣でも買ってくか!」


 エルスは手近な露店でいつもの長剣と軽鎧ライトメイルを買い、街の外へ出る。彼が装備を身に着けていると、アリサがやって来た。彼女は新品の赤いリボンで、髪を元のポニーテールにいなおした。


 「これでよしっ――。またケガしたら、巻いてあげるね?」

 「いや……。それ包帯じゃねェだろ……」

 「うん。でもエルス専用なの」


 二人がじゃれ合っていると――

 やがてニセルもやって来た。


 「ふっ。それで、次はどこへ向かう?」


 エルスは貰った地図を開く――。

 ファスティアの東にはアルティリア王都、南にはランベルトス、少し南西方面にはツリアン。さらに先の海岸には、カルビヨンと書かれている。


 南東の山岳地帯の先には、トロントリアと書かれているが――

 ここから直接は行けないようだ。


 「へぇ。こうやって見ると、確かに色んなトコと繋がってンだなぁ」

 「王都方面には行かないとすると――目的地は、ランベルトスかカルビヨンってことになるな」


 「この、ツリアンって所は?」

 「そこはさびれた宿場町だな。まっ、どちらに向かうにせよ、軽く寄ってみるのもいい」


 「じゃあとりあえず、そこに行ってみるか! 色んな町を見てみたいしなッ!」

 「うんっ!」


 「わかった。まっ、気楽に行こう」


 エルスは最後に、慣れ親しんだファスティアの街を見わたす――。

 この〝冒険者の街〟から、ついにエルスたちの旅がはじまりを告げるのだ――!


 「よーしッ! それじゃ、次の冒険へ出発だ――ッ!」

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