第18話 生きるために
散り散りになった王軍は、敗走を続けていた。
王軍はというよりも指揮官クラスが逃げることに必死だ。
敗残の兵と言えど、人間の戦い。
お互い、戦が終われば交流もある。また、負けた方が領土や金品を奪われるだけで、ソレ以上に陵辱や略奪は無い。
人間同士の戦争は、あくまでの領主の領地争い。ゲームのようなものだったのだ。
だが、反乱軍との戦いは違う。
王に加担するものは、全て殺されるだろう。
領主と共に富裕を貪った者は、全て処罰されるだろう。
指揮官を任されるということは、王や領主からの信任が厚く、また、共謀してる者が多い。
反乱軍としては、反乱の成功としての「見せしめ」にぴったりなわけだ。
だから、追う。相手が泣こうが喚こうが、殺さずに捕まえる。
殺してしまえばそれまでだが、それでは見せしめにならない。
殺すのは、王の、領主の圧政に苦しんだ民の目の前でだ。
懺悔をさせて、さらには、悪辣な言葉をかけ、逆ギレさせる。
そうして非道さを引き出し、誰もから嫌われた所で処刑する。
殺されて当然だ。
王に与する者は、そう思われる。それが反乱軍の狙い。
指揮官クラスと言ってもいろいろ居る。
騎士である者、領主の血縁で有る者、また、策謀に卓越した者。
騎士は強く、策謀に卓越した者は逃げる際にも手際が良い。しかし、領主の血縁でというだけで指揮官になった者は、一番捕まえやすく、そして、使いやすい。
逃げ延びる事が出来なかった司令官は、捕まり、そして死を待つ。
全員が一度に死刑になることはない。
なぜならば、一人ひとりが謂れ無き罪で裁判の行われ、そして、死刑を言い渡されるからだ。
領主の血縁とはいえど、司令官として部下を大事にしたとしていても、死刑になる。
領主の血縁で司令官になっただけで、重罪とされてしまうのだ。
領土同士の戦いでは、戦死することはあっても捕虜になれば一番優遇される領主の血縁。しかし、反乱軍にとっては、一番、王や領主を貶める事ができる存在。
だから今、王都にある地下牢には重罪人と共に各所で捕まった領主や領主の血縁。そして司令官達が捕まっていた。
まだ逃げている者ももいる。しかし、時間の問題だろう。
民は皆、反乱軍に傾き、誰も領主や領主の血縁に手を差し伸べる者は居ない。
もし手を差し伸べれば、逆に、王への加担者とされてしまう。
自らの保身を求めるのならば、手を差し伸べるのではなく、通報だ。
王が、領主が全て悪いというわけではない。
反乱軍が作るだろう新しい国家が、今より素晴らしいのかはわからない。
しかし、今時勢は反乱軍に傾いている。
一番大切何は、自分。
殆どの者がそう思い、保身に走っていた。
そして、一時の安らぎと思い差し伸べられた手を取ると、それは罠。
居ると通報するよりも、捕まえた方が、より多くの褒美が貰える。
裏切られたという怨嗟の声は、自らが得た褒美でかき消される。
そして、死刑囚は増えていく。
確かに、王都は無血開城であった。
しかし、血は流れる。
贖いを求める人の心によって。
権威を象徴する者の心によって。
反乱の旗の元に、血は流れ続ける。
反乱軍が目の敵にする。王家と領主の血筋の血によって。
犠牲は、流される血は、反乱が成功した証として使われていた。
何時間、気を失っていたのだろうか。
レイモンドが目覚めると、そこはまっ暗な部屋だった。
寝ているものの感触からしてベッドだろう。
「ここは……?」
路地裏で気を失ったのを覚えている。
異形の蜘蛛に喰われ、何故か助かった。
生き残った。
しかし、理由はさっぱりわからない。
そして、ここにいる理由もわからない。
「――シュリアが助けてくれたのかな?」
ひとりごちた後、立ちあがろうとするがふらつく。
まだ貧血の症状のままだ。
体中の血が足りてないと訴えているが、レイモンドにはだるさとしてしか伝わらない。
ひどい倦怠感に体中が鉛の様に重い。
「助けに……いかなくちゃ……」
言葉にすることで、自分を鼓舞する。しかし、続かない。
無理に動かすことで、体中が悲鳴をあげる。
悲鳴上げることで、レイモンドの体はまた進化する。
こんな時でさえ、体の中身の進化は止まらない。
体力と血が足りない事だけが、今のレイモンドには問題だった。
手探りで部屋を探る。
少しずつ部屋の暗さにも慣れてきた。まっ暗で、まったく灯りはない。しかし、見える。
僅かに見える部屋の全景は、地下室の様だった。
部屋の隅のハシゴを登れば、上に出入り口があるだろう。
登った先に、出た先に敵が居れば、やばいかな。と思いつつも、動かずにはいられない。
鈍重な動きでもなんとかハシゴまでたどり着く。
息切れが激しい。
こんな短距離を歩いただけなので、異常に疲れている。
体中が痒い。
自分の手を触ってみたが、ガサガサだ。
ハシゴを登り地下室の入口だろう板に手を添える。
音は、感じる。
誰かが歩いてる足音だ。
異形の蜘蛛や異形のモノの足音ではなく、感じるそれは人間。
レイモンドはそこまで解るようになっていた。
しかし、人間もまた怖い。
今までレイモンドの戦う姿を見た人間は、レイモンドを恐れた。
恐れは敵意を生み、それは波及する。
地下室に入れたのは閉じ込めるためだろうか。
そっと力を入れる。すると、地下室の扉はすんなりと開いた。
「え? えええええ? もう起きたのかい?」
どこかの食堂の制服だろうか、それを着た中年女性が大声で驚く。
声を止めようと動く事も、今のレイモンドには出来ない。ただ地下室から顔だけ出してる状態で苦笑いするだけだ。
「あと数日は寝こむと思ってたよ。あんた大丈夫かい?」
そう言うと「勇者様がおきたよー!」と、どこかに声をかけた。
「俺、勇者ってことになってるんですか?」
地下室から出たレイモンドは力なく聞いた。
なんとなく騒がしい感じの普通の村。先ほどまでの村なのかと疑問に思うも解らない。
「ああ、そうさ。村を救ってくれた勇者様さ。なんせ、あの化け物を倒してくれたんだからね」
「俺が倒したことになってるんだ……けど、覚えてないんですよ」
レイモンドは素直に答えた。
「んなこたぁ良いんだよ。あいつがやっつけられて、そこにあんたが倒れてたんだ。生きてね。あんた以外に、あの化け物とやりあうのなんか、この村にゃ居ないよ」
レイモンドは「はあ、そうですか」としか言い返せなかった。
中年女性の勢いに圧されている。
そんな中、もう一人が声をかけてくる。
「あの、あの、大丈夫ですか?」
店員の格好だが、妙に幼い。
レイモンドは出来るだけ笑顔で「うん」と答えた。
「この娘がおまえさんを見つけたんだよ。この娘だけ、糸が見えたからね。この娘は目と耳がすごく利くんだよ」
どういうことか聞こうとしたが引きずられて食堂に連れられるとテーブルに。そして目の前に怒涛のように料理が運ばれた。
「まずは、腹へってんだろ。食いな食いな」
「こんなに食べられませんよ」
さすがにレイモンドの体重さよりも量がありそうな料理。
いつ作ったのか、全部が湯気を立てている。
見回せば幾つかのテーブルには客らしき姿。
それらの客もレイモンドの視線を感じると、まるで乾杯するように飲み物を掲げる。
レイモンドは見つけられた時、甲殻が既に剥がれきっていたのだろう。
人として扱ってもらえることがとても嬉しかった。
「それじゃあ、食べられる分だけ……ごちそうになります」
そう言って食べ始めるレイモンドを、嬉しそうに見る中年女性と店員達。
「化け物は、あれ一匹だったんですか?」
一息ついたレイモンドが、なんとなく尋ねた。
「はい。最初はなんかいっぱい来たんですけど、あれが来てから他のはどっかいっちゃいました」
まずい。――レイモンドはそう思った。
異形の蜘蛛が縄張りとして、その他の異形のモノを追い出したのなら、異形の蜘蛛が居なくなった今、ここは蟻型に狙われる。蜘蛛型が一匹で縄張りを作るとしたら、蟻型は集団で襲う。ならば、危険は終わっていない。
「逃げる準備を。隠れられるなら隠れないと」
レイモンドが言うと不思議そうな顔をする人たち。
「化け物はやっつけたんだ? もう安心だろ?」
中年女性の言葉にレイモンドが首を振る。
「蜘蛛の縄張りが無くなったと解ったら、他のが来ます」
食堂の全員が蒼白になる。
「じょ……冗談はやめとくれ……」
中年女性はそう言うが、レイモンドの真剣な顔に圧倒された。
「けど、逃げるったってどこへ。隠れても最初に来た連中は何処にでも入り込んできたんだよ」
よく生き残ったものだ。
「たぶん、来る数はそうでもないと思います。俺が倒します」
レイモンドが言うと他のテーブルから「さすが勇者様だ」と笑い声。
蟻型が来るなら、やはり山林側からだろうか。
レイモンドは食べ物の礼を言うと店を出る。
「まちな。これ、あんたのだろう」
一対の剣。両方共揃っているし、持ち手の部分には新しく皮が巻きつけられている。
「直しておいたよ。……あんたまさか、私達の為に戦ってくれるのかい?」
レイモンドは「絶対、守ります」とだけ言い、背を向けた。
中年女性と店員たちは、レイモンドの背中がとても寂しそうなのが印象的だった。
「あら? 生きてた」
丘の上で様子を見ていたシュリアの第一声。
シュリアも死んだと思い込み、レイモンドを見つけるまで気にもしていなかったのだ。
「ちゃんと武器もあるわね……。んー、どうしよう」
レイモンド本人と武器はある。しかし、シュリアの作った服と防具は無い。
村人が不思議な形の武器を持って山林の方に一人で歩いてるだけのようにも見える。
「あの蜘蛛は死んじゃったのか。レイモンドさんの方が強いのね」
シュリアはその場で見ている。
近くに異形のモノの気配を感じるが、動こうとはしない。
ただ見ているだけ。
「お手並み拝見かなぁ」
シュリアの視線は遠すぎて感じないのか、しかし、レイモンドには異形のモノが近くに居る気配を感じる。
異形のモノの蟻型だ。
蜘蛛型が姿を消したことを察してか、餌場を探して来たのだろう。
数十匹は居る。この数が襲えば、村はすぐに壊滅だろう。
レイモンドが顔をしかめ、そうは、させない。と口にする。
さっきの食事のおかげか、体力はだいぶ戻った。血も増えた。
だから出来る。
再び自らの体を傷つけ、血を流す。
伝う血は刃を覆い、そして、伸ばす。
切り傷はすぐに治る。しかし、切り傷から流れ出る血は少なかった。
この傷にも体が慣れてきているのだろうか。血は流れ、刃は伸びた。
蟻型はレイモンドを知らない。
目の前に武器を構えた餌が居る。そう見えるだけだろう。
そして学習はするのか、それとも餌だとしか思っていないのか。
人間に恐怖を感じては居ない様子。
蟻型は、そのまま真っすぐにレイモンドに突っ込んできた。
餌にがっつくかの様に。
レイモンドが居た位置に蟻型が群がると、転がったのは蟻型の首や胴体。
刃で分断された異形のモノの残骸が転がる。
最初に群がった蟻型の悲惨な最後を見て怖気づいたか、他のは二の足を踏む。
二の足を踏むということは動きが止まると言うこと。
レイモンドにとっては好機。そのまま走りこみ、群れの中へ。
蟻型は群れで行動する。だから、戦う時以外は密集している。
戦いの時はお互い距離を起き、武器としての腕を振るい人を壊す。しかし、密集の状態ではお互いの体がじゃまになる。
レイモンドが次々に異形のモノを倒していく。
異形の蜘蛛と戦った時よりも速い。
更なる進化か、その速度は異形の蜘蛛並。
駆けこむというよりも音もなく近づき、異形のモノを屠って行く様は逆に異様だった。
人間業ではない。
異形の蜘蛛を視認できた者ならば、その動きはまるでソレに近いと感じただろう。
息切れもせず、体力は十分。そして武器に纏った血は、そのまま長剣の様を保っている。
血までも進化したか、それとも技量があがったのか、異形のモノを斬っても割れずにいる。
村人の気配は静かだ。
何処かに隠れてくれているんだろう。
守ると約束した。そして、守れる力がある。約束を守る。
レイモンドの剣が異形のモノを斬り、そして、残骸が産卵していく。
不思議な形の武器が、更に変形する。
流石に敵の攻撃がかすれば皮を切られ肉を剥ぎ取られる。しかし、再生。
再生の合間に流れ出た血が、その部分に甲殻を作り、しかしそれは動きの邪魔にはならない。
武器に滴る自らの血が、刃の形を変えさせ、長く、鋭利にさせていく。
殆どの攻撃が一撃必殺。しかし、その攻撃を与える合間にも攻撃を受ける。
一撃で仕留められない敵からは、やはり反撃を受ける。
異形の蟻型に囲まれているのだから、周囲からの攻撃もある。
傷はそのまま甲殻となり、また、血が滲みた服は薄く硬い鎧のようになる。
レイモンドの体は次第に甲殻に包まれつつ有り、そして、それは人には見せたくない姿。
人ならざる姿。
――全ての敵を倒し終えられたら、そのまま去ろう。
この姿を見せれば、また怖がられる。
シュリアと合流し、近くに敵がいないか確認してもらえば安心できる。
シュリアと三人の事も気がかりだった。
気を失ってから何時間か、それとも何日か。シュリアだけでも恐らくは生きながらえるだろう。
だがあの異形の蜘蛛の様なモノがシュリア達をも襲ったとすれば、どうか。
村に居た蜘蛛は、村を縄張りとしていた。しかし、外は違う。
蟻型の異形のモノか、もしくは、他の蜘蛛型がいれば、やはり脅威。
だが心配は後回しだ。まずは全力で目の前の敵を倒す。
レイモンドは今出来る全力で、異形のモノへと向かっていった。
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