第27話 憂鬱なる朝

「おはよう、エルス。大丈夫?」

「んげッ……。ああ、大丈……ぶげッ!」

「ごめんね、わたしがワガママ言ったせいで」


 〝はじまりの遺跡の異変〟から、一夜明け。

 目覚めたエルスは頭から床へ落とされており、見事に首を寝違えてしまっていた。



「んげッ。そのうち治るから気にす……んげッ!」

「セフィド――っ!」


 アリサは唱えていた治癒魔法セフィドを発動し、てのひらに生じた柔らかな光を、エルスの首元にそっと触れさせた。


「イテテ……。大丈夫だッてのに」

「だって『んげー』って、なに言ってるのかわからないし」

「まぁ、おかげで元に戻ったぜ。ありがとなッ!」

「うん。それじゃ、そろそろ準備して行こっか」


 アリサは手早く装備を身に着け、赤いリボンでポニーテールをいながらエルスの方をる。すると彼はどんそくの魔法にでもかったかのような、ゆっくりとした動きで身だしなみを整え、ゆうちょうに剣の具合を確かめていた。



「報酬を貰いに行くんだから大丈夫だよ。ほら、いそご?」

「おまえ、へんな所で前向きだよなぁ」

「うん」

「はぁ……。行くしかねェよな」


 エルスはテーブルに目をり、そこに放置していた虹色のビンを手に取る。

 彼はそれを両手で持ち、そっとアリサに差し出した。



「すまねェ、アリサ。これ……持っててくれねェか?」

「うん……? わかった」


 アリサは小さくうなずき、彼から大事そうにビンを受け取る。

 これがエルスにとって、具体的に何をもたらすのかまでは知らない。


 だが、あの幼少の日に、これと同じモノによって〝が起きた〟ことだけは、大人たちから断片的に聞かされていた。


「……ありがとな」



 出発前のたくの後、客室を出た二人は一階の食堂で軽い朝食をとることにした。パンと水だけの質素なメニューだが、しっかりと朝食をとったのは久しぶりのことだ。


 食事を終えた二人は料金を支払い、太陽ソル朝光あさひが降り注ぐ、活気の中へと繰り出した。





「あッ、そうだ。ちょっと剣を買い替えてェんだ。先に店に寄らせてくれよ」

「うん、いいよ。武器屋さんまでは、どう行くんだっけ……」


 雑踏の中、周囲を見回すアリサに対し、エルスは小さく両手を振る。


「いやぁ、大通りで売ってるヤツで充分だ。昨日、オークの一撃を受け止めたせいで、一気にボロくなっちまってさ」

「そういえば魔法剣も使ったんだよね。やっぱり、エルスに返そっか?」


 彼女が使っている細身の剣は、二人の旅立ちに際し、アリサの祖父からエルスに贈られたものだった。祖父のラシードはドワーフ族ならではの錬金術に長けており、孫娘らの門出に、自作の武器を用意してくれていた。


 アリサには、彼女の身の丈ほどもある、両手持ち用の大型剣が贈られたのだが――すぐに筋肉がついてしまう体質を気にする彼女は「宝物にする」という名目で、それを家に置いてきてしまったのだ。



「いや、いいよ! それくらい頑丈な武器じゃないと、おまえの怪力に耐えられないだろうし……」

「もー。すぐ怪力って言うんだから」

「仕方ねェなぁ。じゃあ他の呼び方を……」

「全部やーだっ。だって、まだ筋肉ついてないもんっ」


 普段と変わらぬ たわいもない会話を交わしながら、二人は大通りを進む。


 早朝から行動を始めた昨日と違い、たっぷりと睡眠時間を取ったせいか、すでに多くの店が営業を開始していた。



 そんな中、エルスはある店の前で足を止め、じっと入口をる。



「閉まってるね」

「閉まってるな……」


 そこは昨日、エルスが店番を請け負った店だった。


 店の大窓や入口の扉は、今は真新しい板を打ちつけることによってふさがれている。


 あまり行儀の良くないファスティアとはいえ、街には自警団もあり、少数の神殿騎士も巡回している。毎日の戸締りにしては厳重すぎるだろう。


「やっぱり、俺がアレを売ったせいなのかなぁ……」

「ほかに理由があったのかもだし。自分を責めすぎないようにしよ?」


 アリサの声には反応せず、エルスはぼうぜんと店を見上げている。彼の銀色の前髪が、太陽ソルの光を反射してキラキラと輝く。


 そんな彼の横顔を、アリサはただ静かに見つめている。



「また……俺のせい……なのか……」


 思いつめたせきの念からか、エルスは放心したように言葉をらす。


 こういった場合に決まって彼が思い出してしまうのは、あのまわしき誕生日の記憶だった――。

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