第10話 勇者の矜持
街の静けさとは裏腹に。〝ドワーフの酒場〟内は相変わらずの
しかしながらその性質は、さきほどまでとは一変していた。
酒場の各所では自警団の男が冒険者たちを集め、真剣な表情で何かを話している。それとは対照的に、テーブルに
エルスはアリサと共に、真っ直ぐに
例の特等席には相変わらず、勇者ロイマンが
変化といえばラァテルが
「なあ、隊長さんよ。緊急事態は何度も聞いた。そろそろ話を進めてくれねえか? もうじき俺たちは次の目的地に向かう。暇じゃねえんだ」
「自分は隊長ではなく、自警団長のカダンと申します! とにかく緊急事態ゆえ、勇者ロイマン殿に依頼を申し込みに訪れたのです!」
カダンと名乗った男は目を見開き、勇者に対して必死に救援を求めている。店内に設置された
眼前で
「もういい。その
「ハイ! 場所はファスティア郊外にある、通称〝はじまりの遺跡〟となります! その名は、かつてアルティリア騎士団の訓練所として使われていたことにも由来しており……」
「――
カダンの言葉を
「えー、敵は大量のコボルドにジャイアントラット! それにオークやスライムなども確認されています! 幸い、ドラゴンとの遭遇は報告されていませんが、このままでは、いずれ街にまで危機が及びます!」
「犬にネズミに豚にスライムな。それで、
「……ウグッ! 実は、我がファスティア自警団の
カダンの言葉を聞いたロイマンは、失望したように長く大きな息を吐く。そして、もう興味が無いとばかりに目を
「あのな、団長の兄ちゃんよ。何度も言うが、俺は都合良く動く勇者様じゃ
「ロッ……、ロイマン殿――ッ!」
勇者から
「頼む……! ファスティアを助けてくれッ! この通りだ――ッ!」
「チッ、今日は
「――ロイマンッ! あんた、それでも冒険者なのかよッ!」
一連のやり取りを見ていたエルスは居ても立ってもいられず、二人の会話に割って入る。若者の突然の怒声に驚き、思わずカダンは顔を上げた。
「あ、君は……? 先ほど外で、自分に体当たりをしてきた銀髪の……。しかし、彼はもっと〝グチャ!〟っとした感じの
「ンなッ!? その銀髪が俺で、これが元々の顔だ!――ッて、そんなことよりもッ!」
エルスは怒りの
「なんで協力しないんだよッ!? 冒険者は困ってる人の味方だろッ!」
「小僧。そいつは、お前の理想の中の冒険者ってやつだ。俺のやり方は違う」
「違っちゃいねェ! 現に俺は――あの時のあんたに憧れて、こうやって冒険者になったんだ! 同じはずだッ!」
「ならば
ロイマンは見透かしたようにエルスを
「俺はな、報酬には
「うッ……」
まさに痛い所を突かれたエルス。だが時は戻せない以上、
――もう
「……ああ、その通りだッ……! 後悔してるよ、本当に……」
そう言ってエルスは、自身の後ろを振り返る。
そこではアリサが普段通りの無表情で、じっと彼を見つめていた。
エルスは呪文の詠唱よりも小さな声で「……ごめん……」と
そして静かに呼吸を整え、エルスは再度、ロイマンへ真剣な目を向けた。
「さっきの俺は、憧れの恩人に会えて浮かれちまってさ。あんたにも迷惑を掛けた。……すみませんでした」
「ほう? 口先だけなら何とでも言えるが――まあ、さっきの小僧がそこまでの台詞が吐けるようになったとは、大したもんだ」
「決めたんだ。俺はもう――
エルスは力強く、そう
するとアリサがエルスの腕を
「フッ。良い仲間が居るじゃねえか」
ロイマンは口元を上げ、満足そうに言葉を
エルスは自身の顔面を腕で
「あのぉ……盛り上がっているところ、
一方、冒険者らのやり取りに、すっかり置いていかれていたカダン。彼は一連の会話が落ち着いたタイミングを見計らい、申し訳なさそうに口を開いた。
「我々自警団としては、『今こそ!』ロイマン殿にお頼りしたく……」
「報酬次第だと言ったはずだ。出す物を出さねえのなら、答えは変わらん」
「――よしッ! それなら俺たちが行くぜッ、団長さん!」
勇者の代役とばかりに、エルスは
しかし、彼の熱意に反して、カダンは困惑したような表情を浮かべた。
「……君が? ううむ、どうしたものか……」
「なんだよッ! そこは『おお、かたじけない!』とか言って喜ぶとこだろ!」
「しかし自警団長として、未来ある若者を危険に
本心なのか、エルスの実力を不安視しているのか。カダンは彼の申し出を受けかねているようだ。そんなやり取りを見たロイマンは、グラスを勢いよくテーブルへ置く。
堅く鳴り響いた大きな音に、一同の注目がロイマンへ集まる。
その視線の
「俺が
「なんと!? ロイマン殿がそうおっしゃるなら!――ではエルス殿、頼めるだろうか? ファスティアのために、我々に協力してほしい!」
「もちろん
「うんっ!」
エルスの言葉に、アリサも迷わず頷いてみせた。
「おお、かたじけない! では、お二方は外へお願いします!」
カダンは
「――なあロイマン、これだけは言わせてくれ!」
アリサに続いて出口へ走りかけたエルスだったが、彼は思い出したかのように立ち止まり、ロイマンの方を振り返った。
「あの時は助けてくれてありがとう! 俺もいつか、あんたみたいに強くなって、誰かを助けてみせるぜッ!」
「フッ。それなら馬鹿言ってねえで、自分の仲間を大事にしろ。エルス、絶対に仲間を裏切るんじゃねえぞ?」
「ああッ……! 約束するよッ!」
「よし。――もう行け。依頼人を待たせるな」
エルスはロイマンに頭を下げ、アリサたちを追って酒場の外へと駆けだしてゆく。
そんな彼の後ろ姿を、ロイマンは静かに見送った。
「ラァテル。準備しておけ。念のためだ」
「承知した。ボス」
「その〝ボス〟って呼び方は、他に
「――考えておく」
ラァテルの返答に、ロイマンは「フッ」と息を
そしてボトルに残った酒をグラスに注ぎ、一気に
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます