第22話 トリックスター

 エルスたちがファスティアへのについた頃。

 自警団長カダンは部下たちと共に、遺跡内を注意深く観察していた。


 冒険者たちの尽力により、〝はじまりの遺跡の異変〟は治まった。


 だが、それは魔物の出現がおさえられただけに過ぎず、すべてが解決したとはいえない。異変の原因を探し当てるまでは、自警団の一日は終わらない。



「団長! ここに通路が……。奥に部屋があります!」

「おお、すぐに行く!」


 どうやら目的の場所が見つかったらしい。カダンは団員たちを引き連れて声の元へ急ぐ。くだんの通路は、周囲の壁や瓦礫がれきのせいで目立たなくなっていたようだ。


「うぐッ……、これは酷いな……」


 見つかった部屋は比較的風化が少なく、しっかりと天井も存在している。床には焼け焦げたような魔法陣が描かれており、壁にも激しいあとや真新しい斬撃の傷、真っ黒な液体がらされたようなあとが生々しくのこされている。


 そして床の中央には、黒い布を被せられたが安置されていた。



「団長、これがロイマン殿の言っていた……?」

「ああ……。よし、取るぞ……」


 カダンは腰をかがめ、ゆっくりと布をがす。その下から現れたのは、人とも魔物とも知れぬ、まさしく異形のだった。



「これはっ……!? うっ……!」

「ぐっ……、無理に見るな。他の者も、一度下がるのだ!」


 ピクリとも動かない異形のは、人の形こそしているが――すでにからだの大半は、黒く硬質な石のように変異している。顔の半分は、縦に開いた一つの巨大な目玉によって占拠され、頭には大きな角が生えていた。



 そして、もう半分。

 かろうじて人の状態を保っているの顔に、カダンは見覚えがあった。



「むうっ……。まさかザイン、なのか?」


 白目をき、もんともこうこつともとれる不気味な表情を浮かべてはいるが――それはまぎれもなく、ファスティア自警団の魔術士・ザインだった。



「ザイン……。なぜ彼が……」

「やっぱり、あのうわさは……」

「またしょうか……。今度こそ、おしまいかもな……」


 得体の知れないの正体がわかったあんからか、団員らからはヒソヒソとかげぐちしている。対して団長は静かに、部下だった男を見つめていた。


 もう動かない。死んでいるのだ、彼は。


 カダンは握りしめていた黒い棒切れと、変異したザインのからだを見比べる。じっくりと調べるまでもなく、これらは同じモノだろう。




「ほほう! これは、実に興味深いですねぇ」

「……うわおッ!?」


 不意に聞こえた場違いな声に、カダンは思わず大きくる。いつの間にか彼の隣では若いエルフ族の紳士が、ザインの遺体をのぞきこんでいた。


 紳士は紫色の長髪をオールバックと三つ編みにまとめ、黒いリボンを着けている。礼服を着込み、片眼鏡モノクルを掛けた彼の服装は、このような場所には明らかにつりいとえる。



「なッ、なんですかな貴方あなたは! いったいから……」


 ここへ通じるすべての動線には警備の団員を配置したはず。それ以前に彼は、この場にとうとつに現れたように見えた。周囲の団員たちからも、それを証言するようなざわめきが起こっている。



「はっはっは! ワタシは旅の魔術士です。ウッカリ迷い込んでしまいましてねぇ」


 自らを魔術士と名乗る謎の紳士は、どうやら「散歩中に迷い込んだ」らしい。とらえどころのない紳士の言葉に、カダンは思わず頭をかかえてしまう。


 そんな彼の様子など意に介さず、紳士はカダンの持っている、二本の棒切れを指さしてみせた。



「それはまさしく〝こうつえ〟! アナタ、面白いモノをお持ちですねぇ」

「はて……? それは、どういったしろもので……?」

「まあ簡単に言えば、を呼び出せるアイテムですよ。しかし、こうして人が変異しまう例は初めてですねぇ。いやぁ、実に興味深い!」


 カダンの手元に顔を近づけ、紳士は物珍しげに杖を観察する。彼いわく、ザインのような状態と化すのは、〝こうつえ〟の正式な機能ではないらしい。



 杖は本来、敵地へ魔物を送り込む、一種の爆弾のような代物だ。その目的は当然ながら、人類同士の戦争のための、まわしい兵器である。


 何らかの方法で杖を敵陣へ送り込み、予め仕掛けた術式を起動させ――。

 呼び出された魔物に、人々を襲わせるのだ。



「そのような恐ろしいモノが、なぜファスティアに……?」

「さて? ああ、そうそう! 実はでもう一本、〝これ〟と同じ物を見かけたのですけどねぇ……?」

「なっ! なんですとッ!?」


 思わせぶりな彼の台詞せりふに、カダンはあわてて携帯バッグからファスティアの地図を取り出し、紳士の前へと突きつける。


「それはっ! どの辺りのっ!?」

「おや、準備がよろしい! ふむふむ、ですねぇ」

「……なるほど! ご協力感謝します!」


 カダンはりちに敬礼をし、別の紙束を取り出してそれをめくり始める。紙面に目を通すうちに、彼の表情は見る間に険しくなってゆく。



「これはマズイぞ……! ファスティア自警団、集合!」

「ハッ、団長!」


 団長からの号令に、団員たちがいっせいに動作を行なう。


「申し訳ないが、今日は徹夜だ! これから各自に、任務を与える!」


 カダンは団員らに対し、続けざまに指示を出す。どうにも間の抜けて見える彼だが指揮能力は高く、部下からの信頼もあついようだ。



「承知しました!」

ただちに取り掛かります!――よし、続け!」

「馬を出すぞ! 急げ!」


 あっという間に自警団の面々は任務へと向かい――この場にはカダンとエルフの紳士、そして物言わぬザインだけが残された。




「さてさて、どうしましょうかねぇ? こちらの


 紳士は物珍しそうに、じっくりとザインのなきがらを観察している。周囲には死臭と共に放たれる闇色の霧が漂い、じわじわと心身をむしばまれてゆくのがわかる。


「放っておくと、こうやってしょうを吐き続けますし。ワタシが片づけちゃいましょうかねぇ?」

「うーむ……。このような事態を引き起こした張本人とはいえ、できればとむらってやりたいのだが……」

「こうなってしまっては残念ながら。闇へかえすしかありませんねぇ」

「わかりました……。では魔術士殿、お願いできますかな?」



 紳士はこころよしょうだくし、手をかざしながら詠唱をはじめる。その呪文は十数名の魔術士を抱えるカダンにも、聞き覚えのないものだった。


 そして詠唱を終えた紳士は、完成した魔法を解き放つ。



「デストミスト――!」


 闇魔法・デストミストが発動し、紳士のてのひらに紫色の球体が出現する。たまはザインのからだへ取りつくと分裂を開始し、即座にそれの全身を包み込んだ。


 やがて〝ザインだったもの〟は黒い霧を噴き出し、すべてがくうへと消えてしまった。



「はい、終わりましたよ。これで大丈夫でしょう!」

「い……今のは……? いえ、ご協力感謝します」

「ワタシとしても、興味深いものが見られましたので! では、さようなら」

「あっ、せめてお名前を……」


 カダンは慌てて振り返る――が、すでに謎の紳士の姿は消えていた。


 この異様な空間に、今はカダンのみが取り残されている。



「な……なんだったのだ……? いや! それよりも、早くファスティアに戻らねば!」


 カダンは気合いを入れて部屋から飛び出し、外壁の隙間から強引に遺跡の外へとい出す。そして、重い鎧の音を響かせながら、いちもくさんにファスティアの方角へと走り去ってゆくのだった。

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