第4話 泣き虫のお兄ちゃん

大嫌いな君に恋なんてするわけがない4話




 ホームルーム終了後の教室は、授業という呪縛から解放されたのもあってか、ガヤガヤと少しだけ騒がしかった。

 


 果たして将来サラリーマンになってもこんな気持ちになれるのであろうか


 僕なら帰宅し扉を閉めた瞬間に「お家最高ぅぅぅ!」とか叫んでしまいそうだ。


 それに比べたらまだこの解放感は可愛いものなのかもしれない。


 しかし、こんな想像を脳内でしてしまう辺り、僕も浮かれている証拠である。


 

 いま一度気を引き締め直し、念の為誰かに見られていなかったか辺りを見渡したが、そこには新たな環境での出会いによって連絡先を交換しあっている生徒達や新学期初日の疲れをお互いに労う生徒。



 友達と放課後どこかへ出かけようとにこやかに予定を立てようとしている生徒など楽しげな様子があった。




 疲れたし僕は早く帰ろう。

 

 帰り支度をする僕の手が気持ち速くなった。




「蓮、これから帰るのか?わりぃ、今日から部活でやることあるみたいだから先帰っててくれ」

 


 少し落ち着きがなさそうな様子の大和は、早くも体操着に着替えカバンを抱えていた。


 大和はサッカー部に入っているのだが、今年から部長に任命され、色々と初日から顧問との打ち合わせがあるのだろう。


 スポーツマンは大変である。




「ああ、頑張れよ。


「おう!じゃあまた明日な」


「またな」



 お決まりのイケメンスマイルでそのまま大和は教室を去っていく。


 その大和の背を追うように僕も教室を後にした。

 


 



――――――

 


 



それは学校からの帰宅途中での出来事だった。



「お母さん……どこ……?」



 一人の男の子と出会った。

 まだ5歳くらいの男の子である。



 様子を見る限りどうやら迷子のようだ。



「こんにちは、僕は神崎蓮と言います。お母さんとはぐれたのかな?」


 少年は不思議そうに急に声をかけてきた僕を見ていたが、しっかり答えてくれた。



「うん、お母さん……どこか行っちゃった」

 


 その瞳は少しだけ潤んでいた。

 しかしその頬に涙は流れていない。



「そっか、もう大丈夫だよ。君のお母さんは必ず僕が見つけるから、後は任せて」


「うん……」


 

 僕は自然と少年の小さな頭を優しく撫でていた。


 幼い頃の迷子とは怖いものだ。

 二度と親と会えないのではないか、その不安が一気に押し寄せてくる。


 きっとこの少年も同じ気持ちだろう。


 


「君はとても強い子だ。まだ小さいのに迷子になって泣かないんだからね」


「お兄ちゃんは迷子になると泣くの?」


「ああ、もちろんビービー泣いちゃうね。普通は皆そういうものだよ」


「そうなんだ……」



 そう呟くと少年はどこか照れくさそうに笑っていた。

 

 


 しかしこんな路上で親とはぐれてしまうことなどあるのだろうか?


 まずは少年から話しを聞いてみた方が早そうだ。




「君はどうしてお母さんとはぐれてしまったんだい?」



 そう聞くと少年の表情が少しだけ曇ってしまった。



「お母さんと歩いてたら蝶々さんがいて、追いかけてたら居なくなっちゃったの」


「なるほど、お母さんが心配しているかもしれない。とりあえず近くの交番に行ってお母さんが来たかどうか聞きに行こうか」



 僕は少年に手を差し出し、そのまま交番へ向かうことにした。






 交番への道中、少年からは最近流行っている戦隊ヒーローの話しを教えてもらった。


 このくらいの歳の子はヒーローが大好きである。


 自分もかつては変身ごっことかやったなあ……

 




 僕らは無事に交番に着き、何故かそこには……がいた。



「え、神崎くん……?」

 


 如月來夢は少し驚いた様子で僕と少年を交互に見て、最後に繋いでいる手元に視線が止まった。


 その時、心なしか眉間にシワが寄っていた気がした。




來人らいと!ダメでしょ一人でどこか行ったら!お母さんすっごく心配してたよ!?」


「お姉ちゃんごめんなさい」



 え?お姉ちゃん……?



「如月さん。この子とはいったいどういう繋がりが……?」



 如月來夢はハッとした顔でこちらを見て、物凄い速さで前髪を整えていた。



「えっとね!如月來人。私の弟です!お母さんから連絡があってね、帰りに交番に寄ってみてほしいって言われて」


「なるほど、如月さん弟がいたんだね」


「まあ歳はだいぶ離れてるんだけどね……あ、ほら!來人?お兄さんにお礼言って!」


「泣き虫のお兄ちゃんありがとう」


「どういたしまして」


 少年は不安から解放されたのもあり、さっきまでは想像もできないほど笑顔になっていた。


 そんな嬉しそうな表情をされたら流石の僕も嬉しくなる。


 自然と僕の口角は上がっていた。




「…………」




 しかし如月來夢に弟がいるとは知らなかった。


 けれどこれで僕の役目は無事に完了だ。




 あとを任せようと如月來夢を見ると何故かポカンと口を開けたままこちらを見ている。




「えーと、なにか僕の顔に付いてるかな?」


「え!?う、ううん!そんな事ないよ!色々と弟が迷惑かけてごめんね神崎くん!」


「気にしないで、じゃあ後は如月さんに任せていいかな」


「も、もちろん!本当にありがとうございました!」


「來人くんもまたね」



 僕は踵を返し交番を後にしようとした。

 

 


「お兄ちゃん!今度一緒にお家で遊ぼうね!」


「んな……!?」


「……!?」




 僕は思わず振り返ってしまった。




「な、ななな何言ってるの來人!」


 


 顔が燃え上がるくらいに真っ赤になって如月來夢は弟を注意していた。


 まあ、こんな小さい子だ。他意はないのだろう。



 

「まあ、機会があればね」


「え……!?」



 


 

 全くどうして今日はこんなにも如月來夢に遭遇するんだ……


 

 如月來夢デーでもやっているのだろうか――

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