林花

男は生きていた。男は無口で真面目だった。

男は、嫁の作ったお弁当を持って出勤する。結婚して早30年、娘も二人できた。上の子はもうすぐで14になる。革靴を履き、革鞄と弁当を持って家を出る。

男は、出勤する。いつもの机にいつもの椅子いつものパソコン。まだ会社には、男を含めて2、3人くらいしかいない。男は、掃除を始める。キャスター付きの椅子を取り出し、掃除機でゴミを吸い取る。続々と出勤してきたひと回りの下の同僚に挨拶を交わす。男はやる気があった。若い頃は自分にも何か特別な才能があるかと思っていたが、空回りばかりだった。男はあるとき、お茶出しでもしてなさいと言われた。男は自信を失ってしまった。

「このゴミ捨てておいて」

男はだんだん小さくなっていく。

これでもまだ10時半だ。

上司や同僚のお茶だしをする。

午後からは男にとって地獄だった。やる仕事を午前中にほぼやってしまって男のやる仕事は目の前のpcに座ることだった。かしげることもないのに頭をかしげてみたり、マウスをそれなりに動かしてみた。誰かが男の悪口を言われているみたいに感じた。もちろん男が疑心暗鬼になってるのかもしれない。

7時になった。今日は早めに会社を出た。


男は家電量販店にいた。


男が家に帰ってくるとリビングの方から自分をの悪口で盛り上がる3人の笑い声が聞こえた。


男は家から飛び出した。


俺は一生懸命生きてきたつもりだ。もう疲れてしまった。俺が何をお前らに悪いことをしてきたんだ。お前らの望むように働き、望むように生きてきたではないか。

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林花 @rinka17

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