北極星から来た鞍馬天狗     

三崎伸太郎

第1話

5分で解決探偵、あらわる(ミステリー)

北極星から来た鞍馬天狗     三崎伸太郎


小学五年のジュンちゃんは虐(いじ)めにあっていた。親が貧乏なのに「可愛い」そして「学校の成績がよい」と云うのが理由らしい。バカな話だ。親と子を一緒にするなんて・・・でも、少しは影響するかもしれない。ジュンちゃんは、小さなネズミだけが友達だった。ネズミは、黒い頭に星の形の白い斑点がある。ネズミは、ジュンちゃんが経済的に恵まれない親を思いながら夜空で北極星に手を合わせていた時に、現われた。

キラリと星が光ったと思ったら、ジュンちゃんの近くにあった自転車のサドルの上で小さな生き物が光を受けていた。黒いネズミがジュンちゃんを見ていた。

「やあ、ジュンちゃん」と、ネズミは言った。

「あれ?ネズミさんは話せるの?」

「もちろんさ。僕は鞍馬天狗だ」

「鞍馬天狗?」

「そうだよ」

でも、ジュンちゃんは鞍馬天狗を知らなかった。ずいぶん昔にテレビで活躍した主人公だから、現代の子供は知らない。

「どうして、泣いていたんだい?」鞍馬天狗が聞いた。

「泣いてなんかいないもの・・・」

ネズミは、ジュンちゃんの顔を眺めるようにして言った。

「涙がでているよ」

ジュンちゃんは手で目をこすり「泣いてないもん」と、再び言った。

「そうかい、それならいいや。でも、君は友達が欲しいそうだね」

ジュンちゃんは友達が欲しいと北極星に手を合わせて頼んでいた。

「うん・・・」

「僕は、鞍馬天狗だから、君の友達になろう」

ネズミは、少し大げさに手を広げてジュンちゃんに言った。

「どうして? 鞍馬天狗さんが私の友達になってくれるの?」ジュンちゃんは素直に聞いてみた。

「え?」あいては、少し驚いて「コホン」と、咳払いをした。

ネズミは二本の後足で立ち上がると後ろで手を組み、サドルの上をクルクルと数度回って言った。

「それは、ジュンちゃんのお母さんの頼みなのさ」

「お母さんの?」

「そう」

「でも、お父さんがお母さんは天国だって言ったけど」

「そうだよ。でも、僕はジュンちゃんのお母さんが亡くなる前に頼まれたんだよ。君の友達になってほしいって」

ジュンちゃんは、ここで思い出した。お母さんは絵本作家だった。お母さんの書いた数冊の絵本に出てくるネズミ、確かあのネズミの頭には星のマークがあった。

「ねずみさん。少し待ってて。お母さんの本を持ってくるから」

ジュンちゃんは、お母さんの書斎だった部屋に行くと、本箱から絵本を取り上げた。

「北極星から来た鞍馬天狗」と、絵本に書いてある。中を開けてみると、外の自転車の上にいたネズミと同じだ。

ジュンちゃんは、外に戻った。

「ネズミさん。お母さんの書いた絵本に、あなたのことが書いてあるわ」

「そのとうり。僕は、君のお母さんに助けられたことがあってね」ネズミは立ち上がると腕を後ろに組んで歩きながら答えた。

「お母さんが? じゃあ、ネズミさんお母さんを知っているんだ」

「宇宙船がこわれてこの庭に不時着してね。君のお母さんに助けてもらったわけさ。君は、未だ赤ん坊だったので知らないと思う」

「そうなんだ。お母さんがネズミさんを・・・」

「ま、そういうこと。それでだ、何かお礼をと云うと、生まれた子供の友達になってほしいと頼まれた」

「だから、お母さんが私に言ったんだ。寂しい時には北極星に手を合わせなさいって」

ネズミは、二三度頭を振って肯定した。「じゃあ、今日から私は鞍馬天狗さんとお友達になれるのね」

「その通り。僕は、ジュンちゃんが幸福になるまで一緒さ」

「ワッ、うれしい。じゃあ、ネズミさんのお家をつくるね」

ジュンちゃんはネズミを手の中に入れて家に戻った。父親は売れない小説家で、夜はラーメン店で働いている。

家には誰もいなかった。

ジュンちゃんはネズミを机の上に置いた。

「ネズミさん、ここでまっててね。今お家を探してあげるから」ジュンちゃんはネズミの住めそうな箱を数個探して持ってきた。

一つを取り上げて、ネズミに聞いた。

「こんな家はどうかしら?」オンライン販売のアマゾンの空箱だ。

「そうだね。でも、僕はジュンちゃんといつも一緒にいたいので、君がいつも身につけているものを見せてくれるかい?」

ジュンちゃんはお母さんに作ってもらったピンクのかわいらしい袋を見せた。学校に行く時に色々なものを入れて運ぶ袋だった。「なもと じゅんこ」と書いた母の刺繍がある。

「これが良いね。住み心地がよさそうだ」

「でも、この中には私の小学校のお勉強に使うものが入っているのよ」

「大丈夫さ。ぼくは、袋に貼りつくからね。見ててごらんよ」

小さな星のマークが光った、そしてピンクにネズミのイラストが浮き出た。

「ほら、これでどうかな?」イラストが言葉を話した。

「ほんとだあ。すごいね、鞍馬天狗さん。これで、いつも一緒にいられるよ」

「もちろんだよ。ジュンちゃんが幸福になるまで、僕はここにいるよ」

「有難う、鞍馬天狗さん」

ジュンちゃんはとても嬉しくなった。



あくる朝、ジュンちゃんはランドセルを背負うと、もちろんピンクの袋を肩にかけた。

「お早う鞍馬天狗さん。良い天気だよ」

「お早うジュンちゃん。出発進行」鞍馬天狗は、イラストの中で片手をあげた。

歩いて二十分ほどのところに小学校がある。

未だ少し早い時間なので、校内の生徒の数は少ない。自分の教室に行くと、仲良しのエッちゃんと仁志君がいた。

「『キッド・ナップ』って人さらいのことらしいよ」ジュンちゃんの近くの机で仁志(ひとし)君がエッちゃんと話をしていた。朝のニュースのことらしい。ジュンちゃんはエッちゃんと大のなかよしだ。エッちゃんは走るのが速く、陸上競技の選手。

仁志君はクラスの級長だ。

「ねえ、ジュンちゃん」と、言いながらエッちゃんが近寄って来た。

「おはよう」

「おはよう」エッちゃんは朝の挨拶を返して、

「ねえ、見た?」と、ジュンちゃんに聞いた。

「何?」

「ほら、ニュース?」

「ニュース?」

「驚いたわ? 私達の近くで人さらいなんて」

ジュンちゃんは、昨夜テレビを見なかった。宿題をしていたし、それに北極星から来た鞍馬天狗と、お母さんの話をしたり鞍馬天狗の家を作ったりしていたからだ。

「人さらい?」

「そ、仁志君は『キッド・ナップ』と、言ってたけど」

「誰かさらわれたの?」

「由梨ちゃん」

「エッ、由梨ちゃんが?」

由梨ちゃんは、大きな会社の社長の娘で同じクラスだった。大きなお屋敷に住んでいて、学校にはお抱えの運転手が送り迎えをしていた。あまり、仲は良くなかったけど、それよりも由梨ちゃん達は、親が社会的に恵まれている子供のグループで、リーダーだった。

エッちゃんやジュンちゃんとは、あまり親しくない。小学校6年生のクラスの子供達は、親の経済に影響されて自然に分かれている。

「塾の帰りにキッド・ナップされたんだって」

「どうして?」

「私のお母さんが言ってたけど、お金目当てだって」

「お金・・・」ジュンちゃんは経済的に恵まれない父親を思ってしまった。

「そ、私達はさらわれないって、おかさんが言ったよ。良かったね、ジュンちゃん」

「でも・・・由梨ちゃん、かわいそう」

ジュンちゃんの言葉に、先程から近くに来ていた級長の仁志君が「僕たちで、助けられないかなあ」と、小さく言った。

ジュンちゃんは直ぐに鞍馬天狗を思い浮かべた。

「助けられるかも・・・」

「えっ?」ジュンちゃんの言葉に、仁志君とエッちゃんは顔を見合わせた。

「オレたち、小学生だよ。警察が捜査しているのに。出来るの?」仁志君が言った。

「あ・の・ね。これは秘密よ」とジュンちゃんは、鞍馬天狗のことを話した。

「鞍馬、天狗? おかしな名まえ」最近の子供は誰も知らないのだ。50年ほど前テレビの中で鞍馬天狗が正義の味方だったことを。

「私、鞍馬天狗を知っているの」

「ほんとう?」

「うん」

「何処にいるの?」エッちゃんが聞いた。

ジュンちゃんは自分の机に行くと、ピンクの袋を持って来た。

「ここ」

「嘘だろ。それ袋だよ」仁志君が言った。

ジュンちゃんは、袋に描いてあるネズミを手で示した。

「この人が、鞍馬天狗さん」

「うそ、それイラストよ」エッちゃんが言った。

「でも、本物よ。困った時、助けてくれるんだって」

「信じられない!」仁志君とエッちゃんがそろって声を上げた。

すると、袋のネズミが動いてパッと白い煙が上がったら、黒い服を着た人が立っていた。

その人は「鞍馬天狗見参(けんざん)」と言った。

「鞍馬天狗?」皆が驚いて言った。ジュンちゃんも驚いた。ネズミが、人間の大人とは思わなかった。

「さよう。拙者はいかにも、鞍馬天狗。ところで、君達のお願いは何なの?」最初は古臭い言種(いいぐさ)だったが後は現代人の言い回しだ。

三人は頭を合わせて、どう説明するか話した。そして、キッド・ナップされた由梨ちゃんのことを鞍馬天狗に話した。

「そうねえ・・・」と、相手は頼りない。

よく見ると、鞍馬天狗は星のマークの付いた黒頭巾に和服、それに刀らしきものを腰に差している。テレビの時代劇に出てくる江戸時代の服装だ。もしかしたら、テレビのお笑い芸人かもしれない。

ジュンちゃんはピンクの袋に目をやった。ネズミのイラストは無かった。すると、目の前にいるのは、間違いなく北極星から来たネズミだ。

「君達、今日学校から帰りに、僕を誘拐(ゆうかい)のあった辺りに連れて行ってくれるかい?」と、鞍馬天狗は言った。

「いいよ。連れて行く」ジュンちゃんは言った。エッちゃんも、陸上の練習を休んで行くといった。仁志君は塾をずる休みして、みんなと一緒に行くと言い腕を組んで頷いた。正義の為だと仁志君が付け加えた。



放課後、三人は校門の近くにあるイチョウの木に集まった。仁志君はスマホを持っている。彼が由梨ちゃんのニュースを見せてくれた。

「この公園で由梨ちゃんがいなくなったんだって」仁志君が言った。

三人は頭を寄せ合ってスマホの画面に映し出されているニュースを見た。

由梨ちゃんは公園のブランコに乗っていて突然といなくなったらしい。そして、小学生の女の子が突然といなくなったから、誘拐されたのだろうと言われていた。

最後に由梨ちゃんを見たのは近くの砂場で遊んでいた幼稚園児で、由梨ちゃんは煙のようにブランコから消えたという。

「とにかく、この公園に行ってみよう」仁志君が言った。

「そうね。鞍馬天狗さんが放課後に連れて行ってくれと言ったもの」ジュンちゃんはピンクの袋を持ち上げて二人に見せた。イラストのネズミが首を振った。

「あれ、ジュンちゃん。ネズミさんが首を振ったよ」エッちゃんが言った。

「鞍馬天狗さんが由梨ちゃんを見つけてくれるかもしれない。急ぎましょうよ。由梨ちゃん、かわいそうだから」

三人は学校から公園に続く道に出た。公園はそんなに遠くない。20分ほども歩くと小さな林が見えてきた。公園のある場所だ。

公園のブランコには、誰もいなかった。滑り台に数人の小さな子供が親達と一緒に遊んでいた。

「どのブランコかしら」エッちゃんが言った。ブランコは三個ある。

「でも、このブランコに乗って消えたなんて変ねえ」

「オレ、乗ってみる」仁志君が勇気を見せた。ジュンちゃんとエッちゃんは少し怖かったけど、仁志君に続いてブランコに乗った。

三人が少しずつブランコを揺すり出すと、ブランコはキーキーと音を上げた。気持ちの良い風が顔に当る。仁志君は大きく揺すると、高く上がり「空がきれいだあ」と、言った。

ジュンちゃんとエッちゃんは空を見上げた。

「きれいな空、由梨ちゃんも見ているかもしれない」ジュンちゃんはブランコを停めると、肩にかけていたピンクの袋のネズミに話しかけた。

「鞍馬天狗さん。この場所から由梨ちゃんが消えたの」

直ぐに袋のネズミが動いてパッと白い煙が上がって、黒い服を着た人が立っていた。

「鞍馬天狗見参(けんざん)」と言った。

三人はブランコから降りて鞍馬天狗に近寄ると「由梨ちゃん、見つけられるの?」と、口をそろえて聞いた。

「いかにも」と、鞍馬天狗はブランコの方に行きフムフムと言いながら顎を擦った。 そして、三人に「由梨ちゃんは、次元の割れ目に落ちたようだね」と、言った。

「次元の割れ目?」三人は口をそろえて言った。小学生には少し難しすぎる。

「つまり、他の世界に迷い込んだわけさ」

「アメリカかしら?」エッちゃんが言った。

「中国?」仁志君が言った。

「では、少し計算してみよう」鞍馬天狗はジュンちゃんからノートを借りると、懐から万年筆を取り出した。ジュンちゃんは、この万年筆に見覚えがあった。お母さんが絵本を書くときに使っていたものだ。鞍馬天狗は、ジュンちゃんの万年筆に向けられた視線にコホンと咳をすると、何やら変な文字や数字を描き始めた。

「何なの、鞍馬天狗さん」

「あ、これ。これねディスクリート・アルゴリズムで未来の算数でござる」と言い、フムフムと言いながらノート一杯に数字と変な文字を書き入れると「見つかった」と、言った。

「ほんとう?」

「由梨ちゃんは%^&55153の中にいます」

「それ、日本?」

「いや次元の中。では、皆さん由梨ちゃんを助けに行きましょう。後、五分で次元は消えます。そうなると、由梨ちゃんは、ここにもどれないでごさる」

「でも、どうやっていくの」

「この袋が船になります」鞍馬天狗はジュンちゃんのピンクの袋を持ち上げた。

そして、鞍馬天狗が袋をくるくると回したら、三人はピンクの袋の船に乗っていた。舳先には鞍馬天狗が立っていて「出発進行!」と言った。袋は空中に浮き上がり、直ぐに辺りが白いもやのようなモノに覆われてきた。公園の木々や砂場、滑り台等がスーと消え始め、エレベーターのような感覚があった。

「さて、ここが%^&551でござる。後三分」鞍馬天狗が言った。

どこかで、ブランコの揺れる音がした。

「あそこだ」仁志君が指差した。女の子がブランコに乗っている。

「急ぐでござる。船は直ぐにブランコの近くで止まった。

「由梨ちゃん!」ジュンちゃんが声をかけると女の子が振り向いた。鞍馬天狗が船から下りると、サッと由梨ちゃんを抱えて船に戻った。

「後二分でござる。出発進行!」

ピンクの船は、向きを変えるとスピードを上げた。再びエレベーターの乗っているような感じがあり、船が止まるとエレベーターのドアが開くように辺りの景色が白いもやの中に見え始めた。元の公園だ。

「五分」鞍馬天狗の声とともに船は公園のブランコの横に着地した。彼達は元の姿になっていて、ピンクの袋がジュンちゃんの肩にかかっている。

「帰って来た!元の公園!」由梨ちゃんは、うずくまると目から大粒の涙を出した。ブランコが風に揺れて、キーキー音を立てた。

仁志君が警察に連絡した。

ジュンちゃんがネズミのイラストに「鞍馬天狗さんありがとう」と云うと、イラストのネズミの頭にある星がピカリと光った。







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