第2話 巻毛

桜木 ルミ は私の母方のイトコだった。私より2つ年下の中学2年。この春に3年になる。来年は高校受験だが、あまり勉強熱心とは言えないらしい。ルミの母親は教育にきびしいほうではなかったから、進路のことで両親とケンカしたなどという理由ではないのだろう。では、何があったのだろう?私は着替えながら考えてみたが心あたりはなかった。



髪をとかしながら、私はルミの巻き毛を思い出していた。小さい頃のルミのことを。



私は小学校3年まで秋田で育った。冬は雪が多く、毎朝起きてすぐ、家族全員で雪かきとつらら落としをするのが日課だった。雪かきは大変なので子供はつらら落としの役だった。小学4年の春に東京に引っ越して来た。東京はまるで別世界のように何もかも違っていた。



学校に行くと当然知らない顔ばかりで言葉も違っていたので、しばらくなじめなかった。それでも、私以外にも今年転入してきた子で一見してわかる外国人の子が何人もいたし、東京では転入や転出が多いらしくて、田舎のように転校生のイジメなどはなかった。



それに、ラッキーなことに同じ小学校に母方のイトコの桜木姉妹がいたので、孤立せずにすんだ。母の兄:桜木 漣(さくらぎ・れん)の子供たちで、三姉妹だった。長女のラナは小学校を卒業して今は私立の女子学園の中等部にいたが、次女のリサは6年生で児童会長をしていた。三女のルミは私より2歳年下で小学2年だった。



ルミは薄い茶色の長い巻き毛をツインテールにしていて、一見して目立つ少女だった。びっくりするくらい大きな目。瞳は茶色。赤くて大きめの口。ひときわ白い肌をしていた。いつもニコニコしていて大勢の中にいてもすぐにわかるくらい華のある女の子だった。ルミはその容姿で誰からも可愛がられていたが、姉のリサというバックボーンもあった。



リサはルミと違って髪は真っ黒のストレートで、活発な少女らしくショートボブだった。飛び抜けて成績優秀というわけではないが、成績もよく、運動もでき、リーダーシップもあった。そしてリサは「テコンドーの達人」としても知られ、関東大会の小学生部門で準優勝した実績もあった。高校生の不良3人を得意の蹴りで倒したという噂まであった。



リサとルミは髪の色も瞳の色も全体の雰囲気も全く違っていたが、目鼻立ちは似ていた。くっきりした二重まぶたと筋の通った鼻。大きめで形の良い唇。肌の白さもよく似ていた。ただ、リサはルミのように誰にでも愛想よくニコニコしたりせず、キリッとしていた。姉妹の雰囲気の違いは顔立ちより、そういう普段の仕草や表情にあったのだろう。



リサの2つ上に長女のラナがいたが、リサとラナは髪の色や瞳の色が同じで漆黒だった。中2のラナはロングストレートの黒髪をポニテしてたが、姉2人は雰囲気もよく似ていた。薄い茶色の巻き毛は母親似のルミだけで、姉妹でもルミが際立って目立っていた。



私自身はリサやルミとは顔立ちが違うと思っていたが他人が見るとやはり似ているらしい。リサとルミのイトコだと言うと納得したようにうなずく人も多かった。私のどのあたりがリサやルミと似ていたのだろう? 今鏡で自分の顔をしげしげと見てもよくわからない。



学校の帰り道、私はルミと一緒のことが多かった。ルミのボディガード役のリサの帰りが遅くなることが多くなったからだが、6年生になったリサが、今姉が通っている女子学園の中等部を受験するために進学塾に通うようになったこともあった。



先に授業が終わる2年生のルミは、友達と一緒に帰らずに私を待っていることが多かった。ルミはもともと人懐こい子だが、私は休み時間にルミにしょっちゅう会いに行ってたので、私はルミのお気に入りになっていたのだった。私にとってもルミはお気に入りの子だった。


ルミは私のことを最初「ミユキ」と呼んでいたが、姉2人を「ラナ」「リサ」と2文字の名前で呼んでいたせいか「ミユ」と呼ぶようになった。私は姉のラナとリサに対しては、母が呼んでるように「ラナちゃん」「リサちゃん」とちゃん付けで呼んだが、ルミは年下ということもあり「ルミ」と呼んでいた。



ルミはみんなから下の名前で呼ばれていて、先生ですら名簿を読み上げるとき以外は名字の「桜木さん」とは呼ばず、ルミちゃんなどと呼んでいた。他に同名の子がいても、「ルミ」「ルミちゃん」と言えば「桜木ルミ」1人を指す固有名詞と同じだった。それくらいルミは特別にカワイイ子として知られていた。



芸能プロダクションからスカウトされたという噂もあり、どうやらそれも事実らしい。それも何度もあったらしい。しかしルミの両親はカタブツなので我が子を見世物にするなんてとんでもないと断っていたらしい。ルミはメイクなどせずとも、普段そのままで十分に被写体としての見栄えのよさがあった。



そのため通学途中に勝手に写真を撮られ、ネットに「美しすぎる小学生」とキャプションを付けられて拡散されたこともあり、両親はピリピリしていたようだ。私もルミと一緒に下校途中に知らない人から写真を撮られたことが何回かあった。リサなら速攻スマホで逆に相手を撮影して警察に通報するところだが、私は2人してピースサインして見せたり全然ボディガードとしての役割を果たしていなかった。



友達ができてからも、ルミと一緒に帰るという私の日課は、小学校卒業まで変わらず、ルミは私にとって「スペシャルカワイイ存在」であり続けた。それは今も変わらない。もちろん、ルミの可愛さも。ルミは14歳になっても、スペシャルカワイイのだった。



ルミの可愛さは、しかし危なっかしい。なぜなら本人がいくつになっても子供っぽくて、自分の可愛さ、美しさ、他人に与えるインパクトを自覚していないからだ。この春には中学3年になり、身長も155cmを超えた。スリーサイズも、スリムではあるが「それなり」にオトナ体型になっている。顔は子供型からティーンエイジの魅力にさま変わりしている。そう。ルミは特別魅惑的な美しさを持つ「オーラを放つ美少女」に成長していたのだ。



すうすうと寝息をたてて眠るルミの長いまつ毛の顔を見ていると、その目鼻立ちや巻き毛や指先に至るまで、全身が端正に作られた人形のようでもあり、ほんとうに現実離れしたキレイな女の子だと私は感心する。ルミを見ていると、この美しさが永遠に続くようにと神様に祈りたくなる。ルミを自分だけのものにしたい独占欲すらわき起こってくる。



ルミが自分の魅力に気づいたとき、ルミ自身が自分の人生をどうするのかを決めていくことになるだろう。そのときにドロドロした世間の欲望に翻弄されないように、ルミは自分自身を守って正しい判断ができるだろうか。そのとき私はルミのためにどんな役割を果たしていけばよいのだろうか? 私はルミの前髪を撫でながらそんなことを思った。






つづく。

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