自称幼馴染が俺との思い出を捏造してくるんだが

ぴとん

第1話 自称幼なじみ

「あっやば。教科書忘れてきた」


 次の授業は古典である。課題として出されていた現代語訳を書いたノートはリュックに入れていたのだが、教科書のほうを机に出しっぱなしにしてしまっていたらしい。


「ん、山田くんそれはたいへん。見せてあげる」


 困っていると、隣の女子の水瀬さんが、机をくっつけて、教科書を開いてくれた。


「ありがとう助かるよ」


 お礼を言うと、水瀬さんは気にしないで、とにっこり笑った。


 新しいクラスになってしばらく経つが、優しいクラスメイトが隣の席になってくれたのは幸運だった。


 俺はあまり友達作りが得意な方ではなかったが、誰とでも壁をつくらずに接してくれる水瀬さんが近くにいたおかげで、俺は孤立せずにすんでいる。


 授業が終わり、昼休みに入った。水瀬さんは机を離して、教科書を片付ける。


「ありがとね」


「気にしないで。……あっそうだじゃあお礼に山田くんのお弁当のおかず1個もらっちゃおうかな」


 そんな程度でいいのか、と俺は弁当の蓋をあける。


 両親が朝忙しいため、俺は自分で弁当をつくっている。料理慣れたものなので、水瀬さんを満足させる自信があった。


「うわ〜おいしそうっ。どれ貰おうかな〜」


 ウキウキと弁当箱の中を覗きこんで、吟味する水瀬さん。水瀬さんの顔が近づいたとき、ショートボブからふわりといい匂いが届いた。いいシャンプーを使っているようだ。


「決めた、このミニハンバーグもらいまーす。ふふ、おいしそ」


 水瀬さんが弁当に箸を伸ばす。


 そして、ハンバーグを掴んだとき。


「なにしてるんですか?」


 とつぜん冷たい声が、俺と水瀬さんの間を通り抜けた。


「ひっ!?」


 驚いた水瀬さんは、ハンバーグを掴みそこねる。そこを見逃さず、声の主はすかさずマイ箸を取り出して、俺の弁当箱からターゲットのハンバーグを奪い取った。


「パクっもぐもぐ…うん!相変わらずおいしいですね!」


 俺はげんなりとして、簒奪者の彼女を見る。


「行儀悪いよ、黒木さん」


「えへへ。だって山田くんのハンバーグが盗られそうだったんですもの」


 頬袋を動かす黒木さん。まるでリスだった。


「………あはは」


 水瀬さんはおずおずと、行方を失った宙ぶらりんの箸を引っ込める。


 黒木さんは、そんな水瀬さんに勝ち誇るように胸を張った。


「ふん、山田くんのお弁当を食べれるのは幼なじみの特権なのですっ」


 俺はその光景に頭が痛くなった。


 気心知れた幼なじみが、他人様にご迷惑をおかけしているから……ではない。


 黒木さんは、前の席の椅子をくるりと回転させ、俺の机のほうを向けるとそこに座った。


「さっいっしょに食べましょう?昔みたいに」


 窓から風が吹き込み、黒木さんの長い黒髪がたなびいた。舞起こった香りは、うちのシャンプーと同じ香りだった。



 黒木さんとの出会いは、昨年の4月、高校一年生の春に遡る。俺はここで同じクラスになった黒木さんとはじめて出会った。


 そう。


 俺と黒木さんの仲はほんの1年ていどなのだ。


 幼なじみというには、程遠い年月の付き合いしかない。


 それなのに、なぜか黒木さんは俺の幼なじみを自称してくるのだ。


「次の授業はうちのクラスと合同の体育ですよ。球技をするそうです。球技といえば、あのときを思い出しますね……」


 黒木さんは、持参した惣菜パンを片手に、遠い目をする。


「あの時?」


「小学校の時、日曜日は毎週のように山田くん家の庭でバトミントンをしたじゃないですか」


 水瀬さんは、チラリと俺を見る。


「そうなの?」


「いや」


 うちはマンションである。


 明らかな過去の捏造である。黒木さんは俺に否定をされても、気にしなかった。


「あのときはずいぶんラリーが続きましたよね。2人とも息ピッタリで、朝から夕方まで一回も落とさず、100ラリーはしたでしょうか」


「朝から夕方までノーミスにしては100ラリーは少なくない?」


 思わずツッコんでしまった。そうとう上空に打ち上げあったのだろうか。


 まあ。


 そもそもそんな思い出ないんだけど。


「そういえば水瀬さん、お礼はまた今度するよ」


 俺は黒木さんから視線を外して、水瀬さんに語りかける。水瀬さんは手を振った。


「ぜんぜん!も…いいって」


 もういいって、と言いかける水瀬さん。こんなことに巻き込まれるくらいなら恩はいらないという内心なのだろう。


 黒木さんは、うん?と首を傾げる。


「お礼?山田くんはなにかしていただいたのですか?」


「ん、さっき教科書忘れて見せてもらったんだけど」

 

 まあ、と黒木さんは口を覆った。そして、姿勢を正すと、先ほどまでの失礼な態度はどこへやら、水瀬さんに深く頭を下げた。


「うちの山田くんがすみません。昔からそそっかしい子で……」


 保護者のような振る舞いをされた。水瀬さんは助けを求めるように、と俺を見てくる。


「やめてよ黒木さん。恥ずかしいから」


「恥ずかしいのは山田くんでしょ?もう、忘れ物なんてして……しっかりしてください」


 頼れる幼なじみのオーラを出す黒木さん。なお、去年同じクラスだったのでわかるのだが、黒木さんの方が圧倒的に忘れ物は多い。


「次に忘れ物したら私を頼ってください貸してあげますから」


「はいはい……」


 俺は軽くいなす。しかし、軽くいなした方が幼なじみっぽくなってしまった。全然違うのに。


 このクラスの何人かには、ほんとうに俺と黒木さんが幼なじみだと勘違いされている。


『え?山田くんと黒木さんって小中学校すら同じじゃないの?』


 と、かなり驚かれたりもした。


 時計を見ると、そろそろ昼休みも終わりそうだった。黒木さんはパンを食べ終わり、椅子から立ち上がると、俺を指差した。


「じゃあ私はもう行きますけど、あとで体育館で会いましょうね。遅れないように5分前行動してください」


 適当に相槌をして、黒木さんの背中を見送る。


 水瀬さんは、机を片付ける俺に聞いてくる。


「えっと、付き合ってもいないんだよね」


「うん」


「……というか付き合えば?」


「それは……」


 モゴモゴしてしまう。実のところ黒木さんは美人である。あんな子と付き合えたら、光栄なことだろう。


 しかし、思春期特有の照れから、俺はこう言った。


「幼なじみって兄妹みたいなものだから付き合うとかはないかな」


 水瀬さんは苦笑した。お似合いだと思うよ、と。


 体育の時間は、なんだかんだ黒木さんとバトミントンをすることになった俺なのだった。

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