最終話
とりあえず夫には一日一回はメールで連絡はしてるけど会うことも会いにいうこともない。
彼の親は夫が介入するなと勝手にこの家に上がってくることはない。単身赴任という名の別居は私たち夫婦で決めたことだ。子供もいないのに、私は無職なのになぜついていかないのかと何度も言われたけど夫は自分の親たちにもう話に入るな、それで終わりだ。
奈々子の夫はそうしてくれなかったから……つらかったろうに。
ちなみに夫も義親も私の過去のことは知っている。そもそも母親しかいない、という時点で何故、から始まるわけで。夫はいま生きている、これからの人生でなんとでもなると言って複雑な家庭環境で育った私を嫁にもらってくれたのだ。この際も義父母にいい顔をされなかった。
奈々子は病気の有無は自分だけでなくて親族も問われたそうで、従兄弟の子供がしょうがいがありそのことを申告したそうだ。これも後からわかるはなしだが、奈々子は父親と血がつながっておらず、その従兄弟というのも父親の家系であり、つまり奈々子には関係がなかったのだ。
しかし今現在奈々子の義母がガンで苦しんでいるが、癌家系であることを棚に上げていたようだ。ああ、もう知らなくてもいいのに週刊誌やネットで知ってしまった。
奈々子がしばらく妊娠しなかったのも奈々子の母親が奈々子を遅くに産んだからだと罵られ友達の出産ラッシュに乗り遅れて苦しんでいるのは私も知っている。
ああ、話を聞くだけしかできなかった。今なら奈々子を抱きしめてやりたい。
所詮他人事でしかなかったの。
そう、彼女の親も親戚もママ友も友達も市役所の人もみんなみんなみんな他人事。
ああ。
私も。
気づくと私の部屋はゴミで溢れかえっていた。翔太が来なくなってからめっきりこうである。
翔太は結局は今回の事件のあとに大きな事件が起きたかなんたらで忙しくて会えない、と自然消滅してしまった。
いいのよ、そういうものよ。
だって翔太も結婚していたんだもの。奥さんは元エリート刑事、でも妊娠を機に退職、5人子供がいる。
私を抱いていた時は奥さんが5人目を妊娠している時であった。
会いたいから会っていただけでない、ほぼ妊娠してる状態の奥さんが物語る、私はただの性欲を果たすだけの女。
でもいつかまた奥さんが6人目を妊娠した頃にふと現れて欲しい、だなんて夢のまた夢なんだろう。
ピンポーン
そうだ、今日は夫が帰ってくる日だった。なのにこのゴミだらけ。どうしよう。
「美夜子、美夜子……ああ、なんてことだ」
夫は私を抱きしめてくれた。
奈々子が死んだことからそれからのこと全ては彼には話していない。多分奈々子のことはあまり知らないだろうから近くで事故起きたらしいね、くだらないと話していただけだ。
夫にとってはまさしくあの事件は他人事だ。
「美夜子、ついてくるんだ……僕のところに」
そう目を見られてもわたしはそらすしかなかった。私は首を横に振る。
そうかそうかと夫は私の頭を撫でる。
「だよな、美夜子はきっと今のままがいいのだろう、馬鹿なこと言ってごめんよ……」
物分かりのいい、夫だ。
「なぁ、ここ最近電話先であまり元気なかったけど何があったんだ? 教えてほしい」
そんなこと言われても。どうせ他人事。
ふうん。
で終わるんでしょ、奈々子のことをその3文字で終わらせるなら私は嫌よ。
だが夫はしっかりと私を見る。
「時間はある、しっかり聞きたい。聞いてやりたいんだ。僕が聞いてどうになることではない。でもよりそうことはできる。少しずつでもいい、話をしてくれ」
そう言われた瞬間、私は大粒の涙を流した。そうだ、お付き合いする時も私の過去をこうやって聞いてくれたっけ。話したくはなかったけどいつかはわかることだよ、と。
聞いて彼はただ抱きしめてくれただけだと思ったけど彼はこうして私の気持ちを汲み取ってこうやって夫婦でいてくれているのだ。
私は、時間をかけて奈々子の死と、奈々子の受けていた傷、辛さ、過去、全てを語った。夫はずっと聞いてくれた。そして抱きしめてくれた。一緒に泣いてくれた。
でも翔太と不倫していたことはいっさい言わず。きっとそれを言えば一気に崩れ去るのだろう。
今までのものが。
だから私は一生墓場まで持っていく。
どうせこんな話、所詮、他人事。
終
所詮、他人事 麻木香豆 @hacchi3dayo
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