第27話 マジカルエッグ



 記者会見が終わり、樋之口先生と少し打ち合わせをして俺とマーイはようやく一息着いた。


「マーイ、お腹すいた~。ご飯作るね」


「疲れてない?」


「うん、大丈夫!」


 マーイは相変わらず明るい笑顔で返事をする。



 俺は状況を整理することにした。


 先ず警察、刑事課の岩井田さんへは記者会見前に連絡していて、明日また電話すると言ってある。全世界にマーイが帰ることは伝えたから、これで警察がマーイを捕まえるのは不可能だろう。不法入国者として捕まれば帰れなくなる可能性があったからギリギリのタイミングだ。

 警察から逃げながら生活なんてできないしな。


 次に俺は先程記者会見で提示したメールを開く。DMが来ていないか確認すると大量にメッセージが来ていた。ペニシリンとは関係ないメールが殆どだ。海外からもたくさん来てるぞ。


 取り敢えずフィルターを掛けて動画添付されたメールだけを残す。

 すると〇〇大学××研究室だとか△△ラボだとか専門ぽい所からメールが来ていた。動画を確認すると全てペニシリン抽出動画だった。

 おそらく過去に撮影した動画を編集して送ってくれたのだろう。


 この動画をタブレットに保存してマーイに持たせる。それとソーラー充電器も持って帰ってもらう。こいつがあればコンセントがなくてもタブレットを充電できる。マーイが向こうで偉い人に薬の作り方だと説明し、タブレットとソーラー充電器をプレゼントすればミッションは完了だ。


 サンプルで爺ちゃんと婆ちゃんが病院で処方されて飲み残した抗生物質と解熱剤、これが大量にあるから持って帰ってもらう。

 解熱剤は即効性がある。実際に薬が効けば薬作りに取り組んでくれる筈だ。


 ペストは細菌が引き起こす病気で人から人へ感染する、という内容を紙に書きマーイに説明して、向こうで偉い人に説明してもらおう。

 それと生活習慣として、ゴミや糞は畑の肥料にして街と川を綺麗にすること、毎日風呂に入り体と髪を清潔にすること、媒介になるネズミを駆除し町中のネズミを減らすこと、病気が蔓延している時は口と鼻を布で隠し飛沫を飛ばさないこと、以上4点を伝える必要があるな。



 あと他にやっておくことはあるだろうか……。



 暫く考えた俺は立ち上がった。

 髪をポニーテールにしてフリルの付いた白いエプロン姿で料理を作るマーイを後ろから抱き締める。


「リョウ?」


「マーイ、絶対に日本で生活できるようにしておくから、必ず帰ってきてくれよ」


「マーイ帰らない……リョウ悲しいの?」


 マーイはクルリと180度回転して俺に向かって正面をむいた。

 そして俺を抱き締める。俺の胸に顔を埋める。


「ああ、凄く悲しいよ。マーイがいない人生なんて考えられない」


 俺もマーイを強く抱き締める。


「マーイ、ここ、帰る。マーイも同じ、リョウいない寂しい。ずっと一緒」


「マーイ、顔上げて」


 俺達はキッチンで抱き締め合い見詰め合う。


「ちゅっ」


 それから暫くキスをした。


 彼女は別に帰りたいと思っていなかった。日本の法律なんてマーイにとってはよくわからないことで、この世界の事情で一度帰らなくてはいけなくなってしまった。申し訳ないことをしたと思う。


 俺の戦いはマーイが異世界に帰ってから始まる。彼女が安心して暮らせる環境を絶対につくらなければならない。




 ◇



 翌日。


 マーイの帰郷準備も順調に進み、翌日の夕方彼女は異世界へ帰る。

 わかりやすいペニシリン抽出動画は10本以上集まり、全てタブレットに保存した。資料は多い方がいいだろう。やれることはやった。あとは向こうの人次第だ。


 来た時と同じ格好で帰るのかと思ったが、マーイはグレーのダウンジャケットにデニムパンツ、スニーカー姿。余程こっちの服が気に入ったらしい。


 彼女は今、ケラケラの頭蓋骨を地面に置いてその周りに直径5m程の魔方陣を描いている。周りでは俺の爺ちゃんと婆ちゃん、早乙女さん夫妻、千穂ちゃん、それにマスコミが見守っている。


「リョウ、終わったよ」


「そうだ……。右手出して」


「ん?」


 俺はマーイの右手を掴むと薬指に指輪を嵌めた。よかった、丁度良いサイズだ。

 この指輪はタブレットとソーラー充電器を買っに行った際、帰りにジュエリーショップに寄って買ってきた。安物だけど何か形ある物をプレゼントしたかった。


「これ、あげる」


「きれい……、リョウ、ありがとう」


 マーイは微笑み、それから。


「マーイ、行く」


「ああ」


「マーイ、ばいばい」


 俺の横にいた綾がマーイに手を振る。


「アヤ、ばいばい、マーイ、行ってくるね」




 魔方陣の前に立つとマーイは両手を翳し詠唱を始めた。


「ルナイセンシ ミカノウクジ ヨスオカ シオトヲマタミノレワ ニイカセノカ セラタモヲクカンヘ ――アンショーリュボレッ!!」


 魔方陣が光り輝き、その光がケラケラの骨に集まっていく。ケラケラの骨が光り輝くドラゴンへ変わっていく。


 形の形成が終わったタイミングでマーイはドラゴンに飛び乗った。


「リョーウ! 大好き! またねぇ~!」


 俺も「大好きだ」と叫ぼうとした瞬間マーイとドラゴンは跡形も無く消えた。







 2月の終わり、俺は24歳の誕生日を迎えた。

 丁度そのころパプリカの種を土に植えた。これが9月に実を付け乾燥させて粉にしたものが鶏の餌になる。3月に入るとガボチャの種を植える。これも鶏の餌にするのだ。


 3月の終わり、うちの農地を囲うように植えられている大量の桜が一斉に咲いた。

 俺は賑やかに咲く桜の花を見てあの子を思い出した。

 そして養鶏所の名前を『桜沢養鶏所』から『桜舞さくらまう養鶏園』へと変更する。


 5月からはトウモロコシ栽培が始まるから本格的に畑を耕し、作物を育てる準備を進めた。

 それと並行して鶏が卵を産む産卵箱やひよこを育てる飼育ケース、沢からホースで水を引いて垂れ流しの給水器なんかを自作した。

 車も作業しやすいよう中古で軽トラックを購入。それと発酵飼料を混ぜる攪拌かくはん混合器も購入した。ドラム缶が回るタイプで中古で3万円程だった。


 開業の準備を進めながら土日は綾と過ごし、空いた時間は全てマーイの在留資格取得に向けて色々な動きをしている。法務省に求められて資料を作成したり、全世界から署名を集めたり、国会の参考人招致に呼ばれたと、実現に向けて少しづつ進展していた。


 そして6月の中旬、とうとう異世界人受入法が国会で可決された。活動を始めてから5ヶ月間、時間はかかったがこれでマーイが帰ってきても、多少制約はあるが法務大臣に許可を貰えば合法的に日本に住むことができる。パスポートも日本政府が発行してくれる。





 7月初旬。太陽が照り付ける暑い日。畑にはトウモロコシが青々と茂り既に実を付けている。

 午前中、俺の携帯に電話がかかってきた。種鶏場しゅけいじょうからだ。種鶏場はヒヨコを販売している会社。


『もしもし桜沢さんですか?』


「はい。桜沢です」


『今ね、近くまで来たんだけど、どうやって行けばいいの?』


「うち、入り口がわかり辛いのでよかったらそっちに行きましょうか?」


『頼むよ。今ね自動精米機のところにいるから』


「わかりました」


 この電話はうちにひよこを届けてくれる種鶏場の人から。

 雛は35℃前後で飼育しなければならない為、梅雨が明けて気温が高くなってから仕入れることにした。雛を飼育するケース内に保温器具を設置しているが、外気が寒いと暖めきれない。なので昼間は30℃を超えるこの時期に入荷となった。


 今回仕入れたのは純国産品種『あずさ』が200羽、白い卵を産む『白色レグホン』60羽、それと水色の卵を産む『アローカナ』18羽。一羽あたりの単価はあずさ250円、レグホン280円、アローカナ1600円だった。95,600円プラス消費税で合計約10万円だ。


 自動精米機……たぶん早乙女さんちの畑にあるやつだな。すぐ近くだ。





 精米機へ行くと種鶏場のロゴが入った白いハイエースが砂利の駐車場に停まっていた。


 俺も車を停め運転席から降りて、目を見開く。


「マーイ!」


「リョウ!」


 なんとそこにはマーイがいたのだ。服装はデニムパンツにキャミソール。異世界へ帰るときに来ていた服だ。

 俺はマーイに駆け寄り彼女を抱き締める。


「マーイ会いたかった!いつ来たの?」


「2日前、空飛ぶ、ここ来た!」


 よかった、迷子にならなくて。

 ん?よく見るとマーイの足元に毛の長い白くて大きい猫がいた。俺は猫と目が合う。銀眼と金眼のオッドアイ。


「マーイ、腹が減った。そこの鳥は食べていいのかな?」


「ダメだよー、もうすぐ家、我慢して!」


 って、ええええええ?猫が喋った。女性の声。


「マーイこの猫って……」


 とマーイに聞くと猫が、


「吾輩はケルケット、猫である」


 しかもマーイより日本語上手!


「ケルケット、一緒にきたい、連れてきた。えへへへへ」

 とマーイは微笑む。



「あれ?桜沢さん?ヒヨコの受け渡ししてもいいですか?」


 種鶏場のおじさんに呼ばれた。

 それからヒヨコを受け取り、俺の車に移動した。今日は乗用車で来ている。



「それじゃ、マーイとケルケットさん車に乗って」


「あ、そうだ!リョウ、お土産ある」


 マーイはそう言ってカバンから真っ赤な球体を取り出した。

 これって……卵?


「マーイの村の鶏、卵」


「これって有精卵なの?」


「ゆーせーらん?」


「温めたら鶏生まれる?」


「うん!生まれる、できる!」


 マジか……。地球に存在しない真っ赤な卵!有精卵は温めれば産卵から約21日後に殻を破ってヒヨコが出てくる。それを他の鶏と交配させればとんでもない卵が生産できるんじゃないか?


 俺はマーイが両手で包み込むよう持った真っ赤な卵に視線を落とす。


 魔法世界の卵、――――マジカルエッグ






 ――――1章完結――――


 2章はいつ書くかわからないので、これで完結にしました。


 素人の書く幼稚な小説ですが、ここまで読んでいただきありがとうございます。


 最後に☆、♡、フォロー頂けると今後の励みになります。

 もし良かったら宜しくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

桜舞養鶏のマジカルエッグ 黒須 @kurosuXXX

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ