第2話 魔王との因縁

 アルティリア王国、最大の都市――ファスティアの街。

 ここは多くのきょてんつながる街道を有する、すなぼこりの舞うこうえきだ。


「おはようございまーッス! 依頼をけた、冒険者のエルスでッス!」


 アリサとの魔物狩りを終えた後。

 エルスは依頼人の店に到着するや、精一杯の礼儀正しさであいさつをする。


 ほどなくすると店の奥から、ようえんな雰囲気を放つ女店主が現れた。


「いらっしゃい。ずいぶんと元気がイイのね」


 エルスを見た店主は早々に、品定めのように彼を観察しはじめる――。


 人間族としては標準的な体格。装備は〝にもな駆け出し〟らしく、安物の長剣ロングソードと革製の軽鎧ライトメイルを身に着けている。


 窓から吹き込む風にれる銀髪と、ややツリ上がった濃い灰色の瞳が印象的ではあるが――顔立ちの方は、良くも悪くも〝普通〟といったところだろうか。



「……ふぅん。女の子が来てくれるのを期待したんだけど、あなたでもイイかしら」


 目利きを済ませた女店主は、いき混じりに口を開く。


 大きなトンガリ帽子をかぶり、魔法衣ローブまとった彼女の姿は、店のあやしい雰囲気とも相まって、魔女と呼ぶに相応ふさわしい。


「それじゃあ、エルスくん。あとはヨロシクね?」


「はいッス!――ッて、ナニを?」


「悪いけど、これから大事な取引があるの」


 店主は手鏡で軽く身なりを整えながら、大通りに面した窓のようなカウンターを指でしめす。どうやら客が店内に入らずとも、露店形式で売買ができる仕組みらしい。


「そこに居てくれるだけでいいから。オネガイね?」


 そう言って店主はあやしくほほみ、そそくさと奥の部屋へと引っ込んでゆく。


 あわてて彼女の姿を目で追うも、エルスの視界はあわく光るうすぬののカーテンによって、あっさりとさえぎられてしまった。



「居るだけッて……。まぁ、楽といえば楽だけどよ……」


 エルスはカウンターにほおづえをつき、絶え間なく流れてゆくひとなみながめる。


 軽装の旅人に、街の住人。そろいの鎧を着た、警備兵らしき男たち。そして荷馬車を連れた商人と、それを護衛するくっきょうようへいたち。


 だが、なんといっても最も多く目にするのは、やはり〝冒険者〟らの姿だろう。


 冒険者――。

 それはこの世界・ミストリアスにおいて、自由をおうする者たちの総称。


 彼らは自由に世界各地をめぐり、魔物退治や遺跡・異界迷宮ダンジョンなどの探索によって金品を得ることや、街の人々からの〝依頼〟を解決し、そうした依頼人からの報酬を受け取ることで生計を立てている。



「まいったよなぁ。やっと冒険に出られたってのに、まさか最初の街で足止めを食らッちまうとは……」


 エルスもおさなじみのアリサと共に旅立ったばかりの、駆け出しの冒険者だ。


 冒険の旅には思っていた以上にかねがかかる。

 二人はそれを、すぐに思い知らされた。


 冒険者は自由である反面、安定した収入を得られ続ける者は少なく、旅がどうに乗る前に、多くの者がせつを経験する。


 ファスティアには そうした冒険者くずれのゴロツキ連中や、盗賊となり果てた者たちも、数多くたむろしていた。


 それでも成功を夢見てファスティアを訪れる冒険者たちは後を絶たず、来訪者は日に日に増え続けている。


  そうして、いつの頃からか。

 ファスティアは〝冒険者の街〟と呼ばれるようになっていた。



「んー。やっぱ〝居るだけ〟ッてのもツライぜ……」


 カウンターから街を眺めていたものの、エルスは退屈さから空を見上げ、長く大きな欠伸あくびをする。早朝から活動を始めたこともあり、天上の太陽ソルいまだ朝の陽光ひかりを放っている。


 エルスはまぶしさから目をらすように、商品棚へと視線を移した。


「俺は別に、お宝探しのために来たわけじゃねェんだ。俺には、大事な目的が……」


 エルスは何気なく、殺風景な商品棚の中でもひときわに目立っている、虹色の石で出来た〝守護符アミュレット〟を手に取った。


 その光沢のある石の表面には、退屈そうな自らの顔が映っている。


「早く、奴を……。〝魔王〟を倒さないと――」



 ◇ ◇ ◇



 十三年前。それはエルスが七歳となる、誕生日での出来事だった。

 この喜ばしき日に彼はとつじょとして、多くの幸せを奪われた。


 唯一の肉親である自らの父。それに親友・アリサの両親。

 そんな彼らの命を奪った存在こそが、他ならぬ〝魔王〟だった。


『父さんッ……! 神さまお願いですッ! 誰かッ! 助けてくださいッ!』


『神にすがまわしいガキめ! おろかな父親と共に、滅びるがいい!』


 幼いエルスの願いもむなしく、彼の目の前で父は倒され、魔剣を手にした魔王が迫る。そして恐怖に負けたエルスは、その場で意識を失ってしまった。



『――おい。生きてんだろう? いい加減に起きろ、チビ』


『ううッ、魔王が……。あれ? 冒険者……さん? 魔王は? 父さんは……?』


『もう居ねえよ。両方な』


 やがてエルスは、ぼうな男の声で目を覚ます。ぜったいぜつめいのエルスであったが、この〝冒険者〟によって魔王は倒され、どうにか生き延びることができたのだ。



『冒険者になりたいなら、まずは甘ったれた根性を何とかしろ。いいな?』


『はい……。頑張ります……じゃなくて――頑張るぜ……』


『才能はある。だが、まずは心をきたえろ。剣術もだ。――あとは仲間をみつけて強くなれ。じゃあな』


 魔王を倒し、エルスの命を救った冒険者は、のちに〝勇者〟の称号を得ることとなった。その冒険者・ロイマンへの憧れは、絶望に呑まれかけたエルスの心の支えとなり、やがては自身も冒険者を目指すという、未来への希望となるのだった。


 それにきょうは未だ、完全に消え去ってはいない。

 あの時、目覚めたエルスの頭には、倒されたはずの魔王の声が響いていたのだ。


 『次はキサマだ!』という、不気味でまがまがしい声が――。



 ◇ ◇ ◇



「奴は、まだ生きてるッ! 俺は強くなって、絶対に魔王を倒すッ!」


 エルスは嫌な記憶を振り払うようにくちびるを噛み、強く拳を握りしめる。


 ――そして、ふと我に返った。


「うッ……? わわわッ!? やべッ、やべェ……ッ!」


 握りしめた彼の手の中で、大事な商品がボロボロとくずれ――大半が〝虹色のすなつぶ〟へと変わり果てようとしていた。


「やっちまったな……。これはタダ働き――いや、下手すりゃ神殿騎士に突き出されて、牢獄行きだぞ……」


 近くにあったあきビンに〝砂粒〟を詰めながら、エルスは大きく落胆する。これの正体と価値に、彼は心当たりがあったのだ。


「やっぱ〝せいれいせき〟だよなぁ……。しかも虹色の……」


 エルスは恐る恐るカーテンの方へと目をるが、かなりの大声で騒いだにもかかわらず、店主に気づかれた様子はない。やはりとあの部屋との間には、音などをしゃだんする魔法がけられているようだ。



「ええいッ、後悔しても仕方ねェ! こうなったら、売り上げでばんかいしてやるぜッ!」


 エルスは前向きに気持ちを切り替え、改めて商品棚を確認する。


 魔物の爪や角。不気味な目玉らしきモノ。

 これらの地味な〝素材類〟をはしへ寄せ、カウンターの中央には高単価の〝どう〟のたぐいを並べなおした。


「おッ? この銀のナイフには、呪文が刻んであるな。それとこっちの魔道具は、もっと値上げしても売れるはずだ――。あとは、悪趣味な杖が二本か……」


 大通りには相変わらず、多くの人々が行き交っている。


 己の失敗を取り返し、この依頼を成功させるべく――。

 ひとり、エルスは気合いを入れる!


「よしッ、ガンガン売ってやるぜッ! 全力必中で、戦闘開始だ――ッ!」

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