第23話 虚構
だいぶ慣れた。
シュリアにからかわれるのが、だ。
事あるごとに、お兄ちゃんと言ってはレイと言い直し、また、妙にくっついてくる。
色仕掛けとか、そういうのにしては、からかっている風にしか思えない。
もしかしたら、常に気を張っているレイモンドを気遣ってくれているのかもしれない。そう考えると優しいとも思えるが、あの時感じた殺気。
異形の蜘蛛ではなく、アレは自分を見てのものだろう。
いつ、シュリアは自分に牙を剥くのか。
出来れば、異形のモノ達を倒し終わってからにして欲しい。
「聞いてる? お兄ちゃん?」
ちょっとほうけていたのだろう。
間近にシュリアの顔があって驚いた。
「あ、いや。ごめん。考え事してた。……って、お兄ちゃんはやめて」
笑い方もリリに似てるな。いや、似せてるのか。……どこで調べたのか。
まあいい。今自分にとって唯一気を許せる相手。
そんな思いが、この娘になら殺されるのも良いと、思わせてしまうんだろう。
「それで、なんだっけ」
レイモンドが聞き直すと「この先に、大量の群れが居る」という話の続きだった。
点在していた異形の蜘蛛は、2匹はレイモンドが、1匹はシュリアが倒した。
3匹ともレイモンドが倒そうとしたが、1匹が居た場所は沼地。そこでレイモンドが足を滑らせたのだ。
糸で巻かれ、レイモンドがもがいていた時にシュリアが蜘蛛の背後から攻撃した。
舞うように攻撃するシュリアの動きに蜘蛛は翻弄され、また、速度についていけなかった。
足を全て切断され、もがく蜘蛛にとどめを刺した後、シュリアがレイモンドを助けたのだ。
糸も牙もレイモンドに向いていた。シュリアに取っては足を斬り、そして上からのとどめという楽な作業だっただろう。だが、終わった後に言った言葉は「気持ち悪い。水浴びしたい」だった。
それで、さっきまでシュリアは水浴び。レイモンドは見張り。シュリアは水浴びついでに洗濯まではじめ、レイモンドも脱がされた。お互い全裸に近い状態。結構滑稽な状態だ。
しつこいくらいに「覗いちゃだめですよー」を連呼したり、妙な悲鳴をあげて、レイモンドを覗かせようとしてるのがわかる。一応悲鳴があがると気なって仕方ないが、それでもシュリアなら大丈夫だろうとほっとくと怒り出す。「ほんとに危なかったらどうするんですかぁ」と。
その後「木の真似でもしてれば大丈夫だよ」と言ったら、殴られた。
こんな軽口が叩けるのも、誰かといるからか。
食料を確保して食事。そして、先に大量の異形のモノが居るという会話だった。
シュリアのいう大量は、本当に量が多い。
眼と耳の良い少女が居た村の近くにも「ちょっと多め」の敵がいると言う程度だった。
しかし今度は大量の、だ。
気を引き締めないとなと思いながらも、なぜか、力が入らない。
いつもなら、考え事をしていてもシュリアのいう言葉は耳に入り、そして理解できている。
調子がおかしい。
普通の人間なら風邪かな? と思うような症状だが、自分はまだ風邪にかかるんだろうか? 咳は出ず、熱も無いと思う。しかし、視界がぼやけ、足元がおぼつかない。異形の蜘蛛の毒で、遅効性のものでもあったのだろうか。
それか、シュリアのしわざか。
「大量だと、手分けしないと厳しいかな」
シュリアの作った料理を、迷わず口に運ぶ。
今殺されるのは少し無念だが、シュリアがそういう任務を受けてるなら仕方ない。
シュリア達や、シュリアの村の人たちがいれば、人間が全て全滅することはないだろう。
出来れば、自分で全ての異形のモノを倒して、守りたかったなと思う程度だ。自分が人々の脅威になる前に。
シュリアも同じ料理を食べてはいるが、毒なら自分だけ解毒薬を飲んでおくなんてのは当たり前だろう。
しかし、シュリアは少し難しい顔をしていた。
「レイ、ごめん」
いきなり謝られて驚いた。
「大丈夫だと思って入れたキノコ、毒キノコっぽいかも。どーしよー……」
レイモンドはさすがに「お前なぁ……」と笑ってしまった。
「命にかかわるやつ? それとも痺れたり笑ったり?」
「たぶん、1,2日だるくなる程度」
レイモンドは苦笑いしながら「じゃあ、その間休憩だね。大量の敵を相手にするんだ、しっかり休んでおこう」と横になった。
「怒らないの?」
シュリアが聞くも「なんで?」とレイモンド。
「だって、毒キノコ……」
シュリアがしゅんとしてるのを、頭を撫で、「シュリアは食べても大丈夫なのかい?なんだったら解毒の薬草とかがわかるなら、とってくるよ。まだ体は動くから」と言うと、泣きそうになっている。
「大丈夫。大丈夫だよ。……俺はもう化け物だから。それよりもシュリアが心配だ」
「レイは化け物なんかじゃないよ! 人間だよ!」
その言葉に「ありがとう」と優しくシュリアの頭を撫でる。
撫でられながら「うん、うん。大丈夫……」と。
「じゃあ、休もう。今までずっと戦い詰めだしね」
また横になる。
のんびりとした森の中。
木漏れ日が心地よい森のなか。
「あたしもだるいから、横……良いかな……?」
そう言うと、シュリアはレイモンドの横に寝転がる。
リリも寂しがって、よくベッドに潜り込んできたなと思いだしていた。
寝付くまで寝物語を話したり、なでてあげたり。
手を握ってあげてるだけで、安心して眠ってくれた。
さすがにシュリアの手を握ってあげるとかは出来ないが、横にいて安心してもらえるならと。
しかし、だるいとは。解毒とか以前にほんとに入れ間違えたのかな、と。
日中から寝転がるなんて久しぶりだ。
いや、夜もまた闇夜に隠れて、敵を攻撃していた。
いつも常に敵を探し、常に気を張っていた。
こんな休まる時間が来るとは思わなかった。
しかし、それでも神経は過敏。何かを探す。
鳥が木の枝から飛び立つ音、羽ばたく音、そして、地面を動物が移動する音。虫が動く音までも。
全てがレイモンドの耳に入ってくる。
だが、それは普通の音。
神経は過敏ではあるが、危険ではない音。
安心していい音だった。
一昼夜だろうか、毒キノコのだるさも抜け、レイモンド達は出発の準備。
この近辺には野党も居ないらしく、人の気配もない。
ぼろきれになりかけている服を着直してる時、シュリアが「はい、これ」と渡してきた。
新しい服だ。
いつの間に作ったのか、そんな素振りも無かった。
「え? あ、ああ、ありがとう……」
渡されて驚き、そして、呆然としてしまう。
シュリアを疑いだしてからは戦友ではあるが、いつ命を奪われるかと思っていた。
こんな服をプレゼントされるとは思っていなかった。
「今度は前よりも頑丈ですよ! ……溶かされるとダメかもですけど」
デザインも少し変えたらしく、気に入ったか聞いてくる。
「それじゃあ、溶かす液体飛んできたら、体で服をかばわないとな」
冗談で言ったら「服なんていくらでも作れるんです。体を大事にしてください!」と怒られた。
思わず尻込みし「ああ、うん。気をつける」と言ってしまった。
自分の命を狙っていると思ってる相手に、心配される意外性。
ほんとに何を考えているんだろうか。
心配されることが、妙に嬉しい。
「大事に、するよ」
言い方がおかしかったのか、シュリアがきょとんとする。そう、殺されるまでは。
「どうかした?」
シュリアは「いえいえー」といつもの調子。
前腕は傷だらけ。傷口は塞がる。傷は治る。だが、わずかに傷跡が残る。
腕当てを付けてるとはいえ、戦う度に自分で傷つけて血を流す。
それでだろうか、腕まくりし易いようにか、袖はすこし太めにしてくれている。
何故か嬉しい。
小さい気遣いだろうけども、自分を解ってくれている。
異形の甲殻を身にまとい、そして、異形のモノと戦う自分。
最初はすぐに怖がられ、嫌われ、村に帰ってしまうと思っていた。
しかし全て解った上でついてきたんだろう。
どんな思惑があるか知らないし、知っても変わらない。
今は手伝ってくれている。異形のモノを倒す旅を。
感謝している。口には出さないが。
例え別れが、命のやり取りになったとしても。
その頃の王都。
ヴィータスの演説は、まるでオペラだ。
王に見せた様な卑しい言葉、表情、行動は何一つ無く、優雅で華麗。そして凛々しい。
王宮のテラスからではなく、わざわざ中央広場で木箱に乗り、自分もみんなと同じ階級だとアピールするかのよう。そして、謳う様な演説。
厳しい現実で民衆を少しだけ脅かし、そして、自分達の行動で現実を変えていけると夢を語る。
組曲の様に語られるそれは、ステージの上で曲目としても成立するだろう。
そして、民衆は憧れ、賛同する。
壮大な夢を語るわけではなく、手に届く現実として民衆を魅せる。
演説の時間さえも、民衆が飽きる前に終わらせる。
「お疲れ様でした」
側近の一人の言葉に「状況は?」と答える。
そのまま答えを聞かず、王宮へと歩いて行く。
まるで王宮の中で聞くというかのように。
側近は理解しているのだろう、王宮の、他の人の耳に入らないところまで口を開かない。
「例の村からの武器は調達済みです。南の王軍は異形のモノで壊滅は確実かと」
ヴィータスは頷きながら「予定通りだな」と言うと「レヴィアスにだけは気をつけろ。あいつは気づくぞ」と。
ヴィータスとレヴィアスの間には、何かがあるのだろう。
側近は了承の意を示して、その場を離れる。
まだ数人の側近がいる中、ヴィータスは笑いを抑えきれない。
「これで俺は英雄だ」
ヴィータスが卑劣な笑みを浮かべる。
民衆の前では絶対に見せない、卑劣な笑み。
「レヴィアスでもない、王でも無い、ましてや、その辺のバカどもでもない。俺が英雄なんだ」
笑いを抑えながら、しかし、その言葉は悪意しか含んでいない。
側近たちは、ヴィータスの本性を知っている。
知っていてなお、ヴィータスの側に居る。
悪辣非道であっても、自分達に利を与える存在だからだろうか。
それとも、知ってしまったからヴィータスから離れる事が、死を意味するからだろうか。
ヴィータスは裏切りを許さないだろう。
裏切り、逃げれば、殺される。
そういう男と知り、なおかつ、自らの利を選べば側近である理由はあるのだろう。
「そういえば、処刑人は仕事をしているか?」
思い出したかの様に側近の一人に聞く。
状況自体は知っている。しかし、側近の口から聞きたいのだろう。
「はい。王が出頭したことで、追随し王都に出頭した領主達の首を斬らせております」
そうかそうかとニヤニヤと笑う。
「ちゃんとアレを使わせて処刑させてるか?」
ヴィータスが指示したのは、断頭台でも首吊りでもない。ましてや、斧でもない。
王にノコギリを引かせ、生きている領主達の首を落とさせているのだ。
あえて目の荒い錆びたノコギリを使わせ、領主たちの悲鳴と怨嗟を聞かせながら殺させる。
「まだ心を保っておりますが、時間の問題かと」
いいねいいねと言いながら王宮の奥へと向かうヴィータス。
「王宮内の誰かが見るような事が無いようにな。見たものが居れば殺せ」
側近は「わかりました」とだけ答えた。
人を殺す指示を受け、顔色一つ変えない。
いや、王がノコギリを使って処刑している事実を話してる時から、顔色は変わっていない。
この側近もまた、心は悪鬼なのだろうか。
ヴィータスが正門から王宮の奥へと向かう。途中にある庭園や大広間。それらは王の権威を表していた。そして、ソレは今はヴィータスのもの。
本来は反乱軍のものなのだろう。だが、ヴィータスは反乱軍をまとめ上げ、そして、自分の手足の様に使う。そして、それを反乱軍の人々に感じさせない。
反乱軍に集う者達はみな、自分達が王の独裁から立ち上がるために、反旗を翻したのだと思っている。
一人では何も出来ないと思い込んでいる民衆にとって、反乱軍という存在自体が希望。少しでも生活が良くなるのならばと、わずかな希望を託す相手。
少しでも不満があれば、反旗を翻した反乱軍に集う。
ヴィータスが謳う理想は誰もが平等で誰もが幸せな世界。努力さえすれば血縁の階級など無く、誰もが栄誉を得られる世界。それらに夢を重ねた者は多い。
重ねられた夢の元が、例え、絵空事であったとしても。
ただ、それがヴィータスの手のひらの上で踊らされる事であっても。
継ぐ者 犬神弥太郎 @zeruverioss
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