第10話 勇者の矜持

 街の静けさとは裏腹に。〝ドワーフの酒場〟内は相変わらずのにぎわいだ。

 しかしながらその性質は、さきほどまでとは一変していた。


 酒場の各所では自警団の男が冒険者たちを集め、真剣な表情で何かを話している。それとは対照的に、テーブルにしたまま酔い潰れている者や、それらの様子を皮肉っぽくわらいながら、酒をすすっている者の姿も確認できる。


 エルスはアリサと共に、真っ直ぐにへと向かう。

 例の特等席には相変わらず、勇者ロイマンがちんしていた。


 変化といえばラァテルがかたわらにひかえていることと、大柄な自警団長がロイマンに詰め寄っていることだろう。



「なあ、隊長さんよ。緊急事態は何度も聞いた。そろそろ話を進めてくれねえか? もうじき俺たちは次の目的地に向かう。暇じゃねえんだ」


「自分は隊長ではなく、自警団長のカダンと申します! とにかく緊急事態ゆえ、勇者ロイマン殿に依頼を申し込みに訪れたのです!」


 カダンと名乗った男は目を見開き、勇者に対して必死に救援を求めている。店内に設置されたりょくとうが、彼のボサボサの黒髪と脂汗をおおに照らしあげる。


 眼前でを見たロイマンはまゆひそめながら舌打ちし、小さく首を振ってみせた。



「もういい。そのつらを近づけるな。――で、場所は? 獲物は? 言ってみろ」


「ハイ! 場所はファスティア郊外にある、通称〝はじまりの遺跡〟となります! その名は、かつてアルティリア騎士団の訓練所として使われていたことにも由来しており……」


「――わかったわかった。もう観光案内は結構だ。次は獲物を言え。馬鹿デカいドラゴンでも出たってのか?」


 カダンの言葉をさえぎりながら、ロイマンは小さくためいきをつく。そんな彼の意図を知ってか知らずか、カダンはりちに敬礼をし、勇者の質問への回答を続けた。



「えー、敵は大量のコボルドにジャイアントラット! それにオークやスライムなども確認されています! 幸い、ドラゴンとの遭遇は報告されていませんが、このままでは、いずれ街にまで危機が及びます!」


「犬にネズミに豚にスライムな。それで、かんじんの報酬は? そのザコ共を蹴散らせばいくら出す? 皮肉は解ってねえようだが、俺の相場は解っているな?」


「……ウグッ! 実は、我がファスティア自警団のふところじょうは厳しく……。しかし! 緊急事態の今こそ、是非とも勇者殿のお力を……」


 カダンの言葉を聞いたロイマンは、失望したように長く大きな息を吐く。そして、もう興味が無いとばかりに目をじて、グラスの中身を飲み干した。



「あのな、団長の兄ちゃんよ。何度も言うが、俺は都合良く動く勇者様じゃえ。そんなモンは他人が勝手に呼んでやがるだけだ。俺を動かしたいなら〝報酬〟を出せ。えなら他を当たりな」


「ロッ……、ロイマン殿――ッ!」


 勇者かられいてついっしゅうされ、カダンの顔には怒りにも似た色が浮かぶ。――だが、その感情を必死にこらえ、彼は深々と頭を下げた。


「頼む……! ファスティアを助けてくれッ! この通りだ――ッ!」


「チッ、今日はやくだぜ。どいつもこいつも、俺に妙な理想を押しつけてきやがる」


「――ロイマンッ! あんた、それでも冒険者なのかよッ!」



 一連のやり取りを見ていたエルスは居ても立ってもいられず、二人の会話に割って入る。若者の突然の怒声に驚き、思わずカダンは顔を上げた。



「あ、君は……? 先ほど外で、自分に体当たりをしてきた銀髪の……。しかし、彼はもっと〝グチャ!〟っとした感じのにんそうだったような……?」


「ンなッ!? その銀髪が俺で、これが元々の顔だ!――ッて、そんなことよりもッ!」


 エルスは怒りのもった眼で、ロイマンを強くにらみつける。しかし、彼は静かに目をじたまま、ゆっくりとグラスをらすのみだ。隣ではラァテルが小さく溜息をつき、「時間の無駄だ」とばかりに後ろを向いてしまった。



「なんで協力しないんだよッ!? 冒険者は困ってる人の味方だろッ!」


「小僧。そいつは、お前の理想の中の冒険者ってやつだ。俺のやり方は違う」


「違っちゃいねェ! 現に俺は――あの時のあんたに憧れて、こうやって冒険者になったんだ! 同じはずだッ!」


「ならばくが。そこの嬢ちゃんは、お前の仲間じゃねえのか? 昨日今日の知り合いには見えんが」


 ロイマンは見透かしたようにエルスをえながら、なおも言葉を続ける。


「俺はな、報酬にはこだわるが、仲間は絶対に見捨てない主義だ。お前――自分の仲間を捨てて、俺の仲間になるつもりだったな?」


「うッ……」


 まさに痛い所を突かれたエルス。だが時は戻せない以上、あやまちは受け入れ、今後の行動でばんかいする以外に方法はない。


 ――もうすでに、彼なりの覚悟はできていた。


「……ああ、その通りだッ……! 後悔してるよ、本当に……」


 そう言ってエルスは、自身の後ろを振り返る。

 そこではアリサが普段通りの無表情で、じっと彼を見つめていた。


 エルスは呪文の詠唱よりも小さな声で「……ごめん……」とつぶやく。

 そして静かに呼吸を整え、エルスは再度、ロイマンへ真剣な目を向けた。



「さっきの俺は、憧れの恩人に会えて浮かれちまってさ。あんたにも迷惑を掛けた。……すみませんでした」


「ほう? 口先だけなら何とでも言えるが――まあ、さっきの小僧がそこまでの台詞が吐けるようになったとは、大したもんだ」


「決めたんだ。俺はもう――勇者あんたの力に頼らず、自分の仲間と一緒に魔王を倒すッて! 絶対にッ――!」


 エルスは力強く、そう勇者ロイマンに宣言をする。

 するとアリサがエルスの腕をつかみ、彼に小さくうなずいた。


「フッ。良い仲間が居るじゃねえか」


 ロイマンは口元を上げ、満足そうに言葉をらす。

 エルスは自身の顔面を腕でぬぐい、さわやかな笑顔を浮かべてみせた。



「あのぉ……盛り上がっているところ、まこときょうしゅくなのですが……」


 一方、冒険者らのやり取りに、すっかり置いていかれていたカダン。彼は一連の会話が落ち着いたタイミングを見計らい、申し訳なさそうに口を開いた。


「我々自警団としては、『今こそ!』ロイマン殿にお頼りしたく……」


「報酬次第だと言ったはずだ。出す物を出さねえのなら、答えは変わらん」


「――よしッ! それなら俺たちが行くぜッ、団長さん!」


 勇者の代役とばかりに、エルスはようようと立候補をする。

 しかし、彼の熱意に反して、カダンは困惑したような表情を浮かべた。



「……君が? ううむ、どうしたものか……」


「なんだよッ! そこは『おお、かたじけない!』とか言って喜ぶとこだろ!」


「しかし自警団長として、未来ある若者を危険にさらすわけには……」


 本心なのか、エルスの実力を不安視しているのか。カダンは彼の申し出を受けかねているようだ。そんなやり取りを見たロイマンは、グラスを勢いよくテーブルへ置く。


 堅く鳴り響いた大きな音に、一同の注目がロイマンへ集まる。

 その視線のただなかで、彼は真っ直ぐにエルスを指さした。



「俺がすいせんする。そっちの嬢ちゃんは知らんが、その小僧――エルスは大した使い手だ。連れていってやれ」


「なんと!? ロイマン殿がそうおっしゃるなら!――ではエルス殿、頼めるだろうか? ファスティアのために、我々に協力してほしい!」


「もちろんけさせてもらうぜッ!――アリサ、いいか?」


「うんっ!」


 エルスの言葉に、アリサも迷わず頷いてみせた。


「おお、かたじけない! では、お二方は外へお願いします!」


 カダンはあわただしく屋外へと走り去り、アリサも素早く次の行動へと移る。



「――なあロイマン、これだけは言わせてくれ!」


 アリサに続いて出口へ走りかけたエルスだったが、彼は思い出したかのように立ち止まり、ロイマンの方を振り返った。


「あの時は助けてくれてありがとう! 俺もいつか、あんたみたいに強くなって、誰かを助けてみせるぜッ!」


「フッ。それなら馬鹿言ってねえで、自分の仲間を大事にしろ。エルス、絶対に仲間を裏切るんじゃねえぞ?」


「ああッ……! 約束するよッ!」


「よし。――もう行け。依頼人を待たせるな」


 エルスはロイマンに頭を下げ、アリサたちを追って酒場の外へと駆けだしてゆく。

 そんな彼の後ろ姿を、ロイマンは静かに見送った。



「ラァテル。準備しておけ。念のためだ」


「承知した。ボス」


「その〝ボス〟って呼び方は、他にえのか?」


「――考えておく」


 ラァテルの返答に、ロイマンは「フッ」と息をらす。

 そしてボトルに残った酒をグラスに注ぎ、一気にのどへと流し込んだ。

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