good bye,Karellen.


ノジィ、という名前はハンドルネームである。

いわゆるWeb上で使う名前、というやつだ。



ノジィは、サンサルテレスコが好きだ。


恋ではない。

愛でもない。

情でもないだろう。

もっとも近似する言葉を選ぶならやはり「愛」になるのだろうか。



ノジィはサンサルテレスコの人格にも、外見にも、まるで執着はない。


人格はまあ、カスだと思っていたら割と良識はあった。

外見も実はまずまず悪くない。


ただまあ、それでも彼よりもっと魅力的な人間はいるだろう。

その2点について言えば、だが。


結局のところ、ノジィが愛しているのはサンサルテレスコ個人ではない。

サンサルテレスコという人間ではないのだ。


ノジィが愛しているのはサンサルテレスコの才能だった。




あの赤い額縁レッド・フレームが空に飾られてから、ずっと。

多くの芸術家たちがそこに相応しい絵を描こうとしてきた。


あるいは芸術家にもなり切れない馬鹿たちが益体もないガラクタを生み出してきた。


ノジィは失望した。

もっとはっきりと言えば絶望した。


Over-Lordオーバーロードが、Karellen.カレルレンが。

人類にこれほどの玩具おもちゃを与え、扱い方まで教えてくれているのに。


肝心の人類は人類の範疇を超えたものを一向に生み出せないままではないか。


だが、彼は違った。













編纂ソフトコンパイラを起動し、RFビルダーのデータを流し込む。

長い長い、4年に及ぶ構築期間が終わり、ついに完成したのだ。


サンサルテレスコは長く息を吐いた。

コンパイルが終われば、あとはRFビルダーの機能を使ってFDSPにデータを転送すればすべてが終わる。


カレルレンが、あるいはFDSPそれ自体が構築を拒否する可能性はある。

たとえばデータの整合性が取れていない場合などがそうだ。


あるいは、もっと別の理由で。



チャットツールが新着メッセージを示す効果音SEを発する。

無造作に画面を切り替える、発信者はカレルレン。



▶音声での会話は可能ですか?



カレルレンは音声チャットに応答しない。

それはこの6年、話しかけてきたすべての人類が知っていることだ。

つまりこれは、この誘いは異常事態。



長い息を吐いて、サンサルテレスコは音声チャットの受諾ボタンをクリックした。



『こんばんは、テレス』


「あんたは、音声チャットをしないんだと思ってた」


『わたしがあなた方より高い情報処理能力を持っているのは事実です。

 ですが同時に複数の音声チャットに対応するのは負担が大き過ぎますから。

 これは、例外、いえ好奇心ですね』


「好奇心?」


『テレス。

 私はあなたと直接話してみたかった。

 音声による会話は文字だけの会話より情報量が多い』



一瞬、サンサルテレスコは言葉に詰まった。

どういう意味で言っているのか判断に困ったからだ。



「――それは、光栄だな」


『率直に申し上げます。

 私はあなたに興味がある。

 緑の肌をした優しいモンスターGentle green-skinned monstersの製作者。

 人類最初の怪獣創造者Kaiju Creator

 サンサルテレスコ、あなたに』



性別を感じさせない高くも低くもない。

整い過ぎていて人間味を感じない声がそう告げる。



息を吸い、吐く。

ただそれだけの行為にひどく時間を食って、サンサルテレスコは口を開く。



「何が聞きたい?」


『あのデータを私に見せて良かったのですか?』


「独力では完成にこぎ着けられなかった。

 あるいはもっと長い時間がかかっていただろう。

 どうせFDSPレッド・フレームに送信したら精査されるんだろう?

 だったら同じことだ。

 気づかれても、気づかれなくても」


『ではやはり、あの


「ああ、そうだ」




コンパイルの進捗を告げるシークバーは40%を超えている。

そのシークバーを眺めながら、サンサルテレスコは認める。


今回設計した怪獣は、体長で言えば10cmほどしかない。

この怪獣はGGSMの胞子を探し出しそれにくっついてGGSMの本体を目指す。


そのあとやることは単純だ。

GGSMの中枢神経系に寄生しその機能を狂わせる。


狂ったGGSMがやることは大きく2つ。

半透明の全身をわずかずつ歪ませ、偏光レンズへと変えて地上に幻像を産み落とす。

そして酸素の代わりに高濃度の毒性酸素オゾンバブルに閉じ込めて地上へ落とすのだ。


オゾンは3つの酸素原子からなる酸素の同位体。

特徴的な刺激臭を持ち、強い腐食性を備えた有毒気体である。

放置されれば酸素に自己分解するために痕跡も残しづらい。

泡に包まれたオゾンは地上に届くまで分解されることはない。


――結果、どうなるか。

生物も金属も腐食させる実体のない怪獣が地上に現れる。


そう見えるように、ほかならぬサンサルテレスコが設計した。


FDSPによって生み出された構造物は、マイナス評価を受ける事で消滅する。

だが、GGSMは5年間、人々に高い評価を受け続けて来た。

ましてやとして目撃される怪獣はGGSMではないのだ。

少なくとも人々の眼にはそう映る。


マイナス評価処理がどう行われるか、厳密な仕組みはカレルレンにしかわからない。

だが5年をかけて蓄積したGGSMの高評価は長い時間存在を継続させてくれる。




『全て最初から計算づくで?』


「ガキの頃、――今もガキだなんて言わないでくれよ?

 ガキの頃、親父に連れて行かれたのはちっせぇ映画館だった。

 さびれた裏通りの喫茶店の脇にほっそい階段があって。

 そこを上がり切るとまたほっそい通路があって、その先に。

 20席もないようなチンケな映画館シアターがあったんだ」



その映画館はもうない。

つい先日、気になって訪ねてみたがとうの昔に閉館していた。



「時代錯誤にも白黒モノクロの、音も画面もノイズだらけの古い映画だった。

 漁船が放射能汚染で巨大化したフナムシに襲われるシーンを覚えている。

 あらすじもオチも、細部もまるで思い出せないけどそこだけは。

 船員たちが襲われる姿は手を伸ばせば触れられそうに目の前にあった。

 作り物の、カラーですらないノイズだらけのそれにはそれだけの迫力があった」



だが、そんなものはほんの前触れに過ぎなかったのだ。



「――本命が現れたのはその後。

 

 怪獣は人類の味方じゃない、人の手に収まるようなものじゃないんだ。

 荒魂アラミタマ祟リ神タタリガミ天災テンサイ、そういうものだ。

 わかるか、カレルレン?」


『続けてください、テレス』


FDSPレッド・フレームをおまえが人類に与えた時。

 俺はまるで興味がなかった。

 けど、どいつもこいつもくだらなかった。

 ロクな使い方をしないどころか、与えられたモノでまるで自分たちが進化したかのように大はしゃぎ」



ぎし、と椅子に体重をかけてサンサルテレスコは天井そらを見上げる。



「別に、人間は増えすぎたとか、地球にとっての癌だとか。

 そういうお題目を並べて神様を気取ろうってんじゃない。

 ただ、俺は見たいんだ」


『何を?』


を。

 ――FDSPレッド・フレームはコイツを拒否するか?」


 このデータは破綻もしていないし、FDSPの禁則事項に抵触してもいない。

 ゆえに、あなたが送信ボタンを押せばは完全な形で構築されます』


「俺は、怪獣が見たい」


『私は、期待していました。

 人類が私の想像もしない何かを見せてくれることを』


「クソ野郎だな」


『あなたもね』




サンサルテレスコは嗤う。

なんてことはない、こいつも同類だったんだ、と。



シークバーが100%を告げる。

作業完了を告げる。


あとはエンターキーを改めて押すだけで、本物の怪獣がやってくる。



サンサルテレスコは立ち上がり、手を伸ばす。



「ダメ!!」


叫びはサンサルテレスコでもカレルレンでもなく。



「――ノジィ?」




いつの間にか背後には、ノジィが立っていた。

スリムジーンズにTシャツ、本日の眼鏡は金属フレームのオーバル型。

性別を感じさせない中性的ないで立ちはノジィに良く似合っていた。


手にした包丁だけが異彩を放って。

薄暗い部屋の中、差し込む星明りを映して美しく輝いている。



「カレン」


『言っておきますが私の仕込みではないですよ』


「キーボードから離れて!」



濡れた瞳でノジィが叫ぶ、包丁の切っ先は揺れていた。

ゆっくりと、刺激しないようにキーボードから離れる。

世界の終わりのトリガーを引こうとしていたからといって、死にたいわけではない。

ましてや、怪獣の出現を見届ける前に死ぬのはごめんだった。


なにをどう説得すればいいのか、言葉を探している間に。

ノジィは早足にキーボードの前に歩を進め、そして



「わたし、レスコを信じてたよ」




――エンターキーを力強く叩いた。




「は。

 はははははは。

 なんだよノジィ、欲張りだな」


「そうだよ!

 だってこんなの、自分でやりたいに決まってるじゃん!」




そらの一角で、深紅の額縁レッド・フレームが稼働を始める。



『あの映画、最後は人類が勝利しましたが。

 あなたが望むのはどちらですか、サンサルテレスコ?』



サンサルテレスコは、答えない。

ただ笑うのみ。





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