第11話 ファスティアの守護者

 アリサとカダンの後を追い、ファスティアの街へと出たエルス。

 酒場の外では二人の他に もう一人、魔術士らしき男が待機していた。


「あっ、エルス。こっちこっち」


「待たせちまッて、すまねェな!」


「改めて、ご協力感謝いたします。エルス殿!」


 すでに住民らの避難は完了しており、あれほどにぎやかだった大通りにも、今や人の姿はない。乱雑で、一見するとちつじょにも思える街だが、守られるべきルールは徹底され、皆が理解しているようだ。



「よし、ザイン! 行けるか?」


 自警団長カダンは魔術士の男・ザインに準備の確認をする。よく見るとザインが着ている魔法衣ローブにも、カダンと同じ自警団の紋章がしゅうされている。


「はい、団長。しかし、これで風の守護符アミュレットは最後です。よろしいのですか?」


「問題ない! 彼らはロイマン殿がすいせんなされた冒険者だ。向かってくれ!」


「かしこまりました」


 ザインは丁寧な口調で了承し、魔法衣ローブふところから緑色の宝石の付いた守護符アミュレットを取り出した。そして、それを握りしめながら、じっと静かにねんじはじめた。



「……なぁ、行かねェのか?」


「おおっと! 動いてはなりませぬ、エルス殿! 彼の周囲からは離れぬように」


「集中力が大事なんだって。エルス、静かにしよう?」


 そうアリサから指摘され、エルスは少し口を曲げる。


 そんな彼らが見守っていると、やがてザインの握りしめている守護符アミュレットから、緑色の光が放たれはじめた。同時にザインは呪文を唱え、完成した術式の解放に入る。


「風の精霊よ、我に力を示したまえ! マフレイト――ッ!」


 風の精霊魔法・マフレイトが発動し、ザインの周囲に半球状をした風の結界が展開される。結界はエルスたち四人をわずかに浮遊させ、無人となった大通りを高速で駆け抜けはじめた――!



「うおおおッ! すげェー!」


「すごく速いねぇ。あっ、エルス。黙って黙って」


「悪ィ……ッて、何で俺だけなんだよッ!」


「ハッハッハ! ザインは優秀な魔術士ゆえ、話すくらいならば大丈夫ですよ!」


 カダンは豪快に笑いながら、誇らしげに自身の胸を叩いた。



「すげェなー、これ! あっという間に、街の外だぜ!」


 結界の中は足元の安定感こそ無いものの、風圧を感じることもなく立っていられる。制御に集中し続ける術者以外には、なかなかに快適な移動手段のようだ。


「ほらエルス、本当ほんとに飛んでるっ! ねぇ、絶対に落ちちゃ駄目だよっ?」


「……いや、期待されても絶対に落ちねえぞ?」


「うん。エルスがいなくなっちゃうと、さみしいもんね」


「ハハッ! おふたかたは、実に仲がよろしいですな!」


 風の結界に乗り、なごやかな雰囲気のまま街の外フィールドを東へと突き進むいっこう


 ――だが、今朝エルスたちが魔物狩りをしていた荒地まで差しかかると、周囲の光景にも、目に見えて変化が表れはじめた。


 あたり一面を、異常な数の魔物たちがはいかいしている。そして普段とは比べものにならないほど多くの冒険者たちが、いたる場所で魔物それらと戦っているのだ。



「こんな数が現れるなんて……。どうなってんだ?」


「魔物どもはとつじょ、はじまりの遺跡からすように現れたのです。どれも弱い魔物ではありますが、いつまで増え続けるのかわからぬ状況。もしもこのまま夜を迎えてしまうと、流石さすがに手に負えなくなってしまいます!」


「なるほど……。団長があんなに必死だったわけだ」


 エルスは空を見上げる。すでに天上の太陽ソルは地上にオレンジ色の光を放っており、ルナとき――すなわち、夜の近づきを告げていた。



「団長さん。いっそ王都にも、助けを求めたほうがいいんじゃないですか?」


「ええ……。もし王都への最終防衛線に魔物どもが辿たどいた場合は、即座に伝令を出すよう手配してあります。田舎の王国などと言われてはおりますが、アルティリア騎士団の強さは世界屈指! 魔物など、あっという間にちんあつできるでしょう!」


 王国騎士団の強さを熱く語るカダンだが、次第にちんつうな表情を浮かべながら続ける。


「しかし可能な限り、ファスティアだけの力で対処したいのです。もし王都の兵を動かしてしまうような事態になれば……」


「……どッ、どうなるんだ?」


 緊張したおもちで、ごくりとつばを飲み込むエルス。

 そしてカダンはしばし目をじ、大きく息を吸い込んだ。



「おそらくファスティアの自治権ははくだつされ、街には王国兵が常駐します! 我々自警団も存在を疑問視され、解散させられるでしょう! そして自由と冒険者を愛する街ファスティアにも治安向上のため、今以上に神殿騎士が大量に配置されます! こうなると、酒場での賭け事やら決闘などはもってのほか! 静かに、おぎょうよく食事をしなければなりませんッ!」


 ねんされる事態を挙げ連ね、カダンは苦しげに呼吸を荒げる。



「それは確かに深刻だなッ……。んー、俺は神殿騎士が増えるのが一番ヤダなぁ」


「王都には、たくさん居たもんね。でも、そんなに怖くないと思うんだけどなぁ」


「なんかアイツらッて不気味なんだよなぁ。鎧に兜でガッチガチで、みんな同じ奴に見えるしさ……」


 そう言ってエルスはふるえながら、抱くような仕草で自身の両腕をさすってみせる。


「ええ、わかりますとも! 自分も幼き頃は、彼らの出で立ちに恐怖心を覚えた記憶がありますな!」


「――団長。まもなく到着します」


 ザインはおもむろに三人の会話をさえぎり、運搬魔法マフレイトの速度を落としはじめる。ほどなくするとエルスらの視界に、黄昏たそがれの中に浮かびあがる、くずれかけた巨大な建物の姿が飛び込んできた。


「……これが、はじまりの遺跡か……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る