第47話 いざ決戦へ

 盗賊団の根城アジトとなっている、洞窟前の広場。

 こちらの霧もすでに晴れ、木々の隙間からは、太陽ソル陽光ひかりが射し込んでいた。


 決戦を前に、予期せぬ深手を負ったエルスたちは洞窟のかげに身をひそめ、最後の準備を整えていた。


 アリサは留め金の破壊された金属製の胸当てブレストプレートを外し、冒険バッグの中へ仕舞う。そして、代わりに取り出した包帯を、服の上から傷口に巻き始めた――。


 「おまえ、そんなモンまで持って来てたのか? 用意がいいな」

 「うん。わたしの魔法じゃ、いつか力不足になると思って」


 事実――アリサが使える治癒魔法セフィドでは彼女の傷は完治せず、これ以上の回復は不可能だった。それくらいに、アリサが負ったダメージは深い。巻いたばかりの包帯には早くも、赤い染みが広がり始めている――。


 「俺も光魔法が使えりゃなぁ……」

 「仕方ないよ。お互いに、できることを頑張ろっ?」

 「ああ……。そうだな……」


 今回の戦闘で、エルスは心の底から自らの弱さを思い知った。

 なによりも、自分自身の心の弱さを。


 まずは心を鍛えろ――。


 幼い頃に、ロイマンから言われた言葉を思い出す。

 ロイマンは当時から――とうの昔から、エルスの弱点を見抜いていたのだ。


 これまでの魔物との戦いでは、ほぼ二人は無傷だった。

 ――だが、相手がに変わった途端、傷だらけになってしまった。

 思えば、ラァテルとの勝負でも、エルスは傷を受けていた。


 覚悟が足りない――

 まだ足りていない。


 戦う覚悟。殺す覚悟。

 そして――殺される覚悟も。


 エルスとたいした男は、最期の瞬間まで戦意を失わなかった。彼なりの覚悟ができた上で、盗賊としての人生を、けんめいに生き抜いたのだろう。



 「ねぇ、エルス。これ……」

 アリサは何かを差し出す――。


 「――たぶん必要になるんじゃないかな?」


 「うッ……これか……。そうだよな……」


 エルスはアリサから、虹色のすなつぶが入ったビンを受け取る。いつかは〝これ〟とも向き合わなければならない。


 ビンを冒険バッグに入れ、エルスはアリサの顔を見つめる――。


 「ありがとな。今度こそ……覚悟を決めるぜ……」

 「うん。でも、無理しないでね?」


 ニセルは今、単独で洞窟内を偵察している。

 もし二人が「帰りたい」と言えば、一切のとがめもなく、快く帰してくれるだろう。まだ短い付き合いだが、言動や行動の一つ一つから、彼はそういう男だと認識できた。


 「――大丈夫だッ! 絶対に、依頼を成功させてやろうぜッ!」


 エルスは気合いを入れ、軽く体をほぐす。

 少し休んだおかげで、もう体力は充分だ。

 傷もアリサの魔法で完治した。

 魔力の方も問題ない。


 あとは心。覚悟のみ――。



 「――よう、二人とも。準備はできたか?」

 洞窟から出てきたニセルが、小さく手を挙げる。


 「ああッ! もうバッチリさ!」

 「うんっ。頑張るねっ!」


 元気な返事とは裏腹に、アリサの顔色はあまり良くはない。ニセルは彼女の顔をチラリとり、視線をエルスに戻す。


 「ふっ、わかった――。では行くか。二人とも、絶対に死ぬなよ?」


 二人は大きく頷く。

 そして三人は、決戦の地である洞窟の入口へと向かう――。



 「左側の壁に沿って進もう。中央には罠がある。ゆっくりと、一列にな?」


 生徒を引率するような口調で言い、ニセルは洞窟の中へ入ってゆく。

 洞窟は壁面こそゴツゴツした岩ではあるが、人為的に掘られたようにみえる。


 エルス、アリサの順でニセルに続き、洞窟内を静かに進む。

 通路の中央へ目をらすと、細い糸のような線がキラキラと光っているのが見えた。


 「ねぇ、エルス。踏んじゃダメだよ?」

 「いや……。踏まねェから――ッていうか、静かにしようぜ……?」

 「ふっ、この辺りは大丈夫さ。あそこで一旦止まろう」


 ニセルに従い、いっこうは長い通路の突き当たりで立ち止まる。


 ここまで来ると、もう太陽ソルの光は届かないものの、壁には複数のりょくとうが据えつけられ、周囲を明るく照らしている。おそらくは盗品なのだろう。それらの形状やデザインには、様々なものが混じっている。


 そして正面の壁には、複数のクロスボウが入口に向けて設置されており、左右にはさらに奥へと通路が伸びていた――。



 「さっきのを踏むと、コイツに穴だらけにされてたのか……」

 「すごい数だねぇ。これが全部飛んできたら避けられないかも」


 「予備のボルトもあるな。罠として使ったあとは、これを持って侵入者を〝お出迎え〟ってワケだ。破壊して、先に退路を確保しておくぞ」


 説明し終えたニセルは小型の道具を取り出し、罠を解体し始める――。


 「そうだ、エルス。では炎の魔法はやめておけよ? まとめて蒸し焼きになるか、ちっそくしてしまうからな」


 「おッ、おう……わかった。ありがとな、ニセル」


 エルスは林道での失敗を思い出し、ニセルの忠告に感謝を述べる。

 もう、何度も同じ失敗は繰り返せない。


 「まっ、あまり力を入れすぎないようにな?――よし、終わったぞ」


 罠に繋がれていた糸をすべて外し終え――

 ニセルは、手元のクロスボウを二人に見せる。


 「ひとつ持っていくかい?」


 「いや……。俺はいいや。なんか難しそうだし」

 「わたしも。間違えてエルスに刺さっちゃったら、なんかかわいそうだもん」

 「あぁ、そうそう。おまえは自慢の怪力で殴った方が、絶対強ェもんなッ」


 「ふっ。そうか――」


 ニセルは口元をゆるめ、ひとつをマントの下へ忍ばせる。予備のボルトも、さり気なく回収したようだ。


 「では行こう。この道の右手側に扉がある。そこからが本番だ」

 「わかった……。俺は――もう迷わねェ。行こうぜッ」



 洞窟内をさらに奥へと進み――やがて三人の前に、両開きの巨大な扉が現れた。

 扉は丈夫な木製で、枠の部分などが鉄らしき金属で補強されているようだ。


 「デケェ扉だなぁ。この先はどうなってンだ?」

 「うーん。何も聞こえないね」


 アリサは扉に耳を当ててみるが、何も聞こえない。

 ただせいじゃくのみが、洞窟内を支配している。


 道中では、数人の盗賊が首や胸から血を流し、座り込むようにことれていた。おそらくは偵察の際に、ニセルが予め仕留めたのだろう。


 「話し声から察するに、最低でも五人は居るな。ジェイドは、さらに奥だろう」

 「五人か……。さっきより多いな……」

 「ニセルさんすごいねぇ。わたし、全然聞こえないや」


 「まっ、オレの耳は〝特別製〟だからな」


 そう言った彼の左眼が、わずかに輝く――

 その眼も、きっと特別製なのだろう。


 「――ふむ、鍵は掛かっていないな。二人とも、準備はいいか?」

 「ああ、いけるぜッ……」


 エルスはゆっくりと剣を抜く。

 アリサも頷き、細身の剣を抜いた――。


 「よしッ、行くぜッ! 突入だ――ッ!」

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