第4話 陰謀

ルミは茶色いふくろうのデザインの少し小さめのリュックをしょってきていた。着替えを持ってきたのだろうと思ったが、本人に無断で中身を見るのは遠慮していた。


私:「ところで、ルミ。リュックに何を入れてきたの?」


ルミ:「あ、忘れてた」


ルミはリュックを逆さまにしてベッドの上に中身をぶちまけた。リュックの中身はほとんどお菓子だった。遠足にでも行くつもりだったのか?


私:「ルミ。家出するんなら、着替えくらい持ってきなよ」


私はあきれて言った。


ルミ:「パンツはミユに借りればいいし。何はなくとも食料かなと思って」

私:「遠足じゃないんだしさ。下着くらいは持ってきなよ。次、来るときは」

ルミ:「そっかー。ごめん。次からはそうする」ルミはちょっとしょげた。

私:「訂正。次からは家出しないように。とりあえずウチならいいけどさ」

ルミ:「あ、でも、コレ、持ってきたよ。お泊まりセット」

私:「は? ナニそれ?」 黒いビニールバッグだった。

ルミ:「さあ。ここ来る前に、フミのとこに寄ったんだ。そしたらコレくれた」

私:「フミ? 同級生なの?」

ルミ:「そう。今までに何度も家出してる。家出のベテラン。家出の師匠だよ」

私:「それはそれは大変な師匠だこと。で、中身はなんなの?」

ルミ:「知らない。開けてみよっか」


ルミはバッグのジッパーを開けて中身をぶちまけた。


ハンドタオル、歯ブラシ、スキンケア用品、シャンプーリンスなど旅行用品が散らばった。生理用ナプキンはいいとして、避妊具や安物の透けショーツまで入ってる。なるほどね。フミって子は確かに家出の大師匠だ。


ルミが避妊具の袋を手にとってつまみ、首をかしげて不思議そうにしげしげと見ている。私はルミの手からそれをさっと奪い取ってゴミ箱にほうりこんだ。初めて見たのか?


ルミ:「あっ。ナニするの?」私はゴミ箱をのぞきこもうとするルミを押し留めた。

私:「いいの。あれは私たちには必要ないものだから」

ルミ:「私たちに必要ない?」ルミがまた首をかしげている。

私:「そう。フミちゃんには必要でも、私とルミには必要ないの」

ルミ:「ふーん。そうなんだ」ルミはちっともわかっていない。


が、それでいい。あんなものは必要ない。だってルミは私のものなんだから。



髪をほどいているルミは本当にカワイイ。でも巻き毛はうっとうしいとルミは言う。


ルミ:「いいなあ。ミユの髪はゆるふわウェーブで」私の髪をいじりながら言う。

私:「そう? ルミの髪もキレイだと思うけどな」ルミの髪を手に取って言った。

ルミ:「クルクルはうっとうしいんだよ。ホント、ショートがいいんだけどな」

私:「うーん。やっぱそれじゃもったいないよ。肩までにしたらどうかな」

ルミ:「そうだね。とりあえず首まわりに絡みつかない長さにしたいな」

私:「もったいないけどなー。でも、手入れが大変だものね。仕方ないか」


ルミが黙ってベッドの上で膝を抱えた。ちょっとゆううつそうに天井を見てる。


ルミ:「わたしね。ママとクルクルのことでケンカしちゃったの」

私:「ヘアスタイルをどうするか、ということね?」

ルミ:「わたしはショートにしたいって言ったの。面倒だしうっとうしいから」

私:「ママに反対されたの?」

ルミ:「そうじゃなくて。自分でちゃんと手入れできるようになれって言われた」

私:「そうだね。次、中学3年になるからね。自分でやるのが普通だよね」

ルミ:「わたし、そんなのできないよ。だったらショートにするって言ったの。そしたら、ママ怒っちゃって。ヘアケアも自分でできないなんて、犬と同じだって言われちゃった」


私はこっそり笑った。ママの言うとおりだ。

短毛の猫は自分でヘアケアしてるからね。


ルミ:「だいたいさ。わたしのクルクルはママに似たんだよ?責任はママにあるんだよ?それなのに、わたしのこと犬と同じってさ。そんな言い方ってひどいと思わない?」

私:「でも、ママは自分の髪は自分で毎日手入れしてるんじゃないの?」

ルミ:「まあね。でも時間と手間の無駄だよ。髪なんてわたしはどうでもいいもん」

私:「ルミはもっとオシャレしなきゃ。カワイイんだからさ」


私にはママの気持ちがわかる。


ルミ:「クルクルロングじゃないとわたしは可愛くないの?」ルミがしょげて言う。

私:「そんなことない。そんなことは絶対ないよ。うん。ルミはカワイイよ」


ルミは黙って、また天井を見ている。なんだ。それがプチ家出の理由か。私はまたこっそり笑った。もちろんルミに気づかれないように。



その日の夜は、母が夕食のカレーライスを部屋に持ってきてくれた。今夜はルミの悩みをじっくり聞いてやれという母の気遣いなのだろう。私とルミはガラステーブルで向き合ってカレーライスを食べた。私は膝を揃えて横すわりだが、ルミはあぐらをかいて食べている。


ルミ:「ミユんちのカレーは美味しいね。ウチと何が違うのかなあ」

私:「そう? 隠し味に何か入れてるのかもね。今度母に聞いてみるよ」

ルミ:「ウチのカレーは辛いんだよー。ラナとリサは美味しいって言うんだけど」

私:「あれ? 辛いのは苦手だっけ。ルミは」

ルミ:「そうでもないけど。なんか辛さがエスカレートしてるみたいな気がする」

私:「え~? そうなの?」私は笑った。ルミだけが辛さに気づいているのか?

ルミ:「前はそんなに辛くなかった。ママはラナとリサにダマされてるんだよ」

私:「そうなの?」


ぷっ。ダマされてるだって? 私は吹き出しそうになった。


ルミ:「絶対ラナとリサの陰謀だよ。甘すぎるとか言ってママをダマしてるんだ」

私:「そっかー。桜木家はカレーの味をめぐって陰謀が渦巻いてるんだねー」

ルミ:「わたしだけが知らされてない秘密がいっぱいあるような気がするな」

私:「カレーの味以外でも?」

ルミ:「うん。クルクルにしても、姉妹でわたしだけってのは、きっと陰謀だよ」

私:「そう? 遺伝に陰謀は効かないと思うけどな」

ルミ:「そうかな?なんかわたしだけワナにはめられてる気がするんだけどなー」

私:「考えすぎだよ。ルミ」


私はまじめに話すルミがおかしくてたまらなかった。



そんなことをいろいろしゃべりながら、私とルミは楽しい時間を過ごした。ウチに泊まっていくことなったルミと私は、夜、一緒にお風呂に入った。狭いお風呂だけど、二人で入るとなんか旅行に来たみたいで楽しいとルミは喜んでいた。


私はシャンプーしたけれど、ルミは昼間洗ったからシャンプーはいいと言ってしなかった。乾かすのが面倒なのだろう。昼間のお返しと言って風呂上りにドライヤーを当ててくれた。ブラッシングしながら「ミユの髪はまっすぐでいいねー」と本気でうらやましがった。ルミは自分のことがまるでわかっていない。でもそこがまたルミの魅力なんだけどな。



私はまたこっそり笑った。



夜は私の替えのパジャマを貸してあげた。


ルミ:「うわ。カワイー。ミユ、こんなの持ってたんだ。でもちょっとおっきい」

私:「そうでもないよ。まあ、ちょっとだけ大きいかな」


赤とオレンジのハートを散らしたレモンイエローのパジャマにルミは喜んだ。



ちょっと早い時間に私とルミは一緒にベッドに入った。ルミは体を突っついたり、顔をくっつけたりしてきた。二人でキャーキャーやってるうちに、ルミは寝息をたてて寝てしまった。


私:「はあ。やれやれ。ルミは子供だな。もう寝ちゃったか」


私はルミの寝顔をしげしげと眺めた。まつ毛が長いこと。ルミに付けまつ毛はいらないな。明日は朝食後に家まで送るかな。それともどこか遊びに行こうかな。などと思ってると、ルミがパッチリ目を開けて、いきなり唇を押し付けてきた。不意打ちだ。卑怯だぞ。ルミ。


私は、顔中に何度もキスされてやっと解放された。まるで子猫みたいだ。


私:「狸寝入りしてたの? ルミ。」

ルミ:「エヘ。そう簡単に眠れるわけないでしょ?だってミユと一緒なんだもん」


オデコをくっつけ合って2人で笑った。


その夜、日付が変わる時刻まで、私とルミはベッドでふざけ合って過ごした。






エピローグ



次の日、私とルミは久しぶりにちょっと遠くの遊園地に行って遊んだ。何組もカップルが歩いている中で、私とルミは恋人つなぎでくっついて歩いた。長いポニテを揺らせて大きな声ではしゃぐルミはひときわ目立って華やかだった。通りすぎるカップルが驚いた顔で振り返って見るのが愉快でたまらなくて、そして嬉しかった。私はルミが自慢だった。こんなキレイな子を独占してる自分を自慢したかったのだ。



夕方、私はルミを自宅の前まで送り届けた。


ルミ:「ありがと。ミユ。楽しかった。また行ってもいい?」嬉しそうに笑った。

私:「私も楽しかったよ。ルミ。また来なよ。待ってるから」私も笑った。


ルミが小さく手を振って門を入っていくのを、私も手を振って見送った。


私が立ち去ろうとしたとき、ルミが走って戻ってきた。


私:「ナニ? 忘れ物?」

ルミ:「そ。わすれもの」


ルミが抱きついてきて、私の唇にチュッとキスをした。



巻き毛のポニテを揺らせて玄関に走っていくルミを見送りながら、私は思った。今度会うときには、あの巻き毛は肩までになってるんだろうな。やっぱり残念。かな。





おわり。

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ルミのプチ家出(全4回) 黒っぽい猫 @udontao123

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