第3話 冒険者の街・ファスティア

 冒険者として店番の依頼をったものの、うっかり高額な商品を破壊してしまったエルス。彼はどうにか依頼を成功すべく、元気いっぱいに店の営業を開始した。


「へいッ、らっしゃい! どれもお買い得だぜッ! 今ならレアものも置いてるぜェ――!」


 店の立地のおかげか、エルスには意外と商才があるのか。本格的な営業を開始して間もなく、品物は飛ぶように売れ、商品棚には次々とすきが増えはじめた。


「はいオッサン、毎度ありィ! あ、キレイな姉さん! このキラキラの目玉、おひとつどうだいッ!?」


 エルスは店内の商品をつかみ、絶え間なくカウンターに並べてゆく。

 この調子ならば、失敗の取り返しも不可能ではないだろう。



「うーん、そこそこ売れはしたけどよ……。やっぱ問題は〝コイツら〟だよなぁ」


 やや客足も落ち着いた頃――。エルスは商品の中で最古参となってしまった、二本の〝杖〟に視線を送る。すると杖に付いた目玉のような装飾が、あたかも彼を見つめ返すかのように動いてみせた。


「この悪趣味なデザイン以外は、わりと良さげなんだけどなぁ」


「ほんとだ。かわいいね」


 しばらく杖と見つめ合っていたエルスだったが、不意に聞こえた少女の声に反応し、あわてて営業モードに入る。



「へい、いらっしゃいッ! そう言うお客さんも可愛いぜッ!?」


 目の前の少女は細身の剣を腰に下げ、金属製の胸当てブレストプレートと白いミニスカートを身に着けている。幼さの残る可愛らしい顔立ちと、大きな茶色い瞳。そして赤いリボンでポニーテールにった、長い茶髪が魅力的だ。


 体型は小柄で、年齢よりも全体的に幼く見えるが――。

 それは、彼女が〝人間族〟と〝ドワーフ族〟の混血であるがゆえのことか。


「――って、アリサじゃねぇかよッ! おまえ、こんな所で何やってんだ?」


 カウンターの向こうに立っていたのはまぎれもなく、エルスの相棒であるアリサだった。



「もー。お客さんに、そんな乱暴な言い方しちゃダメだよ?」


「なんだ、客だったのか! じゃ、何か買ってくれよなッ!」


「買わない。だってお金ないもん」


 いつものアリサとのじゃいで緊張の糸が切れたのか、エルスは肩の力が抜けたかのように、大きなためいきをついた。



「そうだ、おまえも手伝ってくれよ。この杖コイツをどうしても売りたいんだ」


「うん。ちょっとだけならいいよ? 次の依頼人さんの所にも行かなきゃだし」


「よしッ、決まりだ! じゃあ、早速それ持って、そこのオッサンに売り込みを――」


 エルスの言葉に危機を察知し、さり気なくアリサはカウンターから距離をとる。

 そんな彼女に対し、エルスは負けじと杖の魅力を熱く語る。


「あっ、やっぱりやめよっかなぁ。なんかアヤシイもん」


「怪しくねェッて! 見ろッ! こんなに黒光りしてて、目玉もいっぱい付いてて、カッコイイ模様とかも入ってンだぞッ!?」


「――ほうほう! これは確かに、興味深い代物ですねぇ」


 しかしエルスの熱心な力説に反応を示したのは、アリサではなく若い男の涼しげな声だった。新たな客の来店に、エルスは再び営業モードに入る。



「おッ、いらっしゃいッ!」


 声の主は若い紳士で、長い紫色の髪を三つ編みでまとめ、そこに黒いリボンを着けている。右眼には片眼鏡モノクルけており、上質な礼装に身を包んだ姿も相まって、見るからにしつといった雰囲気だ。


 また、紳士の耳は長くとがっていることから、彼が〝エルフ族〟であることもうかがい知れた。


「どうだい兄さんッ! イイ杖だろ? 真っ黒で、目玉とかも付いてて! 装飾も結構細かいんだぜ?」


「ふむふむ、確かに。こういったちんみょうで悪趣味な杖なら、南のランベルトスのこうあたりに高く売れそうですねぇ」


 杖に興味を示した紳士に対し、すかさずアリサも営業を開始する。


「わぁ! お兄さん、お詳しいんですねっ!」


「はっはっ! これでも色々と、手広くやっていますからねぇ。では、折角なので……」


 アリサの言葉に気を良くしたのか、紳士は杖に手を伸ばす。


 しかし、その瞬間――。これまでのやり取りを遠巻きに見ていた太った男が、いきなりカウンターの前に割り込んできてしまった!



「おおっと! 待ちなエルフの旦那ァ! コイツは俺がもらってくぜ?」


 割り込んできた商人らしき太った男はを言わさず、二本の杖をガッシリとつかんだ。


「あッ、ちょっとオッサン! まだ、その兄さんと交渉中で……」


「――ってぇことは、まだ売れてねぇんだろ? じゃあー、俺が買った!」


「はっはっは! ワタシのことなら気になさらず! ぜひ、そちらに売って差しあげてください!」


 突然の乱入者の登場に、戸惑いを隠しきれないエルス。対して紳士は人が変わったように手を叩きながら、ゲラゲラと楽しげに笑いはじめた。



「じゃあ……。その兄さんとオッサンで、一本ずつってのは……?」


「だめだな! 二本とも俺のもんだ! 商売ってのはなぁ? 決断の速さが肝心なのよ、ニィちゃん!」


 商人からの有無を言わせぬ返答に、エルスは申し訳なさげに紳士の方を見る。

 すると彼は にこやかな笑顔で、「どうぞ」とばかりに手を差し出した。


「……わかった! じゃあ両方ともオッサンのもんだ! 毎度ありィ!」


「ガッハッハ! いい手土産が手に入ったぜ!」


 商人は上機嫌で料金を支払い、二本の杖をかかえて去ってゆく。

 そんな彼の行く先には、たいしょうの荷馬車が確認できた。



「アレは、ランベルトス行きの隊商ですねぇ」


「申し訳ない! 兄さんの方が早かったッてのに……」


「はっはっは! ワタシとしては、興味深いモノがはいけんできたので満足ですよ!」


 そう言いながら、紳士は涼しげに笑ってみせる。

 そして彼は、そっとエルスの耳元へ顔を近づけた。


「それより、お気をつけくださいねぇ……? さっきのアレ、なかなか興味深い術式コードが刻まれていましたので……」


「へッ? それは、どういう……」


 意味ありげな言葉に驚き、エルスは彼の顔を見る――が、すでに謎の紳士の姿はこつぜんと目の前から消え去っていた。



「うおッ? 消えた……?」


「すごいねぇ。どうやって消えたんだろ?」


「わからねェ……。んー、まぁいいや! ありがとな、アリサ。助かったぜ!」


 エルスは上機嫌に言い、アリサの頭を優しく叩く。


「うーん。わたし結局、何もしてないけどね」


「おまえが来たおかげで結果的に売れたんだし、良いんだよ!」


「そっか。それじゃわたしも、次の依頼しごとに行ってくるね?」


 アリサは小さく手を振ると、目の前の人混みへと紛れてゆく。



 そして彼女が去った後。

 エルスは再び大通りをながめながら、カウンターにほおづえを突くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る