第3話 キス

私は、ルミが脱ぎ捨てた服をきちんとたたんで椅子の上に置き、部屋を出ようとして、立ち止まった。ベッドで寝ているルミは熟睡していて、当分は起きそうになかった。私はルミの寝顔を見にもう一度ベッドに近寄り、ルミの唇にキスをしてから部屋を出た。



部屋を出てトイレに行き、洗面所で顔を洗った。自分の顔をじっと見ながら私は思った。去年の冬にルミにキスをしてからあと、私はルミに対して歯止めが効かなくなっている。危ないな。私はチャンスさえあればルミと一線を越える行為をしてしまうかもしれない。



でも、私とルミは女の子同士。その場合の「一線」て、何だろう? 仮に私たちが今より先に進んで愛し合うような関係になったとして、私たちはバージンのままだ。私は自分の顔をしげしげと眺めながら、ルミをカワイイと思うことに罪悪感を持つ理由がないことを頭では納得しながらも、何か後ろめたく感じることにモヤモヤした気持ちを拭えなかった。



ダイニングにいくと誰もいなかった。母は買い物に行ったらしい。今日は平日だった。私はトーストに目玉焼きとベーコンの簡単な朝食を作って自分で食べた。トーストにはオリーブオイルにシナモンパウダーをかけて食べるのが私のいつもの朝食だった。ルミが起きたら、これにたっぷりお砂糖をかけてやらないといけないなと私は思った。



昼までには時間があった。私は昨夜読んでいた小説の続きを読もうとして、部屋に本を取りに戻った。ルミは相変わらず静かに眠っていたが、寝返りをうって横を向いていた。掛け布団を巻き込んだらしく、壁側を向いたルミのお尻と太ももがあらわになっていた。服を脱いで、下着のまま布団に入って寝てしまったルミはパジャマを着ていなかった。水色のシンプルなショーツを履いたルミのお尻と太ももに私は釘付けになってしまった。


ああ、私は何を考えているんだろう? 私が男の子だったらルミを襲ったかも知れない。私は掛け布団をかけ直してやった。なんて無防備なルミ。まあ、私は女だし。イトコだし。目的の本を手に取ると、私は頭をブンブン振りながら部屋を出た。ルミを見ているとナゼ私はこんな気持ちになってしまうんだろう。私はもともとレズビアンだったのだろうか? それならそれでいい。ルミが相手なら私はレズビアンとして堂々とルミを愛するだろう。



昼過ぎても母は帰ってこなかった。母は今日パートの日だったのを思い出した。

午後1時を過ぎた頃、ルミが起きてきた。ルミは下着のままでダイニングに入ってきた。


ルミ:「あ、おはよう」


くるくる巻いた髪の毛がさらに巻いて胸のあたりを覆っている。


私:「ルミ! 裸じゃ風邪ひくよ。すぐシャワー浴びなさい」

ルミ:「うん。でも、おなかすいたー」

私:「それはシャワーのあとでね。とにかくシャワー浴びて服着なさい」


私はルミのママみたいな口調で言った。


ルミはおとなしく言われたとおり浴室へ向かった。シャワーの音が聞こえてくる。サイズが違うからブラはそのままとして、ショーツはこの前に買った新しいのを置いておいた。ちょっとオシャレな飾りがついたピンクのショーツだった。


これ、ちょっと高かったんだけどな。まあ、ルミに履いてもらったほうが幸せかもね。などと考えながら、ルミにあげることにした。ルミのショーツは洗濯機に入れた。


洗濯機に放り込む前に、ルミの体温が残ってるショーツをほほに当ててみたのも、ちょっと匂いをかいでみたのも、誰にも内緒だ。知られたらヘンタイだと思われしまう。いや、私はすでにヘンタイなのかもしれない。それならそれでいい。相手がルミなら。



シャワーを浴びて出てきたルミの髪を、私はバスタオルでキレイにふいてドライヤーで乾かしてやる。巻き毛の手入れは大変だ。ブラッシングしてヘアケアしながら、これをルミのママが毎日やってることを思い出した。前に会った時ルミは「ショートにしたい」と言ったのだが、私は「もったいない」と言ってとめたのだった。



毛の長いペットの犬をシャンプーしてドライヤーを当てている飼い主の様子が思い浮かぶ。ルミは「自分でこれをやるくらいならショートでいい」と言ってるらしい。確かにそうだ。しかしルミの巻き毛を見てるとこれをロングで見せないなんてあり得ないと思ってしまう。もっともルミならショートでも十分カワイイ。巻き毛の手入れはママの趣味なのだろう。



服もルミに貸してあげると言ったのだが、ルミは着てきたのでいいと言ってそのまま着た。ルミはオシャレではない。カワイイ服を着てる時は、たいていママのチョイスによるものだった。本人は多少汚れていても気にしないくらいルーズなところがある。放っておくとお風呂に入らず寝てしまう。ルミはそういう意味で残念な女の子だった。



ルミの髪を整えながら私は思う。キレイな子はキレイにする義務がある。ルミはメイクが必要ないくらいそのままで十分カワイイが、メイク次第でもっとキレイになれる。美しい子がもっと美しくなる努力を怠るのは、美に対する冒涜だ。ルミはそんな私の思いなど知る由もなく、巻き毛の先をいじっている。その姿がまた胸がキュンとなるくらいにカワイイのだった。



私のルミに対する思いはもはや病的と言っていいかもしれない。ルミは何をしていても、どんなポーズでいてもカワイイのだった。シナモンシュガーをたっぷりかけたトーストをボロボロ砂糖を落としながらかじるルミ。なんて不器用な食べ方。なのに、カワイイ。


私:「ああもう、ルミったら。口のまわりがお砂糖だらけだよ」


ルミ:「え? ああ、うん」


目をパチパチさせてる。子供みたいにあどけない。


手の甲で口をふこうとするルミの手首を掴み、口をティッシュでふいてやる。ルミはされるがままになっている。母猫に舐めてもらっている子猫みたいだ。


ルミ:「ありがと。ミユ」 


ルミが笑った。その笑顔がまた、超カワイイ。


私:「もっとキレイに食べられるようになろうね。ルミ」


ルミがこっくりうなずく。



そんなルミを見てると、私は自分の顔がゆるんでしまうのを抑えることができない。


ルミはまるで自分の家の台所みたいに勝手に冷蔵庫を開けて何か探している。時々ウチに遊びに来るルミは私の妹みたいなものだ。ウチの母もそう思ってるらしい。ラナやリサ、イトコは他にもいるが、ルミは特別だった。まったく遠慮がないというのか。


ルミはミルクを取り出してコップに注いで飲んでいる。口の端からひとすじ垂れた。



私:「あ~あ~、ルミ。垂れてるよ」


私は急いでティッシュであごから口を拭いてやる。


ルミ:「ありがと。ミユ」


ルミがまたニッコリ笑う。ルミ、その笑顔は反則だよ。


ルミはなんでもこの笑顔で許されてしまう。


子供の時からそうだったなと私は思った。



そのあと私とルミはベッドに並んで座っていろんな話をした。ルミはうんうんうなずくが、ちっとも話がわかってなかったりする。それでもルミはカワイイからそれでいいと思う。頭が悪いわけではないが、あんまり勉強しないルミの成績が良いはずはなく、姉二人とは違って私立の女子学園は最初から受験せず、親も何も言わなかったらしい。



ところでルミはなぜプチ家出したのだろう? ルミはなかなか話そうとしなかった。






つづく。

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