第19話 羨望

 死闘。


 それは、レイモンドにとってではなく、異形のモノたちにとっての戦い。


 圧倒的な力を持ちながらも、それを超える力で一方的に殲滅された異形のモノ達。 


 レイモンドが倒した数は、山林側に異形のモノの残骸の山が出来るほどの数だった。


 これほどの数が村に入り込めば、村人は僅かな時間で全滅していただろう。


 隠れても逃げても、異形のモノからは逃げきれなかっただろう。


 隠れていても、やはり見ている者は居る。


 レイモンドの戦いを見ていた者。しかし、その戦いぶりは人外。普通の人々はソレをどう思うか。


 単純におとぎ話の「勇者」を思い浮かべるもの、異形のモノの人型で、自分達を騙していると思うもの、武器が凄く、その性能ゆえと考えるもの。様々だろう。


 お伽話では、人間が絶対に勝てないであろう空想の竜に立ち向かう勇者が、剣のみで倒す。


 まさに絵空事。空想だけの出来事。現実にはありえない事。


 そんな姿を実際に見ることになれば、人は目を疑う。


 人は走るだけで足に自分の体重の何倍もの重さを受ける。それ以上の負荷を受ければ筋肉や骨がダメージを受ける。火事場の馬鹿力などというが、実際にその力を発揮すれば、直後に筋肉断裂等の致命的な結果が待つ。


 しかし、村の中でこっそりとレイモンドの戦いを見た者は、知った。


 倒れる程の前傾で走るレイモンド。その足は地面を蹴るでなく、掘る。つま先が地面に刺さり、蹴り飛ばすようにして前に進み、それを繰り返すことで人外の速度に達する。つまり、超短距離で前に飛ぶことを続けている。


 剣を突き刺し敵を切り裂くにも、全身を回転させるようにひねり、腕のみの力ではなく体全体で斬っている。そして、斬った直後に相手の胴体を殴るか蹴るかして、離脱している。


 その姿を視認できているのは、少女だけ。


 レイモンドを見つけたという少女。


 異形の蜘蛛が巣を作りながらも、村人が生存を続けられたのは少女のおかげだろう。


 人が視認しづらい糸を視認し、その糸があることを周りに教えることが出来る。


 耳もいいと中年女性は言った。蜘蛛の動きも、ある程度なら聞こえたのかもしれない。


 だからこそ、蜘蛛の動きが消え、糸が主人を無くし弛んだ事で様子を見に出たのだろう。


 まるで勇者が降臨したかのような光景。


 しかし、その勇者として見られているレイモンドの姿は、傷つくほどに変わっていく。


 不可思議な甲殻が身を覆い、人ならざる姿に変貌していく。


 だが人の心は、思い込みで変わる。


 恐怖の対象や不安の種としてみれば、レイモンドの変異は怪異でしかない。しかし、勇者としてみれば、それは傷つくほどに神の与えた鎧を纏っていくかのようにも見える。


 少女の目には、レイモンドの甲殻は神の鎧に見えていた。


「ほんとに…ほんとに…勇者様って居るんだ…」


 自らの血でまみれ、敵の返り血を浴び、敵の肉を踏みにじる。


 敵を斬り裂く刃を振るう必死の形相。


 華麗とは言いがたい、粗暴な行為。


 自らの血と肉と命を使い、相手の命を奪う。


 異形のモノ達にも命があり、家族が有るだろう。しかし、人間の世界を襲うことで異形とされる。


 異形のモノも、自らの生態系では普通の生物なのかもしれない。


 だが、人間の世界では化け物だ。


 それを倒す、人の姿をした化け物。


 人間は、自分の主観でものを見る。だから、勇者は人間から生まれる。


 自分達を守る存在。自分達の世界を救う存在。それが、勇者であると信じる。


 少女の目には、だからこそ、目の前で敵を倒し続けるレイモンドが勇者に見えている。


 少女の目には、だからこそ、目の前で繰り広げられる惨劇が華麗に見えている。


 夢でしかなかった憧れの勇者が目の前に居る。


 それだけで心踊る。


 命の危機を感じていた時に現れたレイモンド。


 村人のほとんどが忌諱と賞賛を織り交ぜている中、少女にとってはそれだけで憧れる対象になっていた。


 見えていたからこそ、聞こえていたからこそ、異形のモノが全て倒されただろう時にすぐに飛び出した。


 他の村人達も同様だ。


 少女と共に、みんなが隠れていた場所から姿を現した。


 異形のモノの残骸の上に立ち、まだ居るかもしれない敵を探すレイモンド。


 すぐに去るつもりだったが、しかし、歓声に驚き振り向いた。


 歓声のする方向に視線を移しながらも、気配を探ることは怠らない。 


 歓声で気づいたか、何匹かのはぐれていただろう異形のモノが姿を表す。


 それは、レイモンドを狙っていたのだろう。


 レイモンドが他の蟻型と戦っている間に、いつの間にか村の建物の影に隠れたのかもしれない。


 気配を気取られぬ距離。そして、それは歓声をあげる村人たちの方が近い。


 それらは、歓声を上げレイモンドに駆け寄ろうとする村人に襲い掛かる。


 レイモンドの速度でさえ、間に合わない。だが、駆け出していた。


「伏せろ!!!」


 レイモンドの言葉を理解するものは居ない。いや、理解する時間は無かった。


 既に異形のモノはいないと思っているからだろう。


 一番端に居た者の頭が、異形のモノの一撃で吹き飛ぶ。


 歓喜に満ちた村人の顔に、その血しぶきがかかる。


 驚き。認識。――そして、恐怖。


 心が囚われ固まる者。しゃがみ込む者。気絶して倒れる者。そして、走って逃げ出す者。


 異形のモノの習性か、走って逃げる者が次に襲われた。


 レイモンドが追いついた時には、4人も犠牲者が出ていた。


 そして村人は見る。


 遠くからの見る勇姿と、近くで見る死闘の違いを。


 かっこ良く敵を倒す勇者を夢見るものも、敵との斬り合いと殴り合いで命のやりとりを行う死闘を見ては、戦い自体に恐怖を覚えるだろう。


 その恐怖か、はたまた、異形のモノが近くにいる事に怯えてか、腰を抜かした少女はへたり込んでいた。


 レイモンドを見つけた少女だ。


 最初には出てきていたが、他の村人に追いぬかれ、また逃げる際には置いて行かれた。


 そこに振り薙ぎられる異形のモノの腕。


 しかし、その腕はレイモンドによって受け止められた。


 受け止めはしたが、腕の力でレイモンドの足が地面からずれる。


 腕は少女には、しかし、達しなかった。


 ギリギリの所で、少女を押し倒したのは、シュリア。


 攻撃を抑えたレイモンドだったが、シュリアが居なければ腕は少女に届いていただろう。


「待ちくたびれましたぁ」


 レイモンドと居る時の、のんびりとした呑気な声。


 その声を聞いてなのか、レイモンドは敵の懐に入り込み、一気に斬る。


 そしてそれは、最後の一匹だった。


「ありがとう、シュリア」


 安心した様に礼を言うレイモンドに「いえいえ~」と答える。


 そして「この辺のは終わりですか?」と聞いた。


「他に察知出来ない? 村人を残して他に行くのは、少し不安なんだ」


 周りを見回すというよりも、山林側を注視している。


 隠れるとすればそちらだろう。また、異形の蜘蛛が巣を作るとするなら、森の中だろう。


「あの、あの、えっと……勇者様のお知り合い……ですか?」


 少女の戸惑いに「勇者ってだれ?」と答えるシュリア。


「村を救ってくださった勇者さまです!」


 少女の熱い視線がレイモンドに注がれ、それをきょとんと見るシュリア。


 レイモンドが「あー……えっと、どうやら俺のことみたい……」と歯切れ悪く照れながら言った。


「へぇ~、勇者様かぁ。じゃああたしは勇者様のお嫁さんだぁ」


 少女がぴくっと反応した。


「えと、あの、結婚……なさってるんですか?」


「それはない」


 シュリアが茶化そうと「うん」等と言う前にレイモンドが否定する。


「あの化け物を退治できるから、一緒に旅しているだけだよ」


 少女の手を取り立たせる。


「それと、まあ、うん。俺は勇者なんてたいそうなもんじゃないから」


「そんなことありません! 勇者様です! 村を救ってくださった勇者様です!」


 なんとなく照れながら言うレイモンドに少女が詰め寄る。


 レイモンドは自分を化け物と思ってる。


 人ではなくなった、勇者でも英雄でもなく、敵を倒せる力を得た化け物。


 ただ、人の心を持ってるだけの化け物。


 少女が熱く言う「勇者」という言葉が、どこか心に刺さる。


 小さいころ憧れた勇者。


 悪を討ち、正義を成す勇者。


 だが、それはあくまでも「人間」だ。


 しかし、今の自分はそんな上等なものじゃない。


「それじゃあ、そろそろ」


 シュリアの言葉に「うん」と答え、と、その前に少女の前にしゃがみこんだ。


「この村の勇者は君だよ。君が敵を見て、聞いて、みんなを助けたんだ。戦うだけが勇者じゃない」


 頭に軽く手を置き「みんなを大切にね」と。


 レイモンドはリリとの別れの時を思い出していた。


 あの時も、頭をなでてあげた。


 怖がられたけども。けど、最後に触れ合えた。


「他の敵、わかるかい?」


 レイモンドの問いに「だいたいは」と答えて先に進むシュリア。


 シュリアはしげしげとレイモンドを見て「ボロボロですね」と言った。


「でかい蜘蛛だった。死ぬかと思ったよ。……ところで、あの3人は?」


 あの場にほったらかしで、シュリアが来たとも思えない。


「あの3人は町に連れて行きましたぁ。だから大丈夫ですよぉ」


 そっか。と答え、レイモンドはシュリアの後を追って歩き出した。


 町に入れたのかは別に聞かない。シュリアの事だから上手くやったんだろうと思い込んでしまった。


 そしてレイモンドとシュリアは村を後にした。


 振り返る事はなかった。





 賑わう王都。


 反乱軍が王都に入ったことにより、賑わいを得ていた。


 笑い声が絶えず、嬌声が響く。


 楽しげな都。


 ただ、都の中央広場に晒されてる干からびた生首だけが異様だった。


 司令官達の首。


 斬首され、その見せしめに晒されている。


 王に、領主に与するものは、こうなる。


 反乱軍の勝利。


 それを示すかのように、それは干からびてもまだ晒されている。


 それはまた、いまだ血気盛んな王軍の残党に対する挑戦でもあるのだろう。


 自分達の司令官を見せしめにされて悔しいか?と。


 策なく王軍を名乗れば、すぐにでも捕らえられるだろう。


 腐り果て、朽ち果て、また、鳥につつかれ骨だけになっている首も有る。


 そして首が晒されている場所に書かれた文字には、諸悪を行った罪人と書かれている。


 罪状などはどうでもよいのだろう。


 王軍の司令官達は逃げきれず、掴まり、首を落とされた。


 なかには勇敢に戦った者もいるだろう。だが、それでも同じように晒される。


 反乱軍には、敵に敬意を払う者は少ない。


 反乱軍にとっては王も領主も、そして、地主でさえも自分達を苦しめた罪人なのだ。


 自分達の苦しみは、自分達のせいではない。全て圧政のせいだ。


 王が悪い。領主が悪い。地主が悪い。自分に対して風当たりの強い奴が悪い。


 従うでなく、自分で決起するものには主張があるだろう。だが、自分では決起もせず、誰かの決起の尻馬に乗り、そして、勝利の美酒にだけすがりつく。そういった者も少なくない。


 王都にはもちろん、人々を取り締まる役割の役人が居た。


 その者達も南へと向かい、残っていたのは少数。そして最後には、その者たちさえも招集された。


 だから無血開城だったのだ。


 反乱軍は自らの旗印を掲げて王都に入り、そして、王宮を占拠した。


 宝飾品や調度品など略奪し放題だ。


 それはしかし、反乱軍の一部の者たち。


 やはり、志を持って集まった中にも腐った者は居る。


 粛清はされるものの、だが、反乱軍の力が衰えるほどの粛清は出来ない。


 反乱軍もまた、自らの中に不安の種を抱えていた。


 そしてまた、一番大きな懸念。


「王の首はまだか」


 反乱軍のリーダーらしき男。


 まだ若い。幼さはないものの、貫禄が有るとは言いがたい。


 今まで何処に居たのか、戦場ではその姿は掻き消えていたのか。


「北の城は、やはり要塞か……」


 しかし、その口ぶりからすれば、リーダー格であろう。


 昔から北の城は処刑場として有名だ。しかし、同時に内外からの強固な城としても名高い。


 罪人が入れば出られず、城へ罪人の仲間が攻め込んでも鉄壁の守りを誇る。


 そして、罪人の断罪は王が任命する、信頼の厚い領主に任される。


 北の城に限って、王が領主を見定め、任命する。


「一刻も早く、南の軍も落とさねばならんというのに……」


 男は王子や領主の息子と言っても疑われないような風をもっていた。


 心配するのは、南に集結しきっているだろう王軍と領主軍達。


 異形のモノに殲滅されていれば、それもよし。しかし、一番なのは異形のモノとの共倒れだ。


 異形のモノが北上してくれば、王都もまた混乱に見舞われる。


 反乱軍は異形のモノと対峙できるのか。


「王の討伐に向かわせた者たちを戻せ。そして、王都の守りを固める」


 驚き問う「よろしいのですか?」とは、男の側に立っていた兵士風の男だ。


「問題はない。異形のモノも、お前たちに任せる。報酬は王宮の宝物庫の物を好きにもっていけ」


 男は「かしこまりました」と言った後で「王軍の残党は?」と聞いた。


「処分しろ」


 兵士風の男は頷き、足音もさせずにその場を後にした。


「相変わらず気味の悪い連中だ……」 


 兵士の去った後を目で追った後、男はニヤニヤしだした。


「俺が王だ。新しい王だ。この世界の全ては俺のものだ」



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