How are you? Karellen.


――そもそも、なぜRFビルダーが怪獣を作り始めたのか。

それはRFのある特性と、ある一人のRFビルダーが原因で、発端だった。


五次元構造体構築装置FDSPは人類が想像し得る、ほとんどあらゆるものをできる夢の機械である。

だがそれだけに危険なものであるのは間違いない。


カレルレンは当然、この(全6基の)機械を軌道上に置く際に安全装置を設定した。



1.FDSPは爆発物、ないし自爆するようなものは作れない。

 1-2.地球上に存在する生物は、人間を含めこれを再現することはできない。

 1-3.構造が矛盾しているものは作れない。

 1-4.FDSPでエネルギー資源(食物や燃料)を作ることはできない。



2.FDSPによる構造体は一定時間で消滅する。

 2-2.消滅までの時間はサイズに反比例し、小さいものほど長持ちする。

 2-3.その構造物を歓迎する人間が多ければ消滅までの時間は延長される。

 2-4.その構造物を歓迎しない人間が多ければ消滅までの時間は短縮される。

 2-5.構造物に対する当事者性の高さで時間の増減は補正される。



難しい話ではない。

核爆弾やそれに類するものを無制限に生み出して使い捨てたりはできない。

石油や食料を無限に生産する事もできない。


これはおおむね人類同士の戦争に利用されたり、戦争の原因になったりしないようにとの配慮だ。


カレルレンは「どう使うか」は全く言及も指示もしなかった。

ただ使い方を教え、RFビルダーを配布しただけだ。


当初人類はこの巨大な玩具を持て余していたが。

結局は1年ほどで社会にほぼ受け入れられた。


基本的にFDSPは何かしらの機械をテスト的に作るとか、災害で家や衣服を失った人に衣・住を急いで提供する、などの用途に使われていた。


あるいは店で買うことをためらうようなアダルトな商品を自作する、そんな用途も。

なにせ時間経過で消えるのだから後処理に困る事もない。


用途はともかくとして、人類社会を一変させるような結果にはならなかった。

FDSPに対する警戒心を持つ人間も少なくなかった、というのもあるだろう。







サンサルテレスコが20時間振りの睡眠から目覚めたのは、十分に眠ったからではなかった。

玄関の合鍵を持っているそいつがずかずかとサンサルテレスコの家に押し入り、彼の部屋のドアを遠慮なく全開にしたから目覚めざるを得なかったのである。



「――おはよレスコ、また不規則な生活してるんだね。

 サンドイッチ作って来たけど、食べる?」


「おまえな……寝てるとこ起こすなって言ってんだろ……ブッ殺すぞ……」


「お腹、すいてないの? サンドイッチ食べない?」


「……食う」



真っ白いワンピースにけばけばしい蛍光イエローに染め抜かれた髪を三つ編みお下げにした、赤いスクエア型フルリム眼鏡をかけた、女に見える生物。


それがつまり、ノジィだった。


料理が得意で何かとサンサルテレスコの世話を焼いてくれて、RFビルダーで、知り合ってからの2年半、一度も同じ服も眼鏡も身に着けているのを見た記憶がない。

ついでにいうと髪型も髪色もまるで安定しないし、どうやったらああも鮮やかな蛍光色に染められるのかもわからない。



つまり、まあ、そういう人物である。

ちなみに合鍵を渡した記憶はない。

おそらくどこかのタイミングで勝手に作ったのだろう。


ノジィが机の上に置いたバスケットから背を裂かれたクロワッサンを取り出す、挟み込まれていたのは下味の付いたチキンとレタス、紫玉ねぎとマスタード系のソース。


無言で受け取ってかぶりつこうとし、視線を感じてごにょごにょと小声で「イタダキマス」と言うと、トゲトゲしい視線は我が子を見守る母親のような温度に変わった。


疲れる、と口に出さずに改めてかぶりつく。

うまい。


まあわかっていたことではある。

2年半もつるんでいれば、というより勝手に家に上がり込まれて世話を焼かれれば料理の腕くらいはさすがにわかる。


わからされた、とも言う。


勝手知ったるなんとやら、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを1本引き抜いて来てノジィはサンサルテレスコに投げ渡し、そのまま踊るようなステップでベランダに出ていく。


2個目のクロワッサンサンドにかぶりつく彼を横目に、ノジィは上機嫌で夜空を見上げていた。



「おっ、あれ金星じゃない? 明けの明星」


「今何時だよ……

 てか金星が見える時間帯に人の家に押し掛けるんじゃねぇよ……」


「だってレスコの生活サイクル的に徹夜して疲れて朝方寝るじゃん?

 寝る前に差し入れをと思いまして」


「知ってるか?

 寝る前にメシ食うの身体に悪いんだぞ」


「寝ろとは言ってないんよ。

 そこからちゃんと1日起きて夜寝ろってんのよ」


「無理」


「食い気味に無理って言いやがったよこいつ。

 あっあれ土星とか木星かな……?」



んぐ、と会話の合間に2個目のクロワッサンドを平らげ、ペットボトルから一息水を飲んでからサンサルテレスコは言った。



「木星、もうねぇぞ」


「へ?」


「おまえニュースとか見てねぇのか。

 カレルレンがFDSP設置したときに、恒星化されてダイソン球殻炉になった。

 だからもうない」


「ごめん何言ってるかわからない」


「あー、つまり、FDSPの電池にされた」


「えっマジ」


「マジ」


「……それ大丈夫なの?」


「おまえが今までずっと気づかなかったくらいだし大丈夫だろ」


「そっかー、それもそだね」



実際のところそっかー、で済む話ではない。


6年前、木星がされたときは大々的にニュースになって大騒ぎだったのだが。

むしろ逆に知らないコイツがどうなっているのか。


なおカレルレンがおそらく唯一、明確にやらかしたのはこの一件だけである。

他はまあ、問題も起こさずによくやっていると思う。



3個目のクロワッサンサンドにかぶりつき、サンサルテレスコは3個はちょっとキツいか?と思い始めていた。2個半くらいが良かった。

彼がそのまま喰い千切って残りを冷蔵庫に突っ込むのはアリかナシかで悩んでいると。


ノジィがぱたぱたと手を振ってベランダから彼を招いた。

仕方なく、クロワッサンサンドをくわえたまま立ち上がってベランダに出る。

いい加減めんどくさくなって3個めは全部食べて、口を開く。



「何」


「ほら、緑の肌をした優しいモンスターGentle green-skinned monsters!」



ああ、と。

納得しながらノジィが指さす空を見た。


空を行く、半透明の緑色。

ラグビーボール型のそれに手を伸ばし、指を立てて目を細めた。


指との対比サイズで言えばレッドフレームよりやや小さい。

だがサンサルテレスコは知っている、GGSMあれはもっと低高度を浮遊している。

地上から約100km、空と宇宙の境界線カーマン・ラインを揺蕩う怪獣。

恐らく現在のサイズは全長10kmと言うところ。



「光合成怪獣フォバルン……」



ぼそりとサンサルテレスコが呟いたそれはGGSMの

FDSPがもっぱらRFと呼ばれるように、外星人がカレルレンと呼ばれるように。

彼がサンサルテレスコと名乗るように。

光合成怪獣フォバルンは今やGGSMとしか呼ばれないのだ。



「? なんか言った?」


「いや」



ため息をつく。

まあ、それだけ愛されているという事だろう。

GGSMが消滅する事は当分ないな、とであるサンサルテレスコは思う。


怪獣KaiJyu

誰からともなくその呼び方は広まり、そして定着した。

映画か特撮でくらいしか見なかった用語は現実に適用される。



発端はほかならぬGGSMだ。

光合成怪獣フォバルンの名は忘れられ、怪獣という呼称だけが残った。


GGSMは空中を浮揚し、高濃度の酸素を含んだ胞子をばら撒く。

胞子は地上近くまで降下したあと二酸化炭素を取り込み今度は上昇に転じる。

高空のジェット気流にのってGGSMに届き、回収された胞子は二酸化炭素を放出。

GGSMは雲を捕食して得た水分と二酸化炭素で光合成を行う巨大生物だった。


二酸化炭素排出問題を解決すべく生み出されたGGSMは世界各国から歓迎された。

第二、第三のGGSMが生み出されることが望まれ、だがそれは叶わなかった。

高空をさまよい、二酸化炭素を地上から効率よく回収し光合成で自己を維持できるだけの完成度を、GGSMの二番煎じリメイクたちは持ち得なかったのである。


結果、妥協の産物として深海をさ迷いマイクロプラステックを分解する〝深き蒼Deep-Blue〟などの怪獣が次々と世に放たれ、そして消えていった。


GGSMほど長生きした怪獣KaiJyuは他にいない。

FDSPの設置から1年目に生まれたGGSMは、今年でもう5歳になる。







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