Welcome, K.

アオイ・M・M

Nice to meet you, Karellen.


――ほう、と白い息を吐いた。


二酸化炭素CO2の排出問題が解決しても。

地球温暖化は解決しなかったし異常気象は続いている。

もっとも、人類が知る範囲での気温のズレなどたかが知れている。


知識でしか知らないが。

氷河期とか、そういう時代があったのだから。

たぶんこれだって異常気象などではないのだろう。


空を見上げる。


赤い、深紅の額縁のようなが目に入る。

……まあ、視界に入るも何も、それを眺めようとこそ寒い中ベランダに出て来たのだから当然なのだが。


それはごくゆっくりと、目視ではわからないくらいの速度で回転している。

それにはほぼ厚みがないため、横を向いているとまるで見えやしないのだが。


今夜は位置がいい。

綺麗に正面からそれを眺めることができる。


手を伸ばす、人差し指を立てて他の指を折りたたむ。

それ、その深紅の正方形の、対角線の長さは彼の人差し指とほぼ同じ長さに見える。


――ほう、と白い息を吐いた。



それは地球を包む大気の層、その1つ、熱圏の下部に引かれた空と宇宙の境界線カーマン・ラインのさらに上、地上400kmの高さに支えるものもなく浮遊している。


人差し指が10cm、腕の長さが0.7m、自分の身体データをそう見繕って。

いつか漫画で見た計算式に当てはめてそれの大きさサイズを暗算する。


しようとした。

徹夜明けだからか、それとももともと彼の脳みそには荷が重かったのか。

計算結果がいつまでも出ず、11秒の時点でスッパリと諦めて部屋に戻ってスマートフォンを手にして電卓アプリを叩く。


約57km、それがあの深紅の額縁レッド・フレームの大きさ。

ということになる、たぶん。

自信はない。


電卓をたたいてすら、電子計算機を使ってすら自信はない。

計算過程のどこかで細やかな誤解ケアレスミスがない、とは言い切れない。


そして悲しいかな、人類のあてにならない集合知--------------------Wikipedia--------------------にもあの深紅の額縁レッド・フレームの寸法は記載されていない。

答え合わせをすることはできない。


なぜか?

理由は簡単、あの深紅の額縁レッド・フレームが人類の領分ではないから。

人類が作ったものでも、人類の技術で推しはかる事ができるものでもないからだ。


たった6年前のことだった。

ソラを割いてその光は現れた。

全世界に向けてあらゆる言語で語りかけたそれは宇宙ソラの果てから来た存在。

外星人アウトスターズ、つまり地球人類が初めて遭遇する自分たち以外の知的生命体。


――第一種・接近遭遇ファーストコンタクトである。


いやこれは用法として間違っているか?

そう思いながらも彼はスマートフォンをベッドの上に投げ捨てた。

Wikipediaウィキペディアは当然ながらあてにならない。



彼ら、――古典SFに則って至高帝Over-Lordと呼ばれる事もある――は、独りだ。

よって〝彼〟と呼ばれるべきなのだろうが、人類はもっと別の呼称を与えた。


電波受信機ラジオではなく、SNSを通じて全人類にメッセージを送った彼は。

Karellenカレルレンと呼ばれ、そして名乗っている。


そう、カレルレンはいまだにSNS上に存在する。


極めてマイナー、ないしニッチなSNSを含め、人類が有する全SNSに接続アクセスし応答する存在、なるほどそんなものは地上に存在し得ないだろう。

悪戯でやるにしても規模が大き過ぎるし、かかる労力が莫大過ぎる。


まして出現直後には全人類の数%がカレルレンに話しかけたのだ。

おそらくそれは今も、多少減りはしても十分に膨大な数であるだろう。

そのすべてにリアルタイムで応答し、そしてそれを6年にわたって継続しているのだから、それこそがカレルレンがこの惑星の外から来た至高帝Over-Lordであることの何よりの証拠なのだろう。


もっとも、そんなことを引き合いに出さなくとも。

カレルレンは既に彼が至高帝Over-Lordであることをハッキリ証明して見せているのだが。

それは各国のお歴々にとってはともかく、一個人、一市民に過ぎない〝彼〟には実感の湧くような話ではないのだった。


かくて彼はほう、と白い息をまた吐いて。


ベランダから部屋に戻り、パソコンの前に座り、立ち上げっぱなしだった1:1ワン・オン・ワン形式のチャットツールに少し悩んでから、こう打ち込んだ。



Nice to meet you, はじめまして、Karellen.カレルレン



果たして数秒と経たずに返事はあった。



▶nice to meet you.

 Based on where you live, are you a Japanese speaker?

 You may speak to me in Japanese, if you like.

 ――What should I call you?



「日本語で話せ、ね……」


数秒悩んでからおとなしく日本語で話すことにした。

どうせ取り繕ったところで知性で勝てるような相手ではない。



▷私の事はサンサルテレスコと呼んでください、カレルレン


▶わかりました

 サンサルテレスコはアーサー・C・クラークをお読みに?


▷はい、Wikipediaで


▶wwwwwwwwww

 サンサルテレスコはジョークがお上手ですね



別にジョークのつもりはなかったのだが。

というか、サンサルテレスコは至高帝Over-Lordが草を生やすことに驚きを隠せない。


カレルレンという名はそもそも、アーサー・C・クラークのSF小説、〝幼年期の終りChildhood's End〟に登場する宇宙人、――そう、彼らがそもそも至高帝Over-Lordと呼ばれる――の名前である。


地球人に接触してきた外星人の代表者、それがカレルレンである。

そういった経緯ではカレルレンと呼ばれ、今に至っている。

まあこいつの場合、代表も何も単独接触らしいのだが。



サンサルテレスコもまた〝幼年期の終りChildhood's End〟に登場する宇宙人の一人、カレルレンと同じ至高帝Over-Lordの名だ。


もっとも、今カレルレンに返したように、サンサルテレスコは〝幼年期の終りChildhood's End〟を読んではいない。


別にカレルレンに対抗意識を燃やして名乗っているわけでもない。

『彼』がサンサルテレスコのHNも使い始めたのは7年前、中学生の時である。


なんならカレルレンこいつより歴史が長いのである。



▷長いし、テレスって呼んでくれてもいい

 仲のいいやつはだいたいそうするし

 それでカレルレン、質問、というか相談があるんだけど、いいかな?



そんなことを思いながらキーボードを叩く。

反応はやはり速い。



▶光栄です、テレス

 私のこともどうかカレンと呼んでください

 相談とは何でしょう?

 進路? 恋愛? お金を貸してくれという相談だけは残念ですが……


▷カレンこそジョークが上手いね

 相談というのはRFのデータの事なんだけど、いいかな


▶なるほど

 それなら私はテレスの役に立てますね

 口頭で相談するよりデータを見た方が早いかもしれません

 


 RFビルダーのデータ共有設定をONにして共有コードをチャットで投げると、カレンは数秒とかからずにテレスが抱えている問題とその解決策を提示してきた。


 あれよあれよとテレスが抱えていたRFビルダー上での疑問は解決していく。

 それが心地良過ぎて相談事は増える一方だ。

 気づけば数時間が過ぎ、作業はドンドン進む。


 と同時に、カレンの設定した「ボーダーライン」も見えて来る。

 あくまでも助言と質疑応答であって、決してこちらの先回りをカレンはしない。


 実質的にカレンがやったようなものだ、とならないその一線を彼は守っていた。


 サンサルテレスコがカレルレンと直に話すのはこれがはじめてだった。

 興味はあったが気後れしていたし、なにより話す必要性を感じたことがなかった。


 RFビルダー上でどうしても解決したい事柄がなければ。

 仲間内に尋ねても「難しい問題だからカレルレンに直接聞け」と言われなければ。

 そして自力での解決が困難でなければおそらく、話すことはないままだったろう。



▶随分長い作業になってしまいましたね

 わたしは大丈夫ですが、あなたは寝た方がいいのではないですかテレス?

 ビルダーの作業ログを見ました、連続作業時間が18時間を超えています


▷ああ、ほんとうだ

 集中してたからかな

 おかげさまで随分進んだし、一区切りついたから休ませて貰うよ


▶はい

 おやすみなさいテレス



チャットツールを閉じ、RFビルダーを閉じ、パソコンをサスペンドさせる。



またベランダに出て空を見上げる。

地平線は僅かに輝きを増し、朝の到来を告げようとしていた。


空に浮かぶ〝Red-Frameレッド・フレーム〟は角度を変えてこちらに横顔を見せている。


それもまたカレルレンと同じ、正式な名称ではなく人々がそう呼んでいるだけで。

RFビルダーもまた同じ、通称でしかない。


五次元構造体構築装置Five-dimensional structure printing equipment、FDSPが公式な呼び名である。


そして、RFビルダーとはFDSPの生データを造るソフトの名称であると同時。

FDSPで構築される様々なものをデザインする人々を指す名称でもあった。


もっとも、サンサルテレスコ個人についていえばもっと別の肩書がある。



――KC、〝怪獣設計者Kaiju Creator〟と。


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