Welcome, K.
アオイ・M・M
Nice to meet you, Karellen.
――ほう、と白い息を吐いた。
地球温暖化は解決しなかったし異常気象は続いている。
もっとも、人類が知る範囲での気温のズレなどたかが知れている。
知識でしか知らないが。
氷河期とか、そういう時代があったのだから。
たぶんこれだって異常気象などではないのだろう。
空を見上げる。
赤い、深紅の額縁のようなソレが目に入る。
……まあ、視界に入るも何も、それを眺めようとこそ寒い中ベランダに出て来たのだから当然なのだが。
それはごくゆっくりと、目視ではわからないくらいの速度で回転している。
それにはほぼ厚みがないため、横を向いているとまるで見えやしないのだが。
今夜は位置がいい。
綺麗に正面からそれを眺めることができる。
手を伸ばす、人差し指を立てて他の指を折りたたむ。
それ、その深紅の正方形の、対角線の長さは彼の人差し指とほぼ同じ長さに見える。
――ほう、と白い息を吐いた。
それは地球を包む大気の層、その1つ、熱圏の下部に引かれた
人差し指が10cm、腕の長さが0.7m、自分の身体データをそう見繕って。
いつか漫画で見た計算式に当てはめてそれの
しようとした。
徹夜明けだからか、それとももともと彼の脳みそには荷が重かったのか。
計算結果がいつまでも出ず、11秒の時点でスッパリと諦めて部屋に戻ってスマートフォンを手にして電卓アプリを叩く。
約57km、それがあの
ということになる、たぶん。
自信はない。
電卓をたたいてすら、電子計算機を使ってすら自信はない。
計算過程のどこかで
そして悲しいかな、
答え合わせをすることはできない。
なぜか?
理由は簡単、あの
人類が作ったものでも、人類の技術で推しはかる事ができるものでもないからだ。
たった6年前のことだった。
全世界に向けてあらゆる言語で語りかけたそれは
――
いやこれは用法として間違っているか?
そう思いながらも彼はスマートフォンをベッドの上に投げ捨てた。
彼ら、――古典SFに則って
よって〝彼〟と呼ばれるべきなのだろうが、人類はもっと別の呼称を与えた。
今もSNS上で
そう、カレルレンはいまだにSNS上に存在する。
極めてマイナー、ないしニッチなSNSを含め、人類が有する全SNSに
悪戯でやるにしても規模が大き過ぎるし、かかる労力が莫大過ぎる。
まして出現直後には全人類の数%が
おそらくそれは今も、多少減りはしても十分に膨大な数であるだろう。
そのすべてにリアルタイムで応答し、そしてそれを6年にわたって継続しているのだから、それこそが
もっとも、そんなことを引き合いに出さなくとも。
カレルレンは既に彼が
それは各国のお歴々にとってはともかく、一個人、一市民に過ぎない〝彼〟には実感の湧くような話ではないのだった。
かくて彼はほう、と白い息をまた吐いて。
ベランダから部屋に戻り、パソコンの前に座り、立ち上げっぱなしだった
▷
果たして数秒と経たずに返事はあった。
▶nice to meet you.
Based on where you live, are you a Japanese speaker?
You may speak to me in Japanese, if you like.
――What should I call you?
「日本語で話せ、ね……」
数秒悩んでからおとなしく日本語で話すことにした。
どうせ取り繕ったところで知性で勝てるような相手ではない。
▷私の事はサンサルテレスコと呼んでください、カレルレン
▶わかりました
サンサルテレスコはアーサー・C・クラークをお読みに?
▷はい、Wikipediaで
▶wwwwwwwwww
サンサルテレスコはジョークがお上手ですね
別にジョークのつもりはなかったのだが。
というか、サンサルテレスコは
カレルレンという名はそもそも、アーサー・C・クラークのSF小説、〝
地球人に接触してきた外星人の代表者、それがカレルレンである。
そういった経緯で彼はカレルレンと呼ばれ、今に至っている。
まあこいつの場合、代表も何も単独接触らしいのだが。
サンサルテレスコもまた〝
もっとも、今カレルレンに返したように、サンサルテレスコは〝
別にカレルレンに対抗意識を燃やして名乗っているわけでもない。
『彼』がサンサルテレスコのHNも使い始めたのは7年前、中学生の時である。
なんなら
▷長いし、テレスって呼んでくれてもいい
仲のいいやつはだいたいそうするし
それでカレルレン、質問、というか相談があるんだけど、いいかな?
そんなことを思いながらキーボードを叩く。
反応はやはり速い。
▶光栄です、テレス
私のこともどうかカレンと呼んでください
相談とは何でしょう?
進路? 恋愛? お金を貸してくれという相談だけは残念ですが……
▷カレンこそジョークが上手いね
相談というのはRFのデータの事なんだけど、いいかな
▶なるほど
それなら私はテレスの役に立てますね
口頭で相談するよりデータを見た方が早いかもしれません
RFビルダーのデータ共有設定をONにして共有コードをチャットで投げると、カレンは数秒とかからずにテレスが抱えている問題とその解決策を提示してきた。
あれよあれよとテレスが抱えていたRFビルダー上での疑問は解決していく。
それが心地良過ぎて相談事は増える一方だ。
気づけば数時間が過ぎ、作業はドンドン進む。
と同時に、カレンの設定した「ボーダーライン」も見えて来る。
あくまでも助言と質疑応答であって、決してこちらの先回りをカレンはしない。
実質的にカレンがやったようなものだ、とならないその一線を彼は守っていた。
サンサルテレスコがカレルレンと直に話すのはこれがはじめてだった。
興味はあったが気後れしていたし、なにより話す必要性を感じたことがなかった。
RFビルダー上でどうしても解決したい事柄がなければ。
仲間内に尋ねても「難しい問題だからカレルレンに直接聞け」と言われなければ。
そして自力での解決が困難でなければおそらく、話すことはないままだったろう。
▶随分長い作業になってしまいましたね
わたしは大丈夫ですが、あなたは寝た方がいいのではないですかテレス?
ビルダーの作業ログを見ました、連続作業時間が18時間を超えています
▷ああ、ほんとうだ
集中してたからかな
おかげさまで随分進んだし、一区切りついたから休ませて貰うよ
▶はい
おやすみなさいテレス
チャットツールを閉じ、RFビルダーを閉じ、パソコンをサスペンドさせる。
またベランダに出て空を見上げる。
地平線は僅かに輝きを増し、朝の到来を告げようとしていた。
空に浮かぶ〝
それもまたカレルレンと同じ、正式な名称ではなく人々がそう呼んでいるだけで。
RFビルダーもまた同じ、通称でしかない。
そして、RFビルダーとはFDSPの生データを造るソフトの名称であると同時。
FDSPで構築される様々なものをデザインする人々を指す名称でもあった。
もっとも、サンサルテレスコ個人についていえばもっと別の肩書がある。
――KC、〝
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