突発的に鬱が書きたくなった時の書き溜め場

パーシー

異自殺





 学校というものが、学問を教えるための機関だとするならば、不登校だとしても学力テストで結果を残している○に、何も言うことはあるまい。



 学校というものが、社会の仕組みや人間関係の縮図としての舞台だとするならば、いじめを受けている〇は、社会から要らない人間だというのだろうか。








「あ~あ、今日も曇ってる」



 閉じ切ったカーテンから透けて入る光は今日も少ない。登校してた時は目を焼き尽くすような朝の日差しは鬱陶しかったというのに。


 今となっては晴れないと気分が上がらない。



「今日も行くか~」


 動きやすいジャージ姿に手早く着替えて外に出る準備。荷物は昨日と同じままでいいだろう。髪は…、先週バッサリ切ったから結ばなくていいんだった。



「さてと、いってきま~す」


 誰もいない一軒家に声をかける。人がいなくても家に挨拶しているのだよ。



 お気に入りのスニーカーを履いて外に飛び出る。曇っているのに今日も暑い。夏だから暑いのは仕方ないけど、なんとかなんないかな。



「今日も授業中か。まっちゃんは今日も怒ってるんだろうなぁ。白石のじいやも絶対ぼそぼそ喋ってそ~」



 私のいない教室はどうなのかな。いじめてたやつがいなくなって喜んでるのかな。でも、もしかしたらまた新しいいじめが起きてるかもね。



「ま、これから死ぬんだし、暗いことは考えないようにしないと」



 最期のときまで暗い感情でいるなんてまっぴらごめんだ。まっぴらごめんってきんぴらごぼうと似てるよね。 似てない? 確かに。


 


***




「とうちゃ~く。やっぱりここが一番高いよね」



 近くにある雑居ビルの屋上へと足を運んだ。七階建ての古臭いビルは今日も世界に耐えながら立派に立っている。



「よいしょっと」



 何度も登っているうちに、私の手足がかけやすいようにフェンスが歪んでしまっている。え、重いんじゃないかって? 太ってないやい! 標準よりも軽いから! マジマジ。


 ビルとビルの隙間から吹いてくる風は私の髪をなびかせる。短い髪になってから毎日髪を洗っているので家のシャンプーの匂いがムンムンだ。



「見ろ、人間がゴミくずのようだ」



 昨日もやったなコレ。もしかして私って単純なのかな。ほらバカと煙は高いところが好きっていうし…、って誰かバカじゃい!


 まあ死んで身体が焼かれたら煙にもなるから、あながち間違いじゃないのかもね。



「さて、今日はどうかな~。死ねるかな」



  今日も屋上から綺麗なアスファルトを眺める。昨日と同じ光景を見てもやっぱり飛ぶ気は起きないや。



「曇りだと気分は下がるよね~。さて今日はどこに行こ……」



 アスファルトから目線を戻す時に、マンションの上にを見つけた。なにやってるんだろう、休憩中かな。


 目を細めてよく見てみると人の正体は。それもなにやら靴を整えて私同様フェンスに上ろうとしているではないかっ。



「ありゃ、。止めに行かないと」



 ここから男の子の距離は目算で100mといったところか。ならば私の秘奥義である大声出せば届くな。



「そこのきみ~~~! そこでまってなさ~~~~~い!」



 天から降り注ぐ私の声に男の子はギクッとした。まさか自分に声をかける人なんていないだろうと思ってたのだろう。



「急げ急げ、あの少年を救わねば」



 フェンスの中へと颯爽と転がり込み、バッグを持って建物のエレベーターで下に降りる。エレベーターで下に向かってる時はなんか恰好悪いなぁとか考えていたけど一階についたら全力疾走。


 硬い地面はいくら踏みつけても形を変えない。まあ人の力程度ではアスファルトを砕くことなんてできないのは当たり前だけど。



「あ、フェンスの中に戻ってった」



 地上からさっきの場所を見上げたら男の子は慌ててフェンスの中に戻っていった。よし、これでひとまず安心だ。あとは男の子に説教するだけだ。



「はあ、はあっ、で、デデーン。はぁっ自殺ダメ絶対、ウーマン参上っ!!」



 男の子がいたマンションの屋上五階までの階段を全力で登りきった。偉い、偉いぞ私。しかし男の子は怯えた表情で私を見ているゾ。



「やあやあ君、はぁっ、ごめんちょっと水飲むね」



 ゴクゴクぷはぁ。バッグから薄めてあるスポドリを飲み干す。ちなみにスポドリは薄めない方がいいらしいよ。私は甘いのが好きじゃないだけ。


 マンションの屋上はコンクリートがきっちりと敷き詰められていて、一つの欠けも見つからなかった。



「ふう、お待たせ。時に少年! 君は今飛び降りようとしてなかったかい?」



 男の子の恰好は長袖に長ズボンのいかにも少年らしい恰好だった。髪はぼさぼさで顔色は悪いけど意外とかわいげのある男の子だった。



「…なに? おまえには関係ない…」



 男の子の声は嫌悪八割、恐怖に二割といったところか。うーんかなり警戒されてる。ここは年上として余裕をもって接することが重要なのだよ。


 

「お、お前って言った? わ、私のほうが見るからに年上じゃろがい! 敬語使え!」



 しまった。つい年上のプライドがっ…。男の子はさらにおびえた様子でこちらを見ている。第一印象って大事よな。分かる。とにかく嫌な印象を払拭しなければ。



「私、今高二だから。16だから。君はいくつかな?」


「…中一。13」



 ふっ、勝った。やはり私のほうが年上、ってそうじゃなくて。そんな事より中二が自殺だなんてダメだよ。



「君、なんで飛び降りようとしてたの?」


「……」



 私が質問すると目を背ける男の子。飛び降りようとしたのは否定していないので自殺に間違いない。



「いじめ? 家族の問題? それとも愛する人が死んじゃった?」


「……」



 いじめと家族の言葉を出したときに眉がぴくっと動いたので、おそらくそこら辺の問題なのだろう。私、人の表情読むの得意だからね。



「分かった。最近よく見る異世界転生みたいなのに憧れてるんでしょ。ダメだよ? あんなのは物語だから参考にしてはいけません」


「…いせかいてんせいって何? お前、オタクなの?」



 かぁーー、これはちょっと制裁が必要ですわ。私がオタク? まさか(笑)。たしかに最近ライトノベルとか一日十冊とか呼んでるし漫画アニメは食事風呂トイレ中も見てるけど私がオタクだなんてそんなわけ。



「い、いやあ? そ、そんなわけないでしょハハハ」


「…お前、わかりやすいね」


「ぐぬぬ」



 こいつ、手ごわいぞ。今まであったことないニュータイプだ。しかし私もニュータイプのはずだ!



「いやいや、君の方こそ分かりやすいよ?」


「どこが」


「例えば今は夏なのに長袖を着ている。それは腕の傷を隠すためじゃない?」


「…っ」


「あとは靴は汚れていないのにボロボロ。見たところきみは運動系じゃないから誰かが意図的にいたずらしたんだと分かる」


「…」


「あとはそうだね、服や靴はいいブランド品を持っているが着こなしは甘い。このマンションはかなり立地が良いから親が金持ちなんでしょ。つまり君は親から何らかの強制を受けているんじゃない?」


「…すごいね、お姉さん」



 ふっふっふ。まあ一番最初の反応からいじめと親関係だと分かったから、あとは適当な理由のでっち上げだけどね。ってあれ、お姉さんと呼んでくれちゃった。なんかいいかも。い、いや私はショタコンじゃないぞ。


 少年の表情は少し柔らかくなって、私への警戒心を解き始めた様子。



「あれ、でもこのマンション、オートロックだよね。お姉さんはどうやって…」


「少年、知ってはいけないことは世の中にはあるんだ。君にはまだ将来があるんだから」



 ちなみにマンションのオートロックはあるボタンと四桁のパスワードで開けれます。よい子のみんなは悪用しちゃダメだぞ☆



「…将来なんてないよ。僕はもう嫌なんだ学校も、家も、何もかも」



 おおっと私のテンションとは落差がすごいが、男の子はかなり悩んでいる様子。それこそ自殺するくらいには。


 ただ、まあそれが一般的な自殺なわけで。



「ふ~ん。でもそれ、もったいないよ? 死ぬ前にもうちょっと頑張ってみない?」


「お姉さんに何が分かるの。僕はずっと頑張ってきたっ。嫌いな勉強だって、学校のやつらに殴られたって耐えてきたし、親の言うことはちゃんと聞いてたよっ」



 男の子は俯きながら、それでも涙はこらえて話し始めた。しかし私から見れば、それは意味がない。



「うんうん、それは確かに頑張ってきたね。私なんかよりよっぽど偉いよ。でもね、君は少しだけ間違ってることがあるんだ」


「まちがい…? ぼくの、僕のどこが間違ってるっていうんだよっ…!」



 男の子の声に感情が灯る。それはまさしく男の子の言ったことは正しいと信じ込んでいる象徴だ。ならば仕方ない。この私がしっかりと教えてあげよう。




「君は、努力の方向性を間違えている」



「ほうこうせい?」


「そう、努力することは間違いじゃないけど、君が今言った努力は良くない努力だ」


「どういうこと…?」



 私の話をちゃんと聞く姿勢になったようだ。この男の子にはそれを教えてくれる人がいなかったから、ここまで悩んでいたのだろう。私にはそれを教える義務がある。



「嫌な勉強をしていた、暴力を耐えてきた、親の言うことを聞いていた。でもそれって君がわけじゃないよね?」


「…それは、そうだけどっ」



「そういう受け身でマイナスな努力は君を絶対に幸せになんかしてくれない」



 男の子は俯いて何もないコンクリートを眺めてしまう。いや、今の少年の頭にはこれまでしてきたことがフラッシュバックしているのかな。



「君はもっと自分のしたいことに努力を向けるべきだ。それは君の人生だから、君を幸せにするためなんだよ」


「で、でも、勉強はしないと怒られるし、クラスの暴力は痛いし、親は怖いよ…。僕は、お姉さんみたいに強くないよっ…」



 確かに、私は比較的に強い心は持っている。この男の子よりもはるかに強いのかもしれない。だけど、君はもうすでに一歩目は踏み出してるんだよ。



「いいや、確かに君は私ほど強くはないけど、それでも十分強い心を持ってる」


「そんなこと言われたって…。僕は、ぼくはつよくなんか…」



「君は。そんなことができる勇気ある人間こそが、死んじゃいけない。だって悪いのは世間だ、社会だ、国だ、世界だ。君の勇気は、死ぬことなんかに使っちゃいけない」


「…っ、…っっ」



 必死に泣くのを耐えている男の子だが、それこそダメなんだ。泣くのを耐えなきゃいけないなんて、誰が決めた。自分のために泣いたって、それは悪いことじゃない。



「ほら、言ってみな。君が何をしたいか。何もしたくないならどこに行きたいか。どこにも行きたくないなら、どんな人間になりたいのか」



 男の子には選択肢が必要だ。今は取れる選択肢が自殺しかなくなってしまっただけ。しかしまだ中一なら希望があるんだよ。昔の私がそうだったように。



「僕は…」



「…ぼくはっ、絵が描きたいっ! 友達と話がしたいっ!! 料理がしたい! 北海道でカニ食べたい!! 宇宙に行ってみたい!! 僕は…、僕はっ…」


 顔をボロボロにして、鼻水を垂らして、つっかえながら叫んでいる。なんだ、やりたいこといっぱいあるじゃん。


 それは全部自分で叶えることだ。私は何もできない。応援すら、してあげることはできない。








 まあ、こんなもんかな。誰かを救うなんて私の柄じゃないし、これから死のうとしている人間がご高説を唱えるなんて本当にどうかしている。きっと、彼女も…。


「じゃあね少年。私は私のやるべきことをやったからもう行くよ」


 さすらいの旅人のように、やることやった風来坊のように、私もここからさっさと立ち去らないといけない。余計な情は持たないのが私の生き方だぜ! けれども。



「ま、まってよ。お姉さんは、なんで屋上にいたの? お姉さんは何者なの?」


 うーむ、引き留められてつい足を止めてしまった。一度足を止めてしまった以上は少年の質問に答えなければいけない。最期まで格好つかない私なのであった。



「屋上にいたのは私の気分。そして私の名はウルトラ○ンキブン」


「ちゃんと答えてよ。お姉さんもしかしてあそこから飛び降りようと…」



「それは違う」



 おっと、予想以上に低い声が出てしまった。男の子はビクッと小さな体を震わしている。



「…一つ言えることは、昔の私は君と一緒だった。そしてやりたいことがあと一つだけだったんだよ」



 あれ? 私の口から言葉が流れ出てる。おかしいな、そんなこと言うつもりはないのに私の口は一向に閉じようとしない。



「救ってくれた彼女のように、私も誰かを救わなくちゃ、ってね。そして今日、その機会が来たんだ」



 ああ、ちょっと気持ちが先行しちゃってダメだこれ、泣きそう。そんなこと話したって彼女には伝わらないし、静かに聞いてくれている少年にも迷惑な話だ。



「でもね……。やっぱり、分かんないや。彼女が死ぬとき、笑ってた。なんで笑ってたのか、分かんない……」



 今までずっと追いかけてきた彼女の幻影が、今になって揺らぎ始める。私は、ただただ彼女の笑顔の理由が知りたいだけなのに。



 けれどもここで溢れる感情に任せて涙を流してなんかいられない。少年にとって、救った私が辛そうにしているのは無責任だ。



 そうして私は、


 少年に対して笑顔を。



 笑顔を……。




***




『━━━━本日午前10時ごろ、○○区のマンションの駐車場で、女性が倒れているとの通報を受け、警察官が駆け付けたところ女性の死亡が確認されました。女性は同じ区内にすむ高校生である━━━━』



 

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