『量子男と女社長』読書感想文

くれは

僕も一つの泡として

 僕はこの本に期待していなかった。正直に言えば、面白くなさそうとすら思っていた。

 世紀の天才の大学生と、カリスマ女子大生起業家の女社長という設定も、馬鹿馬鹿しいほど大袈裟に思えた。そんな二人が世界を揺るがす異変の秘密に辿り着くというのもいかにもフィクションという感じで、子供っぽく思えてしらけてしまっていた。

 けれど、実際に読んでみて、そんな印象は自分の勝手な想像だったのだと思い知らされることになった。

 とんでもない異変の兆しは日常の端に確かに存在していて、でもそれはささやかすぎて誰も気付けない。それに唯一気付いたのが、世紀の天才である量子男だけ。

 一方、カリスマ女子大生の女社長は、わずかな異変に気付くことはない。気付かないまま異変に翻弄され、けれど自身のカリスマ性と度胸と機転で対処してゆく。

 量子男の視点では世界の異変を解明しようとする。つまり、世界の異変を内側から書いている。一方女社長の視点では、世界の異変をそれと気付くことはない。世界の異変を外側から書いていることになる。

 この二人の世界は基本的に交差することはない。そこには全く違う物語が紡がれている。けれど、世界の異変を内側から外側から書くことによって、その異変の全貌が徐々に浮かび上がってくる様子は鳥肌が立つほどにスリリングな展開だった。

 世界を揺るがすほどの異変とはなんなのか。なぜそれが恐ろしいのか。多次元、多世界解釈、平行宇宙といった言葉の奔流でもある量子男の解説は難しく、全てを理解できた気はしない。それでも、その量子男の思考の一端を覗くことで、その膨大な知識と恐ろしいまでに広い宇宙を確かに見たような、そんな気持ちになることができた。

 読み終えた後、本当に世界の秘密を知ることができたような気がして、しばらく放心してしまった。自分が見ている世界、そこに重なって別の世界の揺らぎが見えるような、そんな気にすらなった。

 量子男によれば、世界は揺らぐものらしい。我々はその揺らぎの波の中に漂う泡だ。無力な存在だ。

 けれど絶望する必要はない。たった一つの泡でも、世界に影響を及ぼすことはできる。泡が無数にあれば、その影響はなおのこと。もしかしたら、世界というのはそうした相互の影響で形作られているのではないだろうか。

 僕も一つの泡として、世界を選択してゆけるのだ。そう感じることができた。



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『量子男と女社長』読書感想文 くれは @kurehaa

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