第49話 疾風の盗賊団

 エルスたちの前に現れた――深緑色のコートを着た男。

 男は緑色の髪をセンターで分け、整えられたあごヒゲを生やしている。彼の緑色の瞳から放たれる眼光は鋭く、さきほどからニセルの方へと向けられている。


 「あんたがジェイド?……ッてことは、ジェイド盗賊団の――!?」

 「シュトルメンドリッパーデン――」

 「――へッ?」


 謎の言葉を呟き、ジェイドはパチリと指を鳴らす――と、同時に、自身に掛かっていた〝移動魔法フレイト〟の結界が解除される。そんな彼の五指には、緑色の石の付いた多くの指輪がはまっているのが確認できる――。


 「疾風の盗賊団シュトルメンドリッパーデンだ、少年よ。良い名前ネーミングだろう?」

 「ん?……ああ、確かにカッコイイけどよ……」


 「ハッ、わかってるじゃないか!」


 エルスの返答に対し、ジェイドは満足そうに手を叩く――。


 「……わたし、あの人がなんて言ったのか、もう忘れちゃった」

 「ふっ、変わらんな。なぁに、覚える必要はないさ……」


 ジェイドの登場により、即座に戦闘に入るかと思われたが――には何とも言えぬ、微妙な空気が漂う。もしかすると、戦闘を避けられるかもしれない。エルスは淡い期待を込め、まずはジェイドとの会話を試みる――。



 「なぁ、ニセルとは知り合いなのか? それならさ――」

 「――ハッ! 知り合いか、だと? ニセラ? ナセル!……知らんなぁ?」


 「あっ。絶対、わざと間違えてる……」


 アリサからの指摘に、ジェイドは「ヒュー」っと口を鳴らす――

 「――違うな、お嬢ちゃん。俺様は〝仲間〟の名は忘れんが、〝裏切り者〟の名は忘れる主義なのさ!」


 「裏切り者ッて……。何があったんだよ?」

 「色々、だ――。少年!」


 ジェイドは左の人差し指を真っ直ぐに伸ばし、エルスを指さす――

 「――ヒュゥー……」


 さらにジェイドは口笛のようにくちびるすぼめ、ブツブツと何かを呟いている――

 「むっ!?――エルス、危ない!」

 ――ジェイドが呪文を唱えていることに気づいたニセルはとっに、自身の左腕をエルスの前へ伸ばす――!


 「――ヴィストォ!」


 風の精霊魔法・ヴィストが発動し、ジェイドの指先から鋭い風の刃が撃ち出される! 刃はエルスに向かって直進し――彼の眼前に差し出された、ニセルの左手首を切断した!


 エルスの足元に――銅色をした〝左手〟が、ガシャリと音をたてて落ちる……!


 「なッ!? ニセルーッ!――おい、ジェイドあんた! い、いきなり何すンだよッ!」

 「心配ない、エルス――。ちょっとだけさ」


 ニセルは冷静にを拾い上げ――黒い霧がれ出ている断面同士を、接着させるように押し当てる。そして彼は、元通りになった左手の指を、何事もなかったかのようにカシャカシャと動かしてみせた。


 「ほら、なっ?」

 「えッ……? はッ……? へえッ……?」

 「わぁ、すごい! どうやったんだろ?」


 突然のことにエルスは声が言葉にならず――

 逆にアリサは、面白いものでも見たかのように声を弾ませた。



 「ハッハッハッ!――そいつぁな……半分、人間を辞めてるのさ! そして……」


 ジェイドはおもむろに、コートの右腕をまくり上げる。その腕には、無数のきずあとや縫い目が、痛々しく刻まれている――。


 「――そいつの裏切りのせいで、俺様もこのザマよ! もう、自慢の弓すらも引けなくなっちまった!」


 「ふっ。ランベルトスには、腕のいい〝どうたい〟職人がいる。紹介するぞ?」

 「ハッ! 腕を落とすなんてのは、死んでもめんだなッ!」


 「なぁに、眠っている間にやってくれる。痛みは無いぞ?」

 「信じられるかッ! なこった!……大体、お前が俺様に従ってりゃ――」


 ジェイドは人が変わったようにぞうごんまくしたて、ニセルは普段と変わらずひょうひょうと受け流している。彼ら二人のやり取りに、エルスとアリサは互いに顔を見合わせる。


 「この二人って、けっこう仲良いんじゃ?」

 「だよな……。なんか、ガキのケンカを眺めてるみてェだ……」


 ニセルとジェイドは共に人間族のようで、年齢も近そうに見受けられる。おそらくはエルスとアリサ同様、幼馴染といった間柄なのだろう。しかし、仲が良いのは結構だが、いつまでも旧友同士のじゃれ合いを眺めているわけにもいかない。


 「なぁ……。二人とも、そろそろ本題に入ろうぜ?」


 提案をするエルスだったが、ジェイドは相変わらず積年の恨みの如くニセルに詰め寄っている。ニセルはチラリとこちらをり、二人に〝お手上げ〟のジェスチャをしてみせた。


 「うーん、だめみたいだねぇ」

 「仕方ねェ……。やってみるか」


 エルスはジェイドに手をかざし――

 力をおさえることをイメージしながら呪文を唱える。


 「ヴィスト――ッ!」


 エルスのてのひらから発生した風のかたまりがジェイドに迫り、彼の身体を大きく突き飛ばした! 転倒こそしなかったが、ジェイドは思わず踏鞴たたらを踏む!


 「――うおっと! 少年、よくも俺様のヴィストを……」


 「いや……。あんたのッていうか、風の精霊魔法だろッ!」

 「ハッ、もっともだ。風の精霊様にお詫びしよう」


 そう言ってジェイドは、紳士のように頭を下げる。どうやら、風の精霊を心から崇拝しているらしい。いずれにせよ、この場の空気が一旦落ち着いたことで、エルスは話を進めることにする――。



 「ところでさ、俺たち〝こうの杖〟ッてのを探してンだ。あんたの仲間の、ザインって奴が……」

 「――ハッ! ゼイン? ゾイン!……知らんなぁ?」


 「あっ、また――。じゃあ、あの人も裏切ったってことですか?」

 「察しがいいな、お嬢ちゃん。奴は自警団てきに探りを入れると抜かし、逆に連中に盗賊団なかまの情報を売りやがった!」


 「――えッ、じゃあザインは両方を裏切って……? 何のために……?」

 「俺様の知ったことか!――おかげで隊商襲撃しごとの時も、連中の邪魔が入ってな。まんまと依頼品も、一本奪い取られちまったってワケさ!」


 「依頼品?――あんたも、誰かに頼まれてたッてのか?」

 「依頼にはこたえる! それが俺様たち、だろう?」

 「冒険者って……。あんたらは盗賊だろッ!」


 「ハッハッハッ!――盗賊ってのはな、奪う専門の冒険者なのさ!」

 「なッ……!」


 エルスは絶句する。冒険者とは、自由をおうする者の総称。確かにジェイドの言い分は正しい。エルスがニセルに視線を送ると、彼は小さくうなずいてみせた――。



 「そう言うなら、冒険者として頼むッ! その〝降魔の杖〟だけでも返してくれねェか?」

 「ハッ、少年!――盗賊が、『はいどうぞ』とブツを渡すとでも?」

 「なんだよッ、結局は盗賊なんじゃねェかッ! まぁ、やっぱ駄目だよな……」


 「うーん。戦うしかないってこと?」

 「その通り!――欲しければ奪い取る!……それが盗賊ってモンよ!」


 そう言い放ち――ジェイドは三人から間合いを取り、左手にニセルと同じ長刃の短剣ロングダガーを構える! すでに彼は、こちらと戦うつもりらしい。


 「俺たちは盗賊じゃねェしッ! わかったよッ、こうなりゃ勝負だ――ッ!」

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