第7話 旅立ち~それぞれの人生

理帆が日本を立つ前日の午後、私はアトと一緒にもう一度理帆に会った。アトがどうしてもと言うからだ。私だけ理帆に別れを言ったのはズルいと言う。私たち3人は、理帆が岩本と会って話していたファミレスで会うことにした。


行ってみると理帆と一緒に妹の美帆も来ていた。私たち4人は窓際に座った。


私:「ごめんね。出発前日に会いたいだなんて言って。迷惑だったでしょ?」

理帆:「そんなことない。荷物は送ってあるし。もうなにもすることないの」

私:「向こうでは学生寮に入るの?」

理帆:「まだわからない。とりあえずボストンの親戚の家に行く」

アト:「親戚って? アメリカ人の?」

理帆:「実は、ボストンに兄がいるの」理帆はちょっと目を伏せた。

アト:「真崎さん、妹さんだけじゃなくてお兄さんもいたの?」アトが驚いた。


私もその話は初めて聞いた。美帆は平然としている。もちろん知ってるのだろう。


理帆:「ちょっとワケあり。母がMITにいた頃に生んだ子。だから父親が違うの」

私:「お兄さんは今どうしてるの?」

理帆:「MITの大学院にいる」

私:「えっと、じゃ、理帆といくつ違うの?」

理帆:「私より6つ上。母はひとりで育てるつもりだったらしいけど、MITに留学してた父と知り合って結婚した。それで、兄は伯父夫婦が引き取って養子にしたの」

私:「そうだったの。で、お兄さんとは会ったことあるの?」

理帆:「ない。一度も。でも、ネットで何度も話してるから。会うのが楽しみ」

アト:「へー。お兄さん、どんなヒト? やっぱ、イケメン?」

理帆:「そうね。肌が褐色。ハンサムよ。ラテンアメリカ系の父親似かな」

アト:「なんだかグローバルな家族ね。いろいろあるんだ。真崎さんて」

理帆:「母はMITに残って研究したかったみたい。でも父が帰国することになって。日本の大学で研究したかったらしいけど、いろいろあって諦めたみたい。だから母は、私をMITに行かせたいのかもね」

私:「ママは何を研究したかったの?」

理帆:「宇宙物理。日本で宇宙物理を研究できるところは少ないって言ってた。諦めた理由は他にもあるんだろうけど」

美帆:「それはママの言い訳。ママは才能がなかっただけよ」


美帆が口をはさんだ。


美帆はずいぶんとキツイことを言う。

私とアトはちょっとびっくりして目を合わせた。

理帆は慣れているのかまったく気にしない様子。


私:「美帆ちゃんは、将来何になりたいの?」私は話題をかえることにした。

美帆:「ファッションデザイナー。起業してオリジナルブランドを立ち上げるの」

アト:「はぁ。しっかりしてるね。美帆ちゃんは。ほんとスーパー小学生だね」

美帆:「小学校はもう卒業しましたけど」美帆がまっすぐアトを見て言う。

アト:「あ、ごめん。そうだったね」アトは気まずそうに額に手をあてた。

理帆:「美帆もアメリカに行きたがってるの。でも母は高校卒業までは日本で勉強させるつもり。昨日の夜もそのことでもめたのよ」理帆はうんざりした顔をした。

私:「美帆ちゃんなら、どこに住んでても自分のやりたいことができるよ」


美帆は褒められたのがちょっと嬉しかったのか、子供らしく微笑んだ。


アト:「ところでさ。真崎さんと岩本くんは付き合ってたの?」

理帆:「どうかな。3回くらい会って話しただけ。電話でも何回か話したけど」

アト:「そうかー。そうなんだー」


アトはがっかりしたような、安心したような声を出して天井を見上げた。理帆に会いたがってたのは岩本とのことを確認したかったからなのだろう。抜け目のないヤツ。岩本のフリーを確認したところでアトには関係ないだろうに。


美帆:「理帆は話し方が不器用だから。電話、全然盛り上がってなかったよね」

理帆:「聞いてたの?」美帆を横目で見たが特に怒ってるふうでもない。

美帆:「理帆が男子とナニ話してるか気になるもん」美帆がクスクス笑った。


私とアトも目を合わせて笑った。

理帆は何がおかしいのかわからない様子で黙っていた。


理帆はコミュニケーションが下手なわけではない。

ただ日本の空気に合わないだけだ。

英語は読み書きも会話もほぼネイティブ。

アメリカで十分やっていけるだろう。


ファミレスを出るとどんよりと曇った空から雪がちらついていた。


アト:「うー、寒い。なんでこの季節に雪なんだよ?」アトが恨めしそうに言う。

私:「春の雪か。まあ、今日で最後だよ。明日から暖かくなるって」

理帆:「今日は話ができてほんとに良かった。ありがとう」


理帆が右手を差し出した。私とアト、それぞれが理帆と握手をした。

別れの握手か。理帆にはやはりアメリカのほうが生きやすいだろう。


私たちはそこで別れた。


遠ざかる二人の後ろ姿をアトがうっとり見つめている。


アト:「なんてキレイな姉妹なんだろう」

私:「うん。二人ともキレイだね。理帆も美帆も」


でも、不思議だな。二人は姉妹なのに全然違う。

並んで歩く姉妹の後ろ姿を見送りながら私は思った。


美帆は身長が伸びたらしく、理帆ともうほとんど変わらない。

真っ黒のストレートの理帆。栗色のふんわりウェーブの美帆。

長い髪を揺らせて歩く二人は何を話しているのか楽しそうに笑っている。

価値観も性格も全然違う姉妹なのに、案外仲が良いのかもしれないな。



理帆と美帆。二人はきっとまったく違った人生を歩むのだろう。






おわり。







♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡



それぞれの人生(全7回)


【各話リスト】


(1) ヒナゲシ (不思議な夢)

(2) 孤高のバラ

(3) 告白の顛末

(4) 理帆と美帆

(5) 理帆の初恋

(6) 卒業

(7) 旅立ち ~ それぞれの人生



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



【登場人物】


私:高校生。3年1組。名前はみゆき。教育学部志望。数学が苦手。


アト:阿藤里穂(あとう・りほ)アトリボ。同級生。生徒会綱紀委員。


理帆:真崎理帆(まさき・りほ)同級生。数学と物理が得意。英語はネイティブ。


美帆:真崎美帆(まさき・みほ)小6。理帆の妹。


理帆のママ:高校教師。MITの卒業生。


篠塚先生:男性の音楽教師。40代独身。理帆のチェロの先生だったことがある。


伊原先生:担任の男性教師。30代独身。担当は英語。


岩本:5組の男子。前生徒会長。第一志望は東大法学部(文科Ⅰ類)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


MIT(エム・アイ・ティー):マサチューセッツ工科大学

(英語: Massachusetts Institute of Technology)

アメリカ合衆国マサチューセッツ州ケンブリッジに本部がある実在する私立大学。

ノーベル賞受賞者を多数輩出している世界でもトップクラスの総合大学。


ボストン市はマサチューセッツ州の州都。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


あとがき


創作は疲れますね。評論は得意ですが小説書くのは苦手です。(^^;


文章そのものはなんとか書けますが、面白く書くのは難しいです。校正のために読み直してるうちに表現を変えたくなったりします。キャラ設定にはどうしても今まで読んだコミックの影響受けます。


コミックだと一目でわかる場面を文章で表現すると言葉が多くなります。自分の脳内では情景が浮かんでるのですが読む人によって違うでしょう。そこがノベルの良さでもあり、創作のむずかしいところだと思います。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


実在する大学名(MIT)が登場しますが、実際にMITに理帆のようなギフテッドの特別枠の入学制度があるのかどうかは確認していません。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「(3)理帆と美帆」の最後のほうに ルミ という子が名前だけ出てきます。ルミはみゆきの従妹ですが エピソードを別の話として書くつもりです。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


みゆきとアトリボこと阿藤里穂は今後の創作にも登場します。数学を克服したみゆきは国立大学理学部化学科に進学しました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

孤高の花(全7回) 黒っぽい猫 @udontao123

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ