第30話 省みる心と確かなる功績

 ファスティア自警団の本部。その石造りの建物の玄関口にて、団長のカダンがなにやら真剣な表情で、手元の紙束に目を通している。


 しかし彼はエルスらの存在に気がつくなり、そくにいつものほがらかな笑顔を浮かべ、気さくな様子で右手を挙げてみせた。


「おはようございます、お二方! こんなへんな場所までお越しいただき、大変申し訳ない!」

「おッ……おはよう団長! あのさ、さっきの神殿騎士は……?」

「おお、あれは毎日の活動報告ですな! 自警団ののようなものです!」


 どうやらあの騎士の用件は、自身に関するものではなかったようだ。

 エルスは密かに息を吐き、そっと胸をろした。



「おっと、そんなことよりも! まずはほうしゅうをお渡しせねば」


 カダンは紙束をバッグにい、代わりに小さな革袋を二つ取り出す。


「ささ、お二人とも。どうぞお受け取りください! 改めて、ご協力感謝します!」

「あ、ああ……。こちらこそ、団長……」


 エルスはカダンに両手を伸ばし、差し出された小袋を受け取った。


 それは大きさに反してずっしりと重く、中で金属がこすれる音がする。彼が口元を開いて袋をのぞくと、多くの銀貨と、数枚の金貨が輝いているのが確認できた。



「えッ!?……こんなにもらっていいのか? 自警団って貧乏なんじゃ……」

「ご心配なく! 冒険者みなさまへの報酬は、すでに予算として確保してありましたので!」

「そうなのか? じゃあ遠慮なくッ! ありがとな!」


 エルスはカダンに礼を言い、革袋の中のへいを自身の財布へと流し込んだ。



 予算は確保済みだったとはいえ、勇者ロイマンへの報酬額までは想定していなかったらしく――もし勇者ロイマンに高額な支払いを求められでもしていれば、自警団の破産はまぬがれなかっただろう。


 戦力面よりも、むしろ財力の面で苦しむ自警団にとって、エルスの介入によってもたらされたこうせきは、非常に大きいものとなったのだ。

 


「わたしも貰っていいんですか? 特に何もしてないと思うんですけど……」

「アリサ殿、ごけんそんなさらず! 先日救助された者らは口を揃えて、『あの怪力のお嬢ちゃんのおかげで命拾いした』とたたえておりましたよ!」

「ええっ……。わたし、怪力じゃ……」

「なんでも屈強な男どもを二人や三人、まとめてかついでいらっしゃったとか! いやぁ、あの場で幸いにも死者が出なかったのはアリサ殿のおかげですな!」


 アリサは必死に否定するも――カダンは豪快に笑いながら、なおもアリサの〝筋力〟を評価し続けている。彼女が隣へ目をると、エルスが何か言いたげな顔で必死に笑いをこらえていた。



「わたし、まだ筋肉ついてないもんっ!」

いてッ! 俺は何も言ってねェだろッ……! ぶっ……、はははははッ!」

「おお、さらに体を鍛えられるならぜひ、我らの訓練所をお使いください! 毎日頑張れば、もっと筋肉ムッキムキになれますよ!」

「ちがっ……! もー!」


 カダンはさわやかな笑顔でポーズを決め、自慢の力こぶを見せつける。


 この団長には、繊細な乙女心は理解出来はしないのだろう。

 アリサは強引に、この話題を変えることにした。




「それより団長さんっ! あののことっ! なにかわかったんですかっ!?」

「おっ、そうですそうです! その件で是非、お話が……」


 そこまで言いかけたカダンだったが、ふと首をかしげてみせる。


「おや? 何ゆえにが、杖だとご存知で?」


 カダンからの疑問に対し、これまで笑い転げていたエルスの顔が、一気に引きつる。そんな彼に見えないよう、これはささやかな仕返しだとばかりに、アリサは小さく口元を上げた。


「そッ……、それはだな……。えっと……」


 だらだらと汗を流しつつ、エルスはアリサの顔を見る。


 そのエルスの、あまりにもろうばいした様子に――さすがにやりすぎたと思ったのか、アリサは「ごめんね……」と小さくつぶやいた。


 ここまできたならば、もうすべてを話すしかない。

 エルスは腹を決め、カダンの方へ向き直った。



「ごッ……ごめんなさい団長ッ! 実は昨日の騒動は、全部俺のせいなんだッ!」

「ハッ?――エルス殿、突然何を……」

「俺が、あの変な杖を……。俺は神殿騎士に突き出されてもいいッ! でもアリサは関係ないんだ! 俺が悪い! 全部悪いのは俺だ、俺だけの責任なんだッ!」


 ただひたすらに、感情のままに。必死に自身の〝罪〟を告白するエルス。

 顔じゅうに汗を浮かべた、彼の精一杯な姿に、アリサは胸が苦しくなった。


 神殿騎士の〝裁き〟を受けるということは、実質的な〝極刑〟を意味する。


 エルスがそうなるくらいならば――こんな話題を出さず、あのまま笑いあっていた方が良かったのかもしれない。



 しかし一方でカダンは、まるであっに取られたかのように、目を丸くしたままで首を傾げている。


 そしてエルスが落ち着くのを待ち――。

 しばしの間を置いた後に、彼は静かに口を開いた。




「あー、もう大丈夫ですかな……? とりあえずお二方は、あの〝杖〟が異変の原因だということは、察しがついておられるのですな?」


 彼の問いに、二人は真剣な表情で静かにうなずく。

 それを確認したカダンは小さなせきばらいをし、二人にさらなる話を続けた。


「わかりました。それでは、お二方にも昨夜の出来事を――こちらがあくしている内容を、お話しいたしましょうか」

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