第22話 別れの始まり


 異形のモノの蜘蛛型。


 建物がある場所ではなく、森での戦い。


 建物以外で隠れる場所があまりにも多い。しかし、それはこちらも同じ。


 蜘蛛型がどのような知覚を持っているかによって、隠れられる場所が変わる。


 森の木々に張り巡らされた糸に触れれば、すぐに自由を奪われるだろう。


 どうやって戦うか。


 レイモンドには接近戦しかない。しかし、相手には毒液を吐くという遠距離攻撃がある。


 毒液にレイモンドは耐性を持った。しかし、レイモンド本人はそれを知らない。


 地面を溶かし、建物を溶かしたイメージ。


 噛まれた傷口から流れ込んだ毒と溶解液。それが焼けるような痛みとともに神経の感覚を奪い、レイモンドの意識を刈り取った記憶。


 正面からの戦いは避けたいが、あれだけの速度と感知能力を持っていれば背後に回りこむ事は難しい。


 シュリアには遠くから見るように指示した。


 弱点を見つけてくれ、と。


 心配そうに、最後まで一緒に戦うと言ったシュリアを説得するのは時間がかかった。


 リリもわがままを言うと説得に時間がかかったな、と想い出す。言い出したら聞かない妹だった。


 自らの両腕を刃物で斬り、出血させる。刃物の通りが悪い。これは、レイモンド自身が強化されているせいだろう。だが、レイモンド自身はわかっていない。


 すぐに甲殻が生まれ、そして流れ出た血の一部が刃を伝う。


 伝う血は少なく、何度も斬る。


 傷口は何箇所も増え、そして、血は多く流れ、刃は長く、そして鋭くなる。


 いつもは刃先が肘に来るように持つ。しかし、今は片方だけ逆刃。


 普通の剣の様に構え、少しでもリーチを稼ぐ。


 自分の甲殻で相手の牙を防げるのか、蜘蛛の腕を防げるのか。


 解らない。だから片方は普通の形に持っている。


 距離はなかなか詰まらない。居るのは解る。しかし、見えない。


 糸も、レイモンドには見えるようになっていた。


 いつの間にか、視認出来る。


 胃液を飲んでしまい、毒液を受けた事でレイモンドの体は蜘蛛に対する耐性を付けていた。


 そして、糸もまた、その耐性で視認出来るようになっている。だが、それはレイモンドの知るところではない。


 レイモンドの体にとっては勝利した相手、しかし、レイモンドの意識にとっては、まだ、未知の相手なのだ。


 僅かな位置の動きを察知し、お互い動き続ける。


 完全な静止は、相手に攻撃のチャンスを与えることになる。


 僅かに糸の揺れ。それに気づいたのはレイモンド。


 一気に間を詰め、刃を振るう。しかし、それは木の枝を切ったに過ぎなかった。


 蜘蛛自体は既に移動。


 レイモンドの着地点には、糸。


 まずいと思った。しかし、だが、レイモンドは糸の上に立っていた。


 立てる? なんでだ?


 粘性は消えていない。しかし、それをもってしてもレイモンドの動きを妨げることはない。


 ――行けるのか。


 糸の上をまるで蜘蛛の様に走り、感じる振動の先へ。


 まさか自分の糸の上を敵が来るとは思わない。蜘蛛は糸を伝って逃げる。


 糸は移動と、敵を捕まえるためのもの。しかし、今それを使って敵が来る。


 蜘蛛と蜘蛛が戦う時は、お互い正面衝突だ。


 相手に覆いかぶさるように腕をふるい、牙を立て合い、毒を使い、相手を糸で絡めとる。


 だが、レイモンドには通用しなくなっていた。


 振るった腕は関節の方向で見切られ避けられる。牙は顎の角度で読まれ、糸は走られる。


 レイモンドの血で出来た武器は、蜘蛛の足を斬り、そして頭を叩き割る。


「すっご……うわぁ……」


 遠くから見てるシュリアさえも声をあげた。


 それほど、糸の束縛が無いと分かった後のレイモンドの猛攻は凄まじかった。


 そして、吐き出される溶解液は、刃に当たっても刃を溶かすこと無く振り払う。


 既にレイモンドの血は、溶解液に耐性を持っていた。


 だからか、腕が牙がかすっても傷が増え甲殻が出来るだけでレイモンドの動きに遅滞は無い。


 人を超えた速度の生み出す刃の切れ味は、刃自体の切れ味を更に鋭くさせる。


 足を失い、後退る事も出来なくなった蜘蛛は、割られた頭でレイモンドにしぶとく噛み付こうとする。


 レイモンドに油断はなかった。


 開いた口の根本から後頭部に向かって一気に斬り裂く。


 蜘蛛の頭が上下に別れる。


 さしもの異形の蜘蛛も、完全に沈黙した。


 主人を失ったことで、周囲の糸もたるむ。


 軽く溜息をつく。


「すっごいですねぇ……新種、倒しちゃいましたねぇ」


 軽い足取りでシュリアが近くまでくると、蜘蛛をつつきだした。


「そいつ、溶かす毒を持ってるから気をつけて」


 シュリアが「ええええっ」と飛び退く。


「そんなのと、あんな戦い方してたんですかぁ……」


 すでにレイモンドが喰われるところまで見てるはずのシュリアだが、感嘆した様に言う。


「見ていて、なにかわかったことはあるかい?」


 シュリアは「んー…」となさ気だ。シュリアならば色々と気づく所も多いはずだがと思うが、気にしないことにした。


「毒や溶解液が怖いからね。蜘蛛型は俺が前衛するから、シュリアは避難してるか後ろから攻撃して。できる限りで良いから」


 相変わらずの「はーい」と返事。


 レイモンドは知覚していた。


 レイモンドが蜘蛛と戦ってる時、シュリアの近くに、シュリアの村の者が来ていた。


 何を話していたかはわからない。しかし、シュリアの雰囲気はだいぶ違った。


 今の雰囲気は妹のリリに近い。しかし、その時の雰囲気はまさに殺し屋だ。


 注視されただけで、レイモンドでさえも下手に隙を作れば死ぬと感じるだろう。


 それほどの雰囲気の違い。


 何かを運んで来てくれただけとか、そんなのとはまるで違う。


 シュリアは自分の近くで、何を企んでいるのか。


 まだ助けてくれるだけ、自分は利用価値があるんだろうと思う。なくなれば、捨てられるか殺される。


 武器もそうだろう。恐らくは自分に利用価値がなくなれば、武器も奪われるのだろう。


 だが、良い。


 誰かが一緒に居てくれる。それだけで、心が楽になる。


 自分も簡単には死ねなくなってるんだろう。


 だから俺を殺すにしても、シュリアは全力で来るだろう。


 シュリアなら良い。異形のモノを全て倒し終わった後なら、頼んで殺してもらう事も考える。


 昔は憧れた勇者。


 しかし今は感じる。


 勇者ほどの力を持てば、それは、力で支配を可能とする者。


 すなわち、普通の人間にとっての脅威。


 自分が普通の人間で、近くにこんな化け物がいれば、怯えて暮らすのだろう。


 守ってもらえると思うと同時に、襲われたらと思うと、居ても立ってもいられない。


 レイモンドは決めていた。


 全てが終わったら、終わらせてもらおう、と。


 シュリア達ならば、化け物になった俺を殺せるだろう。と。





 王都へ着いた王は、王座の間に通された。


 既にそこは王の場所ではなく、反乱軍のリーダーの場所。


 王が座るべき椅子に腰をかけているのは、反乱軍のリーダーだ。


「王のおでましか。いや、元が付くな。自分はヴィータスと申します。反乱軍を組織しております。お見知り置きを」


 うむ、とだけ答え、王はそのまま佇んだ。


「王が私に御用とは。それとも生き延びるための時間稼ぎですかな?」


 ヴィータスの顔は卑劣な笑みで歪んでいる。


 この様な男に王座を譲るのかと、王は少し落胆した。


 ヴィータスの元で興される国は、長くは保たないだろうとも思う。


「王としては、次の王を叙任しなくてはな。それが例え、反乱であっても」


 高笑いしながらヴィータスは「これはご立派な事だ。さすが王。言うことが違う」と。


 王をバカにしているのはまるわかりだ。しかし、ヴィータスの周りの者達の表情は硬い。


 ヴィータスが暴君なのか、それとも、側近たちの気が小さいのか。


「それでは、鍵も頂けますかな? 北の城の地下の鍵も」


 ヴィータスの狙いは異物なのか、北の城の鍵という言葉に王は「そんなものは無い」と答えた。


「既に北の城は崩落した。あそこの全ては崩れた瓦礫の下で永遠に眠るだろう」


 聞いたヴィータスは顔を紅潮させ「なんだとっ!?」と叫んだ。


 側近の一人が「崩落後、王みずからの出頭です。討伐に向かった者、皆が見ております」と伝えた。


「やってくれたな」


 王は「何のことかな」ととぼけ、そして、王冠をヴィータスに向けて渡そうとする。


「欲しいのはコレでは無かったのか?」


 ひったくるように奪うと「ああ、これだよ。全ての権限を行使出来るコレだよ」と言った。


 よくこんな調子で、反乱軍をまとめられるものだと呆れる。


 恐らくは外面は良いのだろう。しかし、王に対して、側近の前では本性がむき出しの様だ。


 王は次世代を見て安心しようかと思った。しかし、それは無念へと変わる。


 これが、次に世界を背負う者か、と。


「叙任式は行うのか?」


 王は、正式に次の王を決める儀式は必要かと聞いた。


 ヴィータスは「いらんよ、いらん。お前になんぞ認められたなんて恥になるだけだ」と無礼極まりない。

「ならば、これで用は済んだな。殺すが良い」


 しかし、ヴィータスは「処刑はしない。殺しもしない。まだ領主達が残ってるからな。そいつらを皆殺しにしてからだ。お前は全ての処刑を『行う』んだよ」と。


 厭らしい笑いを浮かべながら、王を見るヴィータスには人の上に立つ者の品格は無い。しかし、全ての人から嫌われる才能だけはありそうだ。


「こいつを鎖で繋いで牢に入れておけ。今からこいつは処刑人だ」


 王は王位を剥奪され、処刑人とされた。


 手足を鎖で繋がれ、自決出来ないようにと口輪をされた。


 そして、地下牢へと連れて行かれる。


 その姿をみて、またヴィータスは高笑いしていた。

 

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