第21話 道程

22:道程

 

 穏やかな村を出発し、街道を行く。


 シュリアの感知ではまだ、敵の様子はない。


 聞き耳をたててるようにも、どこかを見てるようでもないが、感知はしてるらしい。


 そして、平和な街道ならではの、チンピラの出没。


 5人組の男たちが急に現れ、金品を要求する。


 こんな情勢なのに、こんな連中がまだいるのかと呆れる。


「構ってる暇は無いんだがなぁ……」


「ですよねぇ……」


 意見は合ったので、お互いに顔を見合わせて頷く。


「ふざけんな、このガキどもが」


 チンピラが小刀を振り上げるより先に、レイモンドは間近まで接近していた。そして、軽く振ったこぶしが軽く顎を弾く。


 チンピラが脳震盪をおこして倒れるよりも先に、他の2人のチンピラがシュリアに蹴倒される。


「足癖悪いんだな……」


 小声で言ったつもりが、シュリアに睨まれた。


 レイモンドは苦笑した。


「……な、なんだこいつら」


 怖気づくチンピラ。


「化け物がそこら中にいるんですよ。その中を2人旅してる様なのに突っかかるほうが悪いんです」


 シュリアが笑顔で言う。


 化け物という言葉が、少しレイモンドの心に刺さる。


 自分もそうだしな、と。


 シュリアに蹴倒され、頭を打ったのか気絶してる2人。


「さっさと連れて帰ってくださいね。襲われないうちに」


 チンピラはどこの世界でも一緒な捨て台詞。完全に定番化してる「覚えてろ」と言って逃げた。


 レイモンドは深くため息「人間ともやりあうのかぁ……」と。


「まあ、人間相手なら楽勝でしょう」


 シュリアもまるで人外で有るようなセリフ。


 ははは、と力なく笑った。


「ところで、今の連中は感知出来なかったのかい?」


 聞くと「居るのは知ってましたけど、まさか襲ってくるとは思いませんでしたねぇ」だそうだ。


「……まあ、こんな状況だしね。全財産抱えて、安全なところに逃げようって人を狙うのもいるか」


「ああいう人も、守るんですか?」


 シュリアの質問に躊躇なく「うん」と答えるレイモンド。


「異形のモノの場所まで、後どのくらい?」とレイモンドが聞き、シュリアが答える。


 二人はまた進み始めた。




 王は北の城から出た。


 地下は既に崩落させ、誰も立ち入る事はできないだろう。


 北の城自体が崩壊したのだ。


 囚われていた人々も開放され、そこに残っていた民衆も北の城を出ていた。


 北の城は、瓦礫の山の様になっている。


「反乱軍の長にお会いしたい。叶うかな?」


 王の言葉は、反乱軍の王の首を取ると息巻いていた者を圧倒した。


 王としての威厳が、まだそこにある。そして跪かせた。


「反乱軍の一員として、王の出頭に感謝致します」


 息巻いていた者が跪き、そして、敵としての王に敬意を払う。


 与したとは思わず、他の者も納得した。


「いままでこの国を統治した王として、反乱軍のリーダー……いや、新たなる王に、王位を渡したい。すまないが、案内を頼む」


 王はそういうと、自ら手枷をはめる様に頼んだ。「捕まえねばならぬのだろう?」と。


 反乱軍の一人が「失礼します」と言いつつ、手枷をはめる。


 会ったことも無かった自国の王。


 自らの終わりを、しっかりと終わらせようとしている姿。


「民衆は、異形のモノから逃げ延びて北の城に来ただけだ。私に与しているわけではない。理解してほしい」


 反乱軍もその言葉には「理解しております」と答える。


 どちらも、お互いに敬意を払っている。


 足にも足かせがはめられ、そして、馬に乗せられる。


 王は、捕虜となり王都へと向かう。


 王都への帰還は、王にとって、死の旅であった。


 死する前に、今まで継いで来た異物達は埋めた。


 残っているのは、これから流れ着く異物と、聖鎧。


 聖鎧の危険性は、生き残った騎士が伝えるだろう。


 触れてはならない、人を喰らう、そして適合すれば心無くば人を殺す悪鬼となり、心があれども僅かな間しか正義を行えない異物。だが、その力は強大で破格。権力者であれば、その力を振りかざしたいと思うだろう聖鎧。


 夢見がちな者であれば、永遠に纏える者を探して、あまたの人を贄にするかもしれない。この国を救おうと、今回、王がしたかのように。


 もう無ければ、聖鎧が失われていれば良いのだがと思う。


 開いてはならない、パンドラの箱。


 あまたの命を食らうという悪夢。そして、適合者という希望。だが、僅かな間だけの希望。


 王は自ら開けたパンドラの箱を後悔していた。しかし、開けなければ、反乱軍さえも異形のモノの手にかかっていただろう。国盗りなぞどうでもいい。この世界の人間を少しでも助けられたのならば、と。


 王は、自らの過ちを悔やむと共に、満足もしていた。その2つの心が、王の威厳を保っている。


 馬に乗せられ連行される中でも、その威厳は消えることはない。


 そして、その連行される姿を、影に隠れ見ていたのはレヴィアスから報告を指示された兵。


 王を助けるには自分だけでは無理と解る。


 急いで南に戻り、王都を避け、そしてレヴィアスへの報告を行う事が最優先と判断した。


 判断と行動は同時。


 反乱軍の誰もが気づく前に、兵は南へと戻るために走りだしていた。





 目の前に3匹の異形のモノ。


 レイモンドとシュリアにとっては、既にお手軽な敵に見えている。


 新しい能力でも持っていない限りは、瞬殺出来る相手。


 しかし、問題はレイモンド達と異形のモノの間にいる人達。


 倒れた馬車を壁にし、槍で突くことでなんとか異形のモノを押さえ込んでいる。


 異形のモノは人間を舐めきっているのか、それとも、何かを感じているのか。その人達を一気に襲おうとはしていない。


 レイモンド達は普通に立って見ている。


 異形のモノからもレイモンド達が見えるはずだ。


 恐らくは、目の前で応戦する人々も、レイモンド達も、餌として見えているのだろう。


 この場で一気に異形のモノを片付ける事は簡単だ。しかし、そうするとレイモンド達の力を人々に見せる事になる。


 人々は、見たこと聞いたことを噂にする。


 勇者の伝説でも、化け物が化け物を倒したでも、話は広がるだろう。


 勇者の伝説ならば、死にゆく人にとっては、なぜ自分に救いが無いのかを呪う。


 化け物の話ならば、隣に居る人間でさえ、信用できなくなるだろう。


 ある意味、人に自分達の戦う様を見せることは、難しい。


 倒せる人がいる。


 ソレは良い。しかし、騎士でさえ倒せない異形のモノを倒せるのは何者か。


 人の疑念は、恐怖と相まって、懐疑心をふくらませるものだ。


「どうすれば、あの人達が倒せた様にみせられるかな」


 小声で問うレイモンドに「やってみるね、お兄ちゃん」と答えるシュリア。


「お兄ちゃんはやめて」


 レイモンドの言葉が終わる前に、シュリアは移動を始めた。


 レイモンドでさえ目で追うのが大変な速度。それで馬車の人たちと異形のモノに感づかれずに走り抜け、異形のモノの2匹の間でコマのように回る。回りながら通り過ぎ、そして、異形のモノの遥か背後に着地する。


 異形のモノ。蟻型の2匹は、それで意識を飛ばされたのかのように前のめりに倒れる。


 どうやったのか、レイモンドにも見えなかった。


 倒れかかる、だが、襲い掛かってくる様に見えた異形のモノに、槍が突き立てられる。


 槍は弾かれる事はなかった。


 シュリアの功績。コマのように回転した時に斬ったであろう場所が幾つもあり、そこに槍が刺さった。


 2匹が槍で貫かれ、しかし、貫通には至らない。


 内蔵に達した槍は、背中の甲殻で止まったのだろう。


 異形のモノは倒れきることはなく、槍で支えられるように力尽きる。


 既にシュリアが致命傷を与えていたのかもしれない。


 槍の一刺しだけで死ぬような異形のモノではないからだ。


 驚く人たちを尻目に、レイモンドが突進していた。


 最後の一匹を、思いっきり殴る。


 馬車の人たちは倒れてきた2匹に意識をもっていかれている。その隙を突いた。


 殴り飛ばされた蟻型は、しかし、地面に落ちる前に既にそこにいたシュリアに蹴り上げられる。


 殴ってたレイモンド本人が追いつき追い抜き、振り返り、そして斬る。


 斬られた蟻型は道の端で痙攣し、死を迎えた。


 馬車の人たちは、いきなり倒れてきた蟻型が自ら槍に刺さり、そして、残りの1匹が何故か死んでいるという状況しかわからなかった。


「すごい技だね。よくあんな風に動けるな」


 すでに馬車の場所から遠くまで来て、レイモンドが口にした。


「お兄ちゃんも、慣れれば出来ますよぉ」


「だから、お兄ちゃんはやめてください……」


 シュリアは笑いながらじゃれついてくる。


 ほんとにリリを思い出してしまい、妹が側に居るような感覚におちいる。


 心が楽になる。


 だが他の女性を妹扱いするのも失礼だよな、と自制する。


 それに…とレイモンドには思うところもある。


「レイで良いですから。その、お兄ちゃんは妹を思い出しちゃうんで……ごめん」


 二度と会うことがないだろう、会ったとしても恐れられるだろう妹。


 寂しそうな笑顔のレイモンド。流石に申し訳なくなったのか「ごめんなさい」とシュリア。


「ほんとにそっくりだからね。懐かしいくて嬉しいんだけど、もう会えないから……」


 シュリアが「そうなんだ……」というと「死んではいないよ。けど、俺はもう帰れないから」と。


「絶対、帰れますよ。絶対。だってレイは強いんですからぁ」


 ははは、と苦笑する。


 強くても、生きていても、あの姿を見せて、怖がられて、帰れるわけがない。


 帰れば恐らくは歓迎されるだろう。けど、化け物の妹としてリリを苦しめるかもしれない。父と母を苦しめるかもしれない。守るためならば帰る。けど、居続ける事は無いだろう。それは、レイモンドの決意。


 居場所を失ってでも、忌み嫌われても、自分が守れる人たちは、この手で守る。


「強さ……か……」


 ポツリとつぶやき「え?」と聞くシュリアに「次は近い?」と聞く。


 人としての強さは望んだ。しかし、人で無くなることは望んではいない。


「まだ暫く先ですね。けど、数がいます。あと……違う異形のモノの感じがします」


 あの蜘蛛か。


 またあれと戦う。次は意識を奪われずに勝てるのか。


 生きて勝てるのか。


「違う異形のモノが、群れてるの?」


 レイモンドの問に「ううん」と答える。


「違うのは点在してる感じで、その向こうに群れてるのがいますね。群れてるのは今までのやつらですねぇ」


 やるしか無い。


 倒すしか無い。


 殺すしか無い。


 自分にできる限りの殺戮を。


 化け物である自分が出来る、化け物である異形のモノに対する攻撃を。


「点在してるやつは、シュリアは様子見で手を出さないで。危ないかもしれない」


 きょとんとするシュリア。


 シュリアはレイモンドが死にかけたのを見た。それを見捨てた。だがそれを知らないレイモンドはまた一人で戦おうとしている。


「私だって、なんか出来ますよぉ?」


 レイモンドは笑って「女の子を危ない目に合わせたら、父さんや母さんに叱られちゃうしね。妹にも嫌われちゃうよ」と言った。


 危ない敵は自分だけで何とかする。


 協力して倒せるなら、それもいいだろう。しかし、まだ敵の全てがわかってるわけじゃない。


 シュリアに協力を頼むなら、弱点や攻略方法が解ってからだ。


「行こうか」


 笑顔の中に決意があった。シュリアは「はーい」と付いて行く。


 レイモンドと並んで歩くシュリアは、まるで在りし日の兄妹であった。



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