第46話 偽りの勇者

 『……誰だッ……!?』


 周囲に響いた、透き通るような女の声――。

 ロイマンはとっに我に返り、声の方向へ目をる。そちらでは、瓦礫がれきの下敷きになった女が顔を上げ、救いを求めるように腕を伸ばしていた。


 女は辛うじて生きていたようだ。

 しかし、彼女の腕は焼けただれ、顔の半分も血に染まっている。


 『その子は……敵じゃない……!』


 それだけを言い、女は再び、地面に顔をうずめてしまった――。


 『何だ……? 次から次へと……』


 ロイマンは構えをくずさないまま、足元のに視線を戻す。

 それは次第に輝きを失い、人間の子供の姿に変化した。


 焼け焦げた魔法衣ローブを身に着けた、銀髪の幼い少年。

 彼は悪夢にうなされるような険しい表情で、小さな身体を丸めている。


 『こんなチビに……。俺は……』


 構えていた魔剣をだらりと下げ、ロイマンは橙色の空を力なくあおいだ――。



 ――しばらくののち

 現場には、騒ぎに気づいた王都の兵士や聖職者、神殿騎士たちが続々と集まりはじめていた。


 先ほどの女は助かる可能性があったらしく、治療のできる施設へとかつがれていったようだ。残りの三人はすでことれており、瓦礫の合間に静かに安置された。


 『いい気なモンだ。無能な日和ひよりどもが今さら、ゾロゾロとつどいやがって』


 ロイマンは失ったものの代わりに〝魔剣〟を背負い、あわただしく動く連中を横目に睨む。


 『まあいい。魔剣コイツが手に入っただけでも良しとするか』


 聖職者らは一様に、炭と化した魔王の周囲に集まっている。

 そんな彼らのやり取りが、嫌でもロイマンの耳に入ってきた――。


 『これぞ〝魔王のらくいん〟……。なんとおぞましい。いまだ力を……』

 『エルネストにアーサー。いずれもアルティリアが誇る……』

 『ふむふむ。たところ、彼の名はメルギアス……』

 『勇者とた者が、よもや魔にちるとは……』

 『興味深いですねぇ! 確か、ミルセリアさんに……』

 『ルゥラン様……。どうかご内密に……』


 やがてらくいんは消滅し、魔王だった者メルギアスなきがらは黒い霧となってくうへ消え去った。

 それを見た聖職者らは口々に哀れみやけいべつの言葉を吐いたあと、今後の対応について話し合い始めたようだ。



 ロイマンは小さく舌打ちし、その場を離れる。

 ――あの少年が倒れていた場所を見ると、彼は変わらず地べたに転がされていた。


 『ノコノコやって来たあげく、自分テメェらのメンツの相談か』

 吐き捨てるように呟き、少年の体を小さくする――。


 『――おい。生きてんだろう? いい加減に起きろ、チビ』


 やがて少年は顔をゆがませながら、ゆっくりと目を開けた。


 『ううッ、魔王が……。あれ? 冒険者……さん? 魔王は? 父さんは……?』


 何も覚えていないのか。少年はひょうけするような、とても子供らしい声でロイマンにく。


 『もう居ねえよ。両方な』


 その言葉で――

 少年はプツリと糸が切れたように、再び気を失ってしまった。


 『……マズかったか。――どうせ目覚めりゃ嫌でも見るんだ。現実をな』


 ロイマンは瓦礫がれきの中から布を引っ張り出し、その上に少年を寝かせる。泥や血の染みた地べたよりは、多少はマシだろう――。



 『――よろしいですかな?』

 『あ?……何だ?』


 背後から掛けられたしわがれた声に、ロイマンは振り返る。

 そこには老齢の聖職者と、二名の神殿騎士が立っていた。


 『勇者殿。お名前をお聞かせ願えますかな?』

 『ロイマンだ。――なに?……勇者だと?』


 『ロイマン殿。そなたに魔王討伐のほうしょうと〝勇者の称号〟を授けます。後日、必ずミルセリア大神殿へお越し頂きますように』


 『お……、おい……ちょっと待て――』

 『――宜しいですね? ですよ?』


 深いしわに埋もれた聖職者の眼光が、ロイマンの目をぎょうする。上等な法衣をまとい、神殿騎士を連れていることからも、彼はかなり高位の人物だとわかる。


 この三人が放つ威圧感に負け――

 ロイマンは、ただ頷くしかなかった。


 『お待ちしております。くれぐれも、道をたがえませんよう……』


 聖職者は革袋をひとつ取り出し、ロイマンに手渡す。

 そして他の聖職者らの元へと、素早くきびすを返した。


 袋の中身を確認すると、大量の金貨がまっていた。

 だが――ロイマンに大金を得た喜びは無く、恐怖の感情の方が多くを占めていた。

 何か〝とんでもないものに関わってしまった〟と――。


 『チッ……。この歳になっても、ビビっちまうとはな……』


 数日後、彼は勇者の称号を受け――

 ここから〝勇者ロイマン〟としての人生が始まった。




 「――フッ。何が勇者だ、笑わせる。何も知らねえ坊主どもが広めた嘘を、どいつもこいつも信じてやがる」


 ロイマンはちょう気味にわらい、グラスの中身を喉に流し込む。


 「そうね。でも、私は本物の勇者だと思うわよ? それからのあなたは〝勇者〟として、人々のために必死に頑張った」


 「……カネのためだ。そんなつもりはえよ」


 「それに、あなたが居なければ、私は助からなかった」

 からのグラスを見つめるロイマンを、ハツネが見つめる。


 「何よりも――あなたが止めなかったら……。きっとが、次の魔王になっていたわ……」

 「心配え、エルスは強い。あのチビが、良くあそこまで成長したもんだ」


 「あの子は深いところで、まだ苦しんでる。そして、その苦しみのひとつを私が……」


 ハツネは虹色の手鏡を取り出し、そちらへ視線を移す――。

 「――私も、覚悟を決めなきゃね。リスティの……親友のためにも」


 「フッ……、少し飲みすぎた。風に当たって来るぞ」

 ロイマンはテーブルに金貨を数枚置き、ゆっくりと立ち上がる――。


 「そうね。お供するわ」


 ハツネはロイマンの腕に手を絡ませ、二人で酒場から出ていった。

 ――そんな彼らの背中を、ラァテルは静かに見つめていた。



 「ふん。時間の無駄――というわけでは、なかったな」


 ラァテルは背を預けていた柱から離れ、冒険者用の掲示板へ向かう。彼は整然と貼られた依頼状に目を通し、〝街道のとう討伐〟と書かれた紙を破り取る。


 それだけを持ち、ラァテルも酒場をあとにする――。


 天上の太陽ソルは、まだ日中の陽光ひかりを放っている。

 ファスティアと違い、王都には人通りがほとんど無い。


 「悪いが――もうしばらく、ぞ……」


 外套クロークの下からしっこくの刃を取り出し、ラァテルは外の街道へと向かう。

 そんな彼の瞳には――確固たる意志と、決意の炎が灯されていた。

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