第20話 役割

21:役割

 

 異形のモノの気配の無い村は、久しぶりだった。


 シュリアによれは、もっと遠くに居る気がするらしいが、いい加減、どうやって感知してるのか教えて欲しいと頼んだが、あっけなく断られる。理由も「あたしがいる役割、なくなっちゃうじゃないですかぁ」だそうだ。


 自分でも異形のモノを倒せるのに、役割もなにもと思う。


 確かに自分が役割を持ちたいと思う気持ちは解る。子供の頃でも、何かを任されると大人になった気分だった。自分に出来ることあって、それが自分の役目。そういう自負が自分の心を支える。


 自分の役目を全うすることで、自分自身を高める。


 シュリアが村で一人だったと話したことがある。それならば、レイモンドと共に居る時に自分が何かの役に立ち、そしてレイモンドの為になってると感じるならば,それも良いと思った。


 それにしても、この賑わい。


 異形のモノが察知しないわけはないだろうと思うが、しかし、平和だ。


「なあ……なんでここ、大丈夫なの?」


 レイモンドが周りを見て不思議そうに言う。


 シュリアは「さあ? なんででしょうねぇ……」とだけ。


 村の建物の外には店が並び、まるで市場だ。新鮮そうな果実や肉、他にもいろいろな物が売られている。異形のモノが襲ってくる前には、レイモンドの町でも、こういう催しは行われていた。


 懐かしい感じ。しかし、違和感。


 何故コレほどの賑わいを、異形のモノが見逃しているのか。異形のモノと戦えるのが自分だけじゃないと、シュリアと、シュリアの村の人を見て知った。自分は化け物だ。しかし、シュリアやシュリアの村の人達は、そうは見えなかった。


 人間の身で、異形のモノと戦える者たち。この村にも、そういう人たちがいるのだろうか。そういう人たちが村を守っているならば、この村の平和にも納得がいく。


 気が少し楽になる。その理由は、自分が間に合わなくても、助かる人がいる。


 自分が手を差し伸べても間に合わない人たちを何人も見た。しかし、ここなら平和だ。そういう場所があるなら、誰か迷ってる人を見つけたら教えてあげられる。安全な場所があると。そうすることで、誰かを救える。そうすることで、また他の誰かを救いに行ける。


 良い場所だ。


 レイモンドの心に、久しぶりの安らぎが訪れていた。気が抜けたら、足からも力が抜けてしまったらしい。広場らしき場所のベンチに腰をかけて、空を仰ぎ見る。久しぶりに、のんびりと空を見る。


 ふと気づくとシュリアの顔が間近に迫っていた。


「――なな、な、なにかな?」


 戦いに関して以外は普通の少年。女の子が顔を近づけてくれば、どぎまぎしてしまう。


「ねね、レイモンドさん。レイって呼んでいい?」


 懐かしさを感じながら、「ああ、いいよ」と答える。


 家族にはレイと呼ばれていた。


 だが久しく愛称などで呼ばれては居ない。なにしろ戦って守った人たちにも、ほとんど名乗ってなど居ないのだから。自分の名前を知っているのは、シュリアくらいのものだ。


「けど、いきなりなんで?」


 聞くと「お嫁さんだから」と答えてきた。


「……まだ、そのネタ……ひっぱってるんですか……」


 シュリアはふくれっ面になりながら「本気ですよぉ」と言ってくる。


 苦笑するしか無い。


 多分、旅が終われば自分は何処かへ消えなくては行けない。こんな化け物が居れば、誰からも怖がられる。怪我をすれば甲殻が出来、騎士や兵士でも刃の立たない異形のモノを殺す化け物。そんな化け物と、一緒に居てくれるはずがない。


 そして、レイモンドは少し感づいていた。


 僅かな違和感でさえも、今のレイモンドは感じとれる。


 だから勘づける。


 知りたくもない事を、知ってしまう。


 だがそれも、知らないふりをすれば済むこと。


「まあ、お嫁さんは無いかな。シュリアは妹に似すぎてて、そんな風に見れないよ」


 レイモンドがシュリアに笑いかけて言う。優しく、そして、寂しそうに。


 更にふくれっ面になるシュリアの横で、レイモンドは目を閉じた。


 少しは休める。


 騒がしい雑踏の中で、人が行き交う中で、自分がまだ居ても良いと言われてる気がして。少し、少しだけ、ほんの少しだけ、自分が人間で有りたいと思う。だが、それ以上に、守りたい。


 この平和を。


 この人達を。


 自分が出来るなら。――自分しか、出来ないだろうから。


「そろそろ、行こうか」

「レイモ――レイは休まなくて平気?」


 荷物を背負い「うん、平気」と言うとレイモンドは歩き出していた。


「あ、そうだ。じゃあ、お兄ちゃんって呼ぼうっと」

「……お願いだから、やめて」





 王と側近は籠城していた。


 王都へと戻ろうとしていた時、王都陥落の報を受けたのだ。


 そして、反乱軍は王の首を狙っている。


 北の城には幾つもの隠し部屋があり、また、強固な監獄棟もある。


 王都の城が絢爛豪華を現したものならば、こちらは鉄壁を表している。


 だからこそ、異形のモノの襲来で王はここに居を構えた。


 異形のモノの襲来の際には、報告は雑であった。


 雑でも仕方がない。敗走者の伝聞でしかない報告だったのだ。


 あまりにも小さい人間の世界。そして、その中で争われる権力闘争。


 野心あるものには権力と領地を与え、力あるものには騎士としての地位を与えた。


 王は狭いといえど人間世界の王。


 それぞれの民に、適切な役割を与えたつもりだった。


 だが、王が他者に与えられない地位があった。


 それは、王自身の地位。


 反乱の首謀者は、国自体を欲し、そして、王の地位を欲したのだろう。


 既に王は王としての役割を果たせない。


 北の城に籠城し、反乱軍に囲まれている。


 すでに王たる地位は、反乱軍のリーダーに渡ったと言っても良い。


 だが、反乱軍のリーダーは、あくまでも反乱軍のリーダーだ。


 王の首を取り、国を取ったと宣言し、そして、王として叙任されなければならない。


 そのためには、今の王が邪魔なのだ。


「報告いたします。反乱軍の一部が撤退。しかし、反乱軍の数自体は、未だこの城の総員よりも多い模

様」


 王は「そうか…」とだけ言うと、椅子に座ったままため息を付いた。


 暫く考えた後「地下を崩落させよ。全て壊せ」と命令を出した。


 聖鎧を閉まっておいた場所。


 それ以外にも、様々な物がある。


 聖鎧は研究の対象とされていた。目覚めさせてはいけない。しかし、解析は必要。


 一度は目覚め、破壊神ならぬ力を見せつけた聖鎧。


 その力を目覚めさせぬまま使うことが出来れば、それは安全な戦力。


 力を求めない者はいないだろう。


 力を得るために知恵を使う。


 王が管轄し、領主を定め、しかし、ほとんど領民は居らずに死の場所とされていた場所。


 そして、人の往来が無い、北の城という立地。


 秘密裏に事を進めるのに、これ以上の場所はない。 


 聖鎧だけではない。


 漂流物として異界より来たものの、あの村のように秘匿されなかった異物は北の城に収められている。


 異界など無い。


 そういう事にしなければならないという決まりでも有るように、漂流物は無かったことにされる。


 シュリアの居た村のように、漂流物を使ったり売ったり等は、いわゆる世界の裏側なのだ。


 その集積された場所を、王は崩落させよと命じた。


「反乱軍といえど、それほどの技術者が居るとは思えませんが……」


「あれらは、危険だ。反乱軍と言えど我が国の民。誤って触れれば事故になりかねん」


 そう言うと、再度崩落の指示を出す。


「事が終われば、王として王都に向かう。それが努めだからの」


 側近達は苦渋を噛みしめる様な顔。


「王はな、王として終わらねばならぬ。それが王なのだ」 


 王はそう言うと、再び腰を下ろした。


「僭越ながら、我らも王の側近として、最後まで勤めを果たしたいと思います」


 王は「すまんな」とだけ。ただ、申し訳無さそうな顔をしていた。 


 



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