第20話 クエストクリア

 はじめてとなる激戦を、無事に乗り切ることができたエルスとアリサ。疲労し、体力や魔力素マナを消耗した二人ではあるが、しばらく休めば問題なく回復するだろう。


 アリサは先ほどから、怪我人の治療を行うリリィナの姿を、憧れの目で見つめている。エルスは冷たい石の床に座り、退屈そうに周囲を見回した。



 この部屋の壁や柱、天井などはヒビ割れ、所々が大きく崩れている。風化した滑らかな断面を見るに、今回の異変のはるか以前から、このような状態だったようだ。



「団長、っせェなぁ。俺たちも行ってみるか?」

「うーん。『休息を!』って言われたし、勝手に動かない方がいいんじゃないかなぁ。もし迷惑かけるといけないし、言われたとおり休もう?」


 アリサはリリィナに視線を向けたまま、そうエルスに答える。


 暇を持て余したエルスは手持ちに、冷たい床の上へ手を滑らせている。すると、所々にくぼみのような、指先の感触が違う部分があることに気がついた。


 エルスはなんとなくそれが気になり、窪みに溜まったつちぼこりを手ではらう。

 すると石床の上に、〝MYSTLIA〟という形が浮かび上がった。



「なんだこれ? 神聖文字っぽいけど……。俺、これ苦手なんだよなぁ。アリサ、これ読めるか?」


 エルスはアリサのふとももを軽くつつき、立っている彼女に問いかける。それに反応したアリサは隣にしゃがみ込み、彼の指先へ視線を移した。



「うーん、なんだっけ? どこかで見たような気がするけど……」

「これは〝ミストリア〟ね。神聖文字で、そう書いてあるわ」


 いつの間に近づいたのか。

 リリィナが二人の背後から、優しげな顔をのぞかせていた。



「ミストリア? あぁ、そうせいしんだかさいせいしんだかの名前だっけ……」

「ええ、そうよ。基本的にミストリアといえば、さいせいしんさまを指すわ」

「これ、そう読むんだ? 物知りだなぁ、お姉ちゃん!」


 リリィナにきらめく眼差しを向けるアリサに対し、エルスは再び床へと視線を戻す。


「……そういえば、なんで遺跡ってボロボロなんだ? 俺の家みてェに、魔王にブッ壊されたのか?」


 何らかの理由で破壊されたとしても〝霧〟によって修復されるはず。

 エルスはリリィナに向け、〝当たり前〟の疑問を口にした。



「確かに、そういう場所もあるけれど。いま現在、さいせいにおいて遺跡となっている場所には、ずっと霧が出ていないのよ」

「言われてみれば確かに、ここって魔力素マナも少ねェし、何か息苦しいよな」

「そうなの? 大丈夫? エルス」


 アリサは心配そうに、エルスへと視線を移す。

 しかし彼は床に目を落としたまま、何やらブツブツとつぶやいている。


「……霧が出ねェから遺跡になる……霧が出ねェから魔力素マナが少ない……」


 エルスは引き込まれるように、床の文字へと指をわせる。リリィナはアリサの頭を優しくでながら、座り込んだままのエルスを軽くにらんだ。



「珍しく熱心ね、エルス? 遺跡に興味があるのなら、研究者になってみる?」

「へッ! ちょっと気になっただけさ! それに……」


 そんなことは「時間の無駄だ」と言いかけ、エルスは思わず口をつぐむ。


「それに?」

「いや……。俺には魔王を……。あの魔王メルギアスを倒すッて目的があるし、そんな余裕なんかねェよ……」

「エルス。メルギアスは、もう――」


 リリィナがそう言いかけた時。

 不意に拠点広間の方向から、カダンの大声が響き渡った。



「皆さんッ! 勇者殿が! ロイマン殿が! やってくれましたぞぉぉ!」


 戻ってきたカダンからのきっぽうに、冒険者たちからは歓声が上げる。


 高くかかげられた彼の手には、何やら黒い棒きれが握られているようだ。エルスも詳細を知るべく、いちもくさんにカダンの元へと駆け寄ってゆく。




「団長ッ! それで、ロイマンは?」

「おお、エルス殿! 勇者殿は王都へ向かわれました! 今日中に辿たどきたいとのことで!」

「そうなのか……。追いかけたい気もするけど、王都そっちは俺らが来た方角だしなぁ」


 エルスは考え込むように、自身のあごに拳を当てる。

 そんな彼の両肩を、カダンが大きな両手でガッシリとつかんだ。



「それよりも! 実はロイマン殿が動いてくださったのは、エルス殿のおかげなのですよ!」

「はぁッ? な、何でだよッ!?」


 カダンいわく。彼が勇者への報酬をたずねたところ「エルスに免じて無料で良い」との返答を貰ったとのこと。これは戦力面以上に〝財政面〟に問題を抱えている自警団にとって、まさに願ったり叶ったりな言葉だった。


「いやぁ! 流石は、ロイマン殿ご推薦の冒険者ですな!」


 カダンは興奮した様子で大喜びし、今度はエルスの手を掴んで上下に振ってみせる。予想外の結果に驚く彼に対し、周囲の冒険者たちからは口々に、エルスへの称賛の声が上がりはじめていた。



「おいおい、すげぇな! あのニイちゃん!」

「ありゃ昼間、酒場で大暴れしてた冒険者か? 勇気あるな!」

「あのロイマンを動かしちまうとは、大したモンだ!」


 日中の酒場で浴びたちょうしょうとの温度差に、しばしぜんとなるエルス。そんな彼の元へ、アリサとリリィナが遅れてやってきた。




「エルスの頑張りが通じたんだよ。きっと」

「そう……なのか? よくわからねェな……」

「あの団長の言う通りなら、あなたの行動が〝勇者〟の心に響いたのでしょうね」


 未だ冷めやらぬ称賛の大合唱。

 しかし当のエルスとしては、この結果に納得できない部分も多い。


 リリィナは戸惑う彼の背中にそっと触れながら、さらに言葉を続ける。


「ほら、人々からの称賛にこたえることも〝勇者の責任〟よ? あなたも魔王を倒し、いずれ勇者となるのなら――今は、彼らに応えてあげなさい?」

「勇者の……責任……? ええいッ! まぁいいやッ!」


 エルスは意を決し、冒険者らの前へと一歩進み出た。

 そして高らかに拳を突き上げ、自分なりのねぎらいの言葉を叫ぶ。



「みんなッ! お疲れさんッ! 今日は美味い飯でも食って、思い切り寝ようぜェ!」

「ウム! あとの処理は自警団にお任せを! 皆様、ご協力ありがとうございました! よいはパーっと、祝杯を挙げましょう!」


 依頼の完了を告げる宣言に、周囲の冒険者たちからは大きな歓声が巻きおこる。その大歓声はしばらくのあいだ、〝はじまりの遺跡〟を揺らさんとばかりに響き渡るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る